ようこそ、「吊橋パーク」へ……。
おや? お客様は以前、当パークを見学に来ていましたね……。
……そうですか。今日は紹介されたパートナーと一緒に施設を利用したい、と……。
ふふふふ……上手く行くといいですね……。
それでは、ご利用前に軽く説明させていただきます。
お客様たちがこの扉を開けられた瞬間から、危機的状況は開始されます。
それがどんな状況なのかは、お客様たちの運次第。
……ああ、ご安心ください。命の危険はありませんので。
危機的状況を無事に乗り越え、出口に辿り着くこと。
それがクリア条件となります。
そのころにはお客様たちの仲もより深いものになっていることでしょう……。

さて、心の準備はよろしいですか?
それでは、そちらの扉より中にお入りください。
ふふふふふ…………

こつこつこつこつ。
ところどころに設置された蜀台から漏れる、僅かな明かりだけが点る石畳の通路を、二つの人影がゆっくりと進んでいた。

タクミ

うぅ……こわいよ……

一人は少年。
瞳には怯えを滲ませ、頼りなげな背中をより小さくしながら、もう一人の人影の背中に隠れるように進んでいる。
そのもう一人は少女。
燃えるような真紅の髪を短く切って、瞳には自信を宿らせた勝気な印象を与える。

サクラ

大丈夫!
あたしに任せておけば、平気だって!
さっき拾ったこいつもあるし!

自分の胸を叩きながらそういいきった少女は、がしゃりと幅広の剣を担ぎなおし、少年に笑って見せる。
その姿は勇ましく、物語に出てくる騎士のように格好良かった。
さながら二人は、怯えるお姫様とそれを守るナイトといったところだろうか。とはいえ、本来のその役柄は真逆ではあるのだが……。
そんな二人は今、ダンジョンに迷い込んでいた。
RPGに出てくるような、複雑に枝分かれし、どこにつながっているのかも分からない石畳の通路、時々現れる広間のような場所、ところどころに落ちている宝箱、そしておよそ人とは何もかもが違う怪物が闊歩する、そんな場所。
入り口は分からない。
入ってきた扉は確かにあったはずだけど、扉を開けた瞬間に出待ちしていた怪物に襲われ、二人揃って一目散にその場から逃げ出した結果、扉の場所を見失ってしまったのだ。
そして、出口も分からない。
ダンジョンであり、時々とはいえ怪物が現れるのだから、最下層にいるはずのボスを撃破すれば、戻れるのだろうとも思うが、その保障はないし、そもそもどこが最下層化すらも分からないのだ。
そんな退路も、進むべき道も分からないまま、二人はただひたすらさまよっていた。
ただ、幸いなのは、少女がとある宝箱で巨大な剣を発見し、それを扱って闘うことができるくらいの腕があったことだろう。
出なければ、とっくの昔に二人は怪物の餌食になっていたはずだ。

サクラ

まぁ、扉のとこにいた管理人さんの話じゃ、死ぬ心配はないっていってたから、多分強制的に戻されるだけなんだろうけど……

それでも、と思いながら後ろの少年を振り返る。

サクラ

こいつが怪物に食われてゲームオーバーになるとか、精神的に耐えれなさそうだよねぇ……

はぁ、と少年には聞こえないようにこっそりとため息をついた少女は、プルプルと頭を振って、ネガティブな思考を追い出すと、気合を入れなおすようにこぶしを胸の前で握り締める。

サクラ

とにかく、あたしがしっかりして、こいつと一緒に出口へ行かなきゃ!

そう思いなおした少女は、景気付けに少年をからかってやろうと振り返り、挑発的に笑って見せる。

サクラ

あれぇ~?
扉を開ける前は、
『がんばろうね!』って意気込んでたのに、もしかして今は怖いのかなぁ?

その挑発に、しかし少年は乗らず、逆に肩をすぼめる。

タクミ

だって……見たことないような怪物がいつまた襲ってくるとも限らないんだよ?
サクラちゃんは怖くないの?

