色々と試行錯誤しながらなんとか迷路を解いた頼子は
迷路を見て首をかしげた。

佐上頼子

これ、数字……?

2、7、8

迷路の上部に出てきたのがこの3つの数字だった。

佐上頼子

でも、“+”っていうのがあるんだよね

迷路の下部には

+、6、+、2

という記号と数字が見て取れる。
扉の向こうの人が言っていた“暗証番号付きの箱”というものに
当てはまるものなのだろうか。

佐上頼子

278に足していけばいいのかな……?

とにかく、箱の様子がわからなければ頼子も推理しようがない。

佐上頼子

あとは向こうに任せるしかないか

迷路は解いた。
なんとかこれでうまく行ってくれることを祈るしかない。

『この数字でその箱、開けられませんか?』

頼子は、そんなメモを添えて迷路の紙を扉の隙間に差し入れた。

『やってみます』

そんな返事が届いて、扉の向こう側から反応が消えた。
それから先は、ただ待つだけだった……
それはほんの数分の出来事だったのだろうが、
頼子にとっては何十倍にも感じられる。

佐上頼子

大丈夫、かな

閉じ込められたこの場所が一体どういうところなのかは分からない。
……が、少なくとも悪意のようなものがあることだけは確かだ。


閉じ込められた部屋。
人を試すような謎解き。


なぜ自分がここに連れてこられたのかは分からないが、
この部屋をでて、絶対に犯人を捕まえてやると
頼子は心に誓った。

ただ、この廊下をどう脱出できるのか……
今の状態ではまだ何もわからない。

佐上頼子

とにかく、このドアが開いてから考えよう

いまはもう手がかりがこの扉の向こうにしかないのだ。

頼子は扉に寄りかかって、ひたすらこの扉が開くのを待った。

ガチャ、という音と共に背中に振動が伝わる。

佐上頼子

!!!

がばっと身体を起こして、
扉が開くのを固唾をのんで見守ると
目の前でうっすらと扉が開きはじめる。

佐上頼子

…………っ!!

???

……

開いた扉の先に立っていたのは、
頼子と同じくらいの制服を来た女の子だった。

佐上頼子

あの……

???

あの……!

言葉が同時に飛び出して、
お互いがまた口をつぐんでしまう。

???

……

佐上頼子

……

メモだけのやりとりでもあんなに嬉しかったのに、
突然閉じ込められたこの状況で
やっと誰かに会えたこと。
それがこんなにも安心するなんて思いもしなかった。

???

よかった……やっと会えた

佐上頼子

うん

???

手伝ってくれて、ありがとう

佐上頼子

うん……

???

こわ、かったね

佐上頼子

……うん……

そうして初めて会った二人は
お互いの名前も知らないまま、
何も言わずただしばらく抱きしめあった。

???

……ね。
落ち着いた?

しばらくして、女の子が言った。

佐上頼子

あ、ごめん!


頼子が急いでくっついていた身体を離す。

佐上頼子

ひとりで心細かったのは
この子も一緒なのに

自分がこんなに人恋しかったなんて
全然気が付かなかった。

須磨芽衣子

自己紹介がまだだったね。
私の名前は、須磨芽衣子って言うんだ。
名前、教えて?

佐上頼子

私は佐上頼子。
あらためて、よろしくね

そうして二人は握手を交わした。
自己紹介が終わり、改めて顔を見合わせると、
同じくらいの年齢のようだ。

須磨芽衣子

ね、何歳か聞いていい?

佐上頼子

17歳です

須磨芽衣子

わっ!
同い年だよ!

佐上頼子

ほんと?

須磨芽衣子

私、実は最初に扉を開けた時に
誰がいるのかちょっとだけ不安だったんだ。
女の子でホント良かったよ~!

佐上頼子

たしかに。
扉を開けたらオジサンが!
……っていうのも怖かったかも

須磨芽衣子

ホントだよ~!

初めて会った子なのに、そう言って笑いあう。
こんな状況なのに、
同じ境遇の仲間がいるだけで心強い。
ねえねえ、と芽衣子が頼子の袖を引っ張った。

須磨芽衣子

いきなりだけど……
ヨリちゃんて呼んでもいいかな?

佐上頼子

うん、もちろん!
私も芽衣ちゃんて呼んでもいい?

須磨芽衣子

うん、もちろん!

