家にミハイルを連れ帰ると、シャルルの言う通り、兄達はあまりいい顔をしなかった。
 唯一、マリアリリスだけは微笑み、メグに手を貸してくれた。客間に運び入れて、怪我の具合を確かめている。

 看護の手伝いをしようと、メグも手を伸ばした。服を脱がせて着替えさせようとすると、シャルルが邪魔をしてきた。

ママッ

 助けを求めると、どこからか現れたレオナルドが、シャルルの襟を掴んでメグから引き離した。

レオナルド兄様、離してください!

マリアに任せておけよ。お前も匂うぞ。風呂に入れ。魔力も消耗してるし、こっちきな

えぇっ

 不満そうな声は、次第に遠のいていく。彼等はきちんと扉を開けて、応接間の外へ出ていった。
 空間を渡れないメグが拗ねないように、彼等は最近、意識して歩いて移動するようにしているらしい。

メグちゃんは、どうしてこの子を連れてきたの?

帰る家もないみたいだし……放っておいたら、死んじゃいそうだったから

 慈母のように、マリアリリスは優しく微笑んだ。少年の顔を拭きながら、あら、と感心したよう瞳を瞠る。

この子、とても綺麗な顔をしているわ

どれどれ……

 眠る少年の顔を覗き込み、メグも小さく瞳を瞠った。
 家族の美貌に見慣れているメグでも、ミハイルの顔はとても綺麗だと思った。

こんなに綺麗な顔をしているから、欲深い人間に掴まってしまったのね

……ミハイルには、悪夢を見せないで

あらあら。メグちゃん、この子が気に入ったの?

うん。元気にしてあげたい

優しいのね。じゃあ、私からも皆によく言っておくわね

 メグが微笑むと、マリアリリスはメグを抱きしめた。

あんまり、この子ばかりに構い過ぎないようにね。特にシャルルは、焼きもち妬きだから

知らない

 つんとメグが言うと、マリアリリスは何もかも見透かしているかのような、淡い微笑を浮かべた。
 彼女のこういうところが、苦手だ。
 瞳を合わせずに、ミハイルの薄汚れた服を脱がせようとすると……あらあら、とマリアリリスは困ったように頬に手を添えた。

メグちゃんってば、大胆ね

着替えさせてあげるの

男の子よ?

知ってるよ?

……

 平然と応えるメグを見て、マリアリリスはなんともいえない笑みを浮かべた。
 着替えを手伝っては、いけないのだろうか?
 手を休めている間に、サタナキアが現れた。マリアリリスが、声なき声で呼んだのだ。彼は、ミハイルの傍に跪くメグを見るなり、器用に片眉をあげた。

おやおや、レディがみだりに男の身体に触れるものじゃないよ

 訝しげな顔をするメグを、両手で抱き上げる。

いけないの? キアだって男でしょ。今触ってるじゃない

俺はいいんだよ

どうしてよ

家族だもの

ふぅん……

あの子のことはマリアに任せて、メグもお風呂に入っておいで。かわいい顔が汚れてしまったよ

はぁーい……

 あまり納得していなかったが、反論するのも面倒になり、メグは渋々、応接間を出た。
 烏の行水の如し早業で湯を浴びると、濡れ髪のまま、ミハイルを探して部屋を飛び出した。

 髪を拭こうと、召使が後ろを追い駆けてくるが、気にしない。バタバタと廊下を走っていると、いつの間にかシャルルまで追いかけてきた。

お姉様、どこへ行くの?

ミハイルを探してるの。どこにいるか、知ってる?

 一瞬、つまらなそうな顔をしたシャルルは、知っています、と不承不承に応えた。
 連れていってもらうと、客間でミハイルは静かに眠っていた。傍にはマリアリリスが寄り添っている。

ぐっすり眠っているわ。明日には眼を覚ますでしょう。おしゃべりは明日にして、今夜はもう寝なさい

 本当は、すぐにでもミハイルと喋りたいメグであったが、マリアリリスの忠告通りに部屋を出た。

明日は三人で遊ぼう

 今夜遊べないのは残念だが、明日でもいいか。そう思い直してメグが提案すると、シャルルはふて腐れたように視線を逸らした。

嫌ならいいよ。ミハイルと二人で遊ぶから

僕も遊びます!

 むきになってシャルルは応えた。メグは少しムッとして、押し黙った。部屋に着くまで二人とも無言だった。

 お互いに機嫌が悪くても、いつもの習慣で同じベッドに横になる。背を向けて丸くなると、シャルルがひっついてきた。

お休みなさい、お姉様

……お休み

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