サクラ

別にあたしは……怖くない……かな。
この剣はかなり扱いやすいし……。
それに怪物といっても、見た目は確かに怖いけど、以外に弱っちぃから大丈夫でしょ。
ま、何かあってもあたしが守ってあげるから、タクミはあたしの後ろに隠れてればいいの♪

わざと余裕を見せ付けるように、語尾を弾ませて会話を打ち切った少女は、正面に向き直って歩みを進めた。

タクミ

あ……待ってよ!

自分を置いて、先へと歩いていく少女を、少年は慌てて追いかけた。

そうして、時々襲ってくる怪物を少女がなぎ倒し、ぐちゃっという生々しい音に少年が悲鳴をあげ、それを少女が笑いながら進んでしばらくしたころのことだった。

サクラ

うわぁ……

タクミ

凄い……

いつ終わるとも知れない、薄暗い通路を進んでいた二人は、偶然辿り着いた、まるでお城の広間のような場所を前に、感嘆の声を発していた。
床は磨き上げられた大理石で、高く伸びる天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がり、明るく広間を照らし出している。
中央には、大きなテーブルが置いてあり、そこには美味しそうな料理や飲み物が所狭しと並んでいた。
それを見た二人は、同時にごくり、と喉を鳴らす。

タクミ

こ……こんなところで、こんなご飯とか飲み物とか……
大丈夫かな?

サクラ

う~ん……
確かに明らかに罠のような気もするけど……

だけど、と少女は思う。
ここまでの道のりで、元々体力がない少年はもちろん、その少年を守りながら戦ってきた少女自身も、かなり疲労がたまっているのも事実。

サクラ

ここの料理に手をつけるかどうかはおいておいて、一度休憩しよっか……。
あんたも疲れてるだろうし、あたしも流石に疲れてきたから……

そういいながら持っていた大剣を下ろし、その場にゆっくりと腰を下ろした少女は、そのままぼんやりと高い天井を見上げる。

サクラ

あたしたち……、ちゃんとここから出られるのかな……?

一向に見つかる気配のない出口に、複雑に入り組む通路、そしてそこを跋扈する怪物たちという状況に、流石の少女も疲労が濃く、ついつい弱音が頭をもたげてしまう。
そんなときだった。

タクミ

はい、サクラちゃん
これ、どうぞ

そんなことをいいながら、少年が二つのグラスのうち、片方を差し出した。
思わず受け取った少女がグラスを覗き込んでみると、そこには冷えたオレンジジュースのようなものが並々と満たされていた。

サクラ

これ……は……?

首を傾げる少女に、少年は微笑んだ。

タクミ

サクラちゃん、ずっと戦って走って疲れたでしょ?
あそこのテーブルに冷えたジュースがあったから……

直後、少女が血相を変えて少年に掴みかかる。

サクラ

あんたね!
あんたもさっき怪しいって言ってたじゃない!!
なんでそんなものを……!?

タクミ

だ……大丈夫だよ……。
ちゃんと大丈夫そうなものか、先に毒見したから……

サクラ

毒見って……あんた……!
もしそれで毒が入ってたらどうするつもりだったのよ!!

タクミ

きっと毒見しなくても大丈夫だったと思うよ……。
ここの管理人さんが言ってたでしょ?
命の危険がないって……。
だったら、食べ物に毒とか入ってないって……。
まぁ、サクラちゃんに何かあったら大変だから、一応試し飲みしたけど……

サクラ

あ……あのね……

少女は言いたいことをすべて飲み込んで、代わりにため息を吐き出した。
この少年とは付き合いも長く、時々こういう大胆というか、突拍子もないというか、とにかくそういうことをやらかすのだ。
昔はいちいち注意してたけど、最近はそれも諦めている。

サクラ

はぁ……。
まぁ、あんたに危険がなかったならいいわ……。
ありがと……

少女は小さくお礼を言って、グラスの中身を喉に流し込んだ。
よく冷やされたジュースが、からからだった喉を潤し、ゆっくりと体に染み渡っていくのを感じて、少女は思わず「ほぅ」と息をついた。
正直、生き返った気分だった。
ここまで、緊張の連続だったこともあって、疲労困憊の体に少しずつ活力が戻ってくる。
少女はそのまま目を閉じ、緊張がゆっくりとほぐれ、穏やかに流れる時間に身を任せた。

サクラ

きっと、そばにタクミがいるからなんだろうなぁ……

そんなことをぼんやりと少女が考えたときだった。

タクミ

サクラちゃん!!