そうして自己紹介をしあった二人は、
まず自分たちの状況を整理することにした。

佐上頼子

気が付いたら閉じ込められてたの

須磨芽衣子

私も同じ

佐上頼子

ここに来た時のこと、何か覚えてる?

須磨芽衣子

全然覚えてないんだ……どうやってここに来たのか、まったくわかんない

佐上頼子

だよね……私もそう

須磨芽衣子

いったいどうなってるんだろう?

佐上頼子

ね、まずは自分たちが行ける場所を色々見てみようよ

もしかしたら新しい手掛かりがあるかもしれない。

須磨芽衣子

そうだね

そうして二人は、お互いが閉じ込められていた部屋を見て回ることにした。

須磨芽衣子

まずは私のいた部屋に行こう

佐上頼子

わかった
そうしよっか


芽衣子がいた場所は初めて見る。

部屋の中に入ると、そこは頼子がいた部屋とはまったく異なっていた。

佐上頼子

私がいた部屋と違うな

須磨芽衣子

そうなんだ?

佐上頼子

うん、そうみたい

部屋の大きさ自体はそれほど代わりないが、
まず目についたのが大きなダブルベッドだった。

佐上頼子

このベッド、大きいね

須磨芽衣子

気が付いたらここに寝てたの。
なんだか体もだるいし頭も痛くて、まさか自分が全然違う部屋にいると思ってなかったから、しばらくの間そのままゴロゴロしてたんだよね

佐上頼子

そうだったんだ……
私も実はずっと頭が痛くて体がだるいんだ

おそらく二人とも
何かの薬で眠らされて連れてこられたのだろう。
理由は分からないが、
こうした部屋の大きさを見ても
大がかりな組織の犯行なのかもしれない、と頼子は考えた。

須磨芽衣子

とにかく全然違う部屋にいるっていうのが分かって、部屋の中をいろいろと調べたりしたんだけど……

そう言って芽衣子は
ベッドの隙間から何かを取り出した。

須磨芽衣子

見つかったのは本当にこのバッグくらい。
中にペンとかノートが入ってたんだけど、このバッグ、私のじゃないんだよね

そのバッグは大きなリュックサックで、
女性も男性も使えるようなシンプルなものだった。

佐上頼子

私も見覚えがないよ。
誰のものなんだろう……

ここに閉じ込められた人のものか、または犯人たちがあえて用意したものなのか、
それすらハッキリとは分からないが、
使えるものはありがたく使わせてもらおう。

須磨芽衣子

ま、ありがたく使わせてもらうけどね!

佐上頼子

だね

そうしてまた二人は部屋を調べ始めた。

部屋の四隅に見えるのは、物書き机とベッド、
そして簡素な扉がひとつ見える。

佐上頼子

この扉は?

須磨芽衣子

あ、そこはトイレと洗面所みたい。
調べたけどなんにもなかった

佐上頼子

そっか……

扉を開けるとそこは確かにトイレだった。
横にちいさな洗面台がある簡素なものだったが、
ためしに水を出してみると、きちんと水も出た。
飲み水になるかどうかは分からないが、
頼子のいた部屋にはそんなものは一切無かったので
とてもありがたい。

佐上頼子

食べるものは、ないみたいだね

机も、最初に想像したような引き出しがたくさんついているものではなく、
ひとつだけ物をしまう引き出しがついた簡素なものだった。
その机の上には、
さきほど頼子が書いたメモと一緒に
迷路のメモと本が置かれている。

佐上頼子

これが迷路ブックってやつ?

須磨芽衣子

そうそう。
この中にさっきの迷路ブックと
変なメモが入ってたんだ

佐上頼子

そういえば、変なメモってなんなの?

須磨芽衣子

あのね、
これなんだけど……

そういって芽衣子が机の引き出しを開いて
何かをとりだした。


“□にはいる数字の番号が出口に繋がる”
『1、3、5、7、8、10、□
□+115=???』

佐上頼子

これ……?

須磨芽衣子

そう

これを芽衣子は解いたのか。

佐上頼子

結局、その答えはなんだったの?