サクラ

きゃあっ!?

少年が、叫びながら突然少女を突き飛ばした。
悲鳴を上げながら倒れこんだ少女が、思わず文句を言おうとした直後、硬質な何かを砕く大きな音と、激しい衝撃が二人を襲う。
歯を食いしばって衝撃と音をやり過ごした少女は咄嗟に顔を上げ、そこに広がっていた光景に顔を青ざめさせた。
濛々と立ち込める煙と、その根元の小さなクレーター。そしてそれをなしたであろう、巨大なトカゲ人間がそこにはいた。

ぐるるるぅ……

低く喉を鳴らしながら、ゆっくりと手に持った巨大な斧を引き上げたトカゲ人間は、クレーターと少年少女を交互に見たあと、攻撃が外れたことを不思議に思うかのように首をかしげた。

サクラ

戦わなきゃ……

相手がゆっくりとした動きである今のうちに、先ほどの攻撃で飛ばされた大剣を拾い上げ、戦闘態勢を整える。
素早く思考をめぐらせた少女は、その考えを実行すべく立ち上がろうと足に力をこめた。その瞬間だった。

サクラ

きゃっ!?

足に激痛が走り、少女は短い悲鳴を上げて再び倒れ伏してしまう。
どうやら、先ほど少年に突き飛ばされた瞬間に、足を捻ってしまったらしい。
思わず体を丸め、痛めた足を手で押さえる少女。
けれどその行動は、殺意を持った敵を前に、あまりにも無謀な行為だった。

ぐるぅあぁっ!!!!

その瞬間を好機と悟ったのか、トカゲ男が鋭く吼えながら斧を振り上げ、一気に少女へと距離を詰めてくる。
逃げようにも、足を痛めていては逃げられず、反撃などもってのほかだ。

――絶体絶命

ただその言葉だけが少女の頭の中に広がっていく。
そして少女は、自分に迫り来るトカゲ男を見つめながら、自身の死を悟った。

サクラ

ああ……こんなことになるんだったら、始めからあいつに素直になってればよかったなぁ……
ちゃんと好きだっていえばよかったなぁ……

諦めにも似た感覚の中で、ただただそれだけを悔いる少女。
そして、今まさに少女に斧が振り下ろされようとしていた瞬間だった。

タクミ

サクラちゃんは僕が守るんだぁああああっ!!

大理石の床に落ちていた大剣をいつの間にか拾い上げ、少年が叫び声を上げながら、トカゲ男へと突進して行ったのだ。

《ガギィンッ!!》

トカゲ男の力任せの斧と、少年の必死の刃が空中で激突し、金属同士がぶつかり合う耳障りな音が広がる。
火事場の何とかか、あるいは髪の悪戯か、ともかく、非力なはずの少年の大剣とトカゲ男の斧が空中でかみ合い、ぎりぎりと互いに押し合う。
両者は拮抗しているかのように見えたが、やがて。

タクミ

ぐ……くぅ……っ

少年から苦悶の声が漏れ、大剣が徐々に少年のほうへと押し込まれていく。
もちろん少年も必死に抵抗しているわけだが、いかんせん元来の少年は非力なため、抵抗むなしくどんどん不利になっていく。

タクミ

負……けるも……んか……!

それでも必死に抗おうとする少年を、トカゲ男は軽々と大剣ごと弾き飛ばした。

タクミ

うわぁっ!?

悲鳴を上げて吹き飛ばされた少年は、そのまま大理石の床を滑り、少女の隣までやってくる。
そこでようやく我に返った少女は、少年を叱責した。

サクラ

馬鹿!
なんであんただけでも逃げなかったのよ!?
というか、何で逃げるどころか、あたしの大剣で立ち向かってるのよ!!
馬鹿なの!?
死ぬの!?

タクミ

あわわわ……
ご……ごめん!
でも……サクラちゃんが死んじゃうと思ったらその……
必死になっちゃって……

まさか怒られるとは思わず、尻すぼみに言葉を吐き出した少年は、今度は一気に慌て出した。

タクミ

……って今はそんなこと言ってる場合じゃないよ!!
早く逃げよう!!

そういって、手を取って走り出そうとする少年の手を、少女は払いのけた。

タクミ

サクラ……ちゃん……?

どうかしたのかと首を傾げる少年に、少女は気丈に笑って言う。

サクラ

さっきね……あたし、足を捻っちゃったの……
今は、走るどころか立つことも難しい……
……だから…………あんただけでも先に逃げて……

タクミ

そんなことできるわけないだろ!!

いつになく、少年は強く否定する。

タクミ

僕がサクラちゃんを……大好きな女の子を置いて先に逃げるだなんて……
そんなことできないよ……

サクラ

タクミ……あんた…………

さらりと大好きだと言われて、思わず呆然とする少女。
しかし、少年はそんなことに構うことなく、少女を横抱きに抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

サクラ

きゃっ!?

つい少年に捕まりながら、今日何度目になるか分からない悲鳴を上げる少女に、少年は優しく微笑んだ。

タクミ

僕が絶対にサクラちゃんを助けてあげるから……
だから絶対に二人一緒にここを出ようね……

力強く言い切った少年は、再び斧を振り上げようとしていたトカゲ男を無視して、自分たちが入ってきた場所と反対側の扉へ向けて走り出した。

タクミ

うわぁぁぁああああああっ!!

お世辞にも格好いいとはいえない叫びを上げながら、それでも必死に自分を抱えながら出口へ向けて走っていく少年。
少女は、普段とは違って男らしい一面を見せた少年の顔をしばし見つめ、やがて少年の胸に顔を押し付けて小さく呟いた。

サクラ

ありがと……
あたしも大好きだよ……、タクミ……

次の瞬間、少年が扉を蹴破るように開け放つのと同時に、どこからか無骨なブザーの音が響いた。

少年と少女は、それまでいたファンタジー然としていた場所とはまったく違うその部屋の雰囲気に、思わず困惑した。
そんな中、スピーカーから二人に向けて声が聞こえた。

お疲れ様でした。
お客様たちは無事に危機的状況を乗り越えることができました。
以上を持ちまして、お客様たちの試練を終了させていただきます。
そちらの扉からお帰りの際は、お忘れ物のなきようよろしくお願いします。
なお、お客様のお怪我に関しましては、架空のものでございますので、ご安心ください

それきり黙りこんでしまったスピーカーをしばらく呆然と眺めた少女は、やがてゆるゆると少年の腕から降り、恐る恐る捻った足を地面に押し付ける。
あの激しい痛みが襲ってくるかと思って身構えていた少女だったが、しかしいつまでも襲ってこない痛みに、深く安堵の息を吐き出した。

タクミ

大丈夫……?

サクラ

うん、平気……

心配そうに覗き込む少年に、少女は大きく頷き、手を差し伸べる。

サクラ

帰ろ、タクミ♪

タクミ

……うん!

そして、少年は少女の手を取り、二人は仲良く扉から出て行った。

少々危なっかしいところもありましたが、あのお客様たちも無事に試練をクリアされ、お互いの仲をより一層深められたようですね。
私も管理人として一安心です……。

さて、次はあなたがどんなパートナーを連れて、どんな試練を課せられるのか、管理人としてお待ちしております。
……それでは、そのときまでごきげんよう…………

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