須磨芽衣子

実はこれね……

そう言って芽衣子は、
少しだけ得意そうに笑みを浮かべながら
鼻を右手の人差し指でこすった。

須磨芽衣子

この数字が、カレンダーの31日がある月だってことに気が付いたの

そういわれて、
頼子は頭の中にカレンダーを思い描いた。


1月……31日
2月……28日
3月……31日
4月……30日
5月……31日
6月……30日
7月……31日
8月……31日
9月……30日
10月……31日
11月……30日
12月……31日


確かにそのとおりだ!

佐上頼子

すごい! よくわかったね

須磨芽衣子

ホントにたまたまなんだけど、
昨日カレンダーで予定の整理をしてたんだ。
それで思いついたんだけどね

芽衣子は少し嬉しそうに鼻の頭をポリポリとかいた。

須磨芽衣子

つまり、□に入る数字は“12”だから
それに115を足した数字が
迷路ブックのページ数なのかなと思って

佐上頼子

なるほどね……


それを見つけたところで
ついクセで目をこすってしまったら
コンタクトが取れちゃって見えなくなったんだ、と
芽衣子は苦笑いした。

この謎をひとりで解いた芽衣子は
意外に頼りになる相棒なのかもしれない。

須磨芽衣子

迷路ブックのページは他にも見てみたけど、
これを全部解くのは正直しんどいし
どのくらい時間がかかるかまったく分からないから諦めちゃった

佐上頼子

じゃあ後でゆっくり調べてみよう

須磨芽衣子

そうしよう

そういえば、と頼子が思い出したように
呟いた。
例の迷路で開けた
暗証番号付きの箱というのはどこだったのだろうか。

佐上頼子

ね、暗証番号付きの箱があるって
言ってたけど、
そういえばそれには何が入ってたの?

須磨芽衣子

ああ、あれね

そういって芽衣子はベッドのカバーを持ち上げた。

須磨芽衣子

ここにカギが入ってたの

そういうと、黒い小さな木箱を取り出した。
その箱の側面には、
トランクケースについているような3ケタのダイヤル式の鍵が付いていて、
既に開いている状態だ。

佐上頼子

へぇ……このなかに入ってたんだ?

須磨芽衣子

カギ以外何も入ってなくて
正直ガッカリだけど、
あの時は外に出るのに必死だったから……

佐上頼子

だよね、分かるよ

あのとき解いた迷路から浮き出てきた数字は
“278+6+2”だったが、
箱のダイヤルを見ると“286”となっている。

佐上頼子

あれで正解だったんだね
よかった

須磨芽衣子

うん!
焦ってコンタクト落としちゃったからマジで助かったよ

佐上頼子

ううん、気にしないで。
コンタクトまだ見つかってないんでしょう?
一緒に探そう

須磨芽衣子

そうなの……
ぶっちゃけ、
ヨリちゃんの顔もあんま見えないんだよね。
一緒に探してくれると嬉しい!

佐上頼子

うん、そうしよう

須磨芽衣子

それじゃあ他のところも見てみようか

二人はそう言って、また一緒に部屋を調べ直した。



頼子がいた部屋と共通なのは、
カーテンの無いはめ殺しの窓だけだ。

佐上頼子

ここの窓の向こうも、暗くてよく見えないね

須磨芽衣子

あ~そうだね。
最初、窓の向こうに誰かいたような気がして
注意して見てみたんだけど、真っ暗で全然見えなかったし……
しまいには窓に反射した自分の姿を
錯覚しちゃったのかなって

佐上頼子

そっか……

須磨芽衣子

ん~特に無いね

佐上頼子

そうだね

いろいろ調べてみたが、コンタクトレンズも、
そのほかに手がかりになるようなものも
まったくといって見つからない。

須磨芽衣子

仕方ないよ。
次はヨリちゃんの部屋に行ってみよう

佐上頼子

うん

そうして二人でこちらの部屋にくると、
芽衣子は珍しそうに部屋の中をぐるぐる見回した。

須磨芽衣子

うわ!ぐちゃぐちゃ……?

改めて見ると、ベッドにモノは散乱しているし、
本棚の本は半分ほど床に投げ出してある状態だ。

佐上頼子

ゴメン、部屋を出るのに必死で……

芽衣子はそうだよね、と言って
声を出して笑った。

須磨芽衣子

なんか、部屋によって全然違うんだね

佐上頼子

……ね

そういえばベッドの上に絵本が投げ出したままだった。
ベッドに腰掛けて絵本を膝に置く。

佐上頼子

実は、この本だけ
本棚の裏に隠してあったの

須磨芽衣子

何か関係があるのかな……?

その本を受け取ると、
パラパラと芽衣子がページをめくった。

須磨芽衣子

ん~
単なる普通の絵本な感じだけど

今はまだ何もわからないが、
持っていけるものは持って行った方がいいだろうということになり、
二人はさきほど芽衣子の部屋で拾ったバッグに
その絵本を入れた。

最初に閉じ込められたときに
部屋の中はかなり必死に探したつもりだが、
二人で探せばもしかしたら他になにか
見つかるものがあるかもしれないと、
芽衣子と一緒にもう一度部屋の中を見て回ることにする。

佐上頼子

ん~やっぱり何も出てこないね

須磨芽衣子

こういう本の一節とかが
脱出の手がかりだったとしたら……
もうどうしようもないなあ

佐上頼子

今までの感じだと
あんまりそういうヒントは無い気がする

本当に閉じ込めたいのなら、
鍵を隠したり、それを見つけるヒントなんて
残す必要が無いはずだ。

理由は分からないが、
ここに自分たちを閉じ込めた人間は
頼子たちが部屋を脱出できるのかを
試しているのではないだろうか……。

佐上頼子

なんか、たちの悪いゲームに
強制的に参加させられてる
感じがするんだよね

須磨芽衣子

それは私も思った……
なんでそんなことするのか
全然わかんないけど



とにかくできる限りヒントを見つけようと、
二人は部屋を調べ続けた。

須磨芽衣子

んーだめだ!
疲れた……!!

佐上頼子

確かに
疲れたね……

頼子も芽衣子もふたつの部屋を調べ続け、
かなりの疲労が出ていた。

須磨芽衣子

とにかく一度休んで考えよう

その芽衣子の言葉に、
二人は芽衣子が閉じ込められていた部屋の大きなダブルベッドにごろりと寝転んで、少し休むことにした。

佐上頼子

問題はあのたくさんある本棚の本と……

須磨芽衣子

迷路ブック

佐上頼子

あとはこの絵本、かぁ

ねっころがりながら絵本を頭上に掲げて
頼子はおおきな溜息をついた。

佐上頼子

どこかで見たことあるんだよねこの絵本

クマ

まいにち あそぶの たのしいな

クマの可愛いイラストが淡々と続く絵本……。

須磨芽衣子

その絵本、私も見たことある気がするなぁ

芽衣子が横から覗き込むように言った。

佐上頼子

有名な本なのかな?

須磨芽衣子

なにせ昔のことだから全然覚えてないけどね


ふう、と絵本を抱え込んでもう一度溜息をつく。

須磨芽衣子

よし!疲れてちゃ
脱出できるものもできないよ。
ちょっとだけ休もう?

佐上頼子

そうだね……

二人は、寄り添うように手を繋いだ。

須磨芽衣子

ちょっとだけ休んだら
また頑張ろうね!

佐上頼子

うん

芽衣子の言葉に、頼子は自然と笑みがこぼれる。

隣に誰かがいるというのが
こんなに安心することだとは思わなかった。

ひとりのときは全く眠気など無かったのだが
だいぶ疲れていたのだろう。
自然とあくびが出て、
頼子はいつの間にか眠りに落ちていった……。

























佐上頼子

わっ!だいぶ寝ちゃった……!

ハッと目が覚めると、
横の芽衣子も目をこすりながら起き上がる。

須磨芽衣子

ん、ヨリちゃん……いまって何時?

佐上頼子

何時って言われても……多分夜?

須磨芽衣子

時計、見て

そういえば時計も持ってない。

佐上頼子

芽衣ちゃん時計もってる?
私、持ってないんだ

須磨芽衣子

ちょっと待って


芽衣子が左腕にした時計を見ながら目を細める。

デジタルの盤面は

……を指していた。

須磨芽衣子

午前……11時40分……

須磨芽衣子

ねえ、ヨリちゃん

佐上頼子

なに?

須磨芽衣子

外……明るくないよね

佐上頼子

うん……

須磨芽衣子

いまって、朝……っていうか
お昼……だよね?

頼子も、芽衣子が感じたその疑問に
ようやく気が付いた。

佐上頼子

芽衣ちゃん

須磨芽衣子

うん

佐上頼子

もしかして……











「朝が、来てない?」

第3話「ここはどこ?」

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