ようこそ『吊橋パーク』へ。
この施設は、近年進んでいる少子化の対策として日本政府主導のもの作られました。
吊橋効果を利用して男女間の距離を縮め、結果として子供を増やそうというのが狙いです。
とはいえ、所詮は一時しのぎだとは思いますけどね。
さて……、お客様は当施設のご利用は初めてでいらっしゃいますね?
当施設では、こちらのドアより男女ペアで入っていただいて、中で様々な危機的状況を乗り越えていただきます。

……え? 具体的にどういう感じなのか知りたい?
……仕方ありませんね……。
本当は規則違反なのですが、今宵は特別。
先に入っていったお客様たちの様子を少しだけお見せいたしましょう……。

どこまでも続いていきそうな深い、深い森の中を、あるいは苔生した岩の上を、あるいは倒れた大樹の下をくぐり、道なき道を一組の男女が進んでいた。

和江

ねぇ、本当にこの道で合ってるの?

少女が問うと、彼女の前を行く少年が鬱陶しそうに振り返った。

冬樹

うるせぇなぁ……。任せとけっていってんだろ?

和江

任せておけないから言ってるんじゃない!
さっきもそういって、崖から落ちそうになってたし……!

冬樹

んなっ!?
ありゃ、ちょっと地図を見間違えただけだろ!?

和江

ちょっと地図を見間違えた程度で死に掛けたんだよ!?

冬樹

うるせぇなぁ……
いいから黙って着いて来いって……

和江

あ……っ!?
ちょっと待ってよ……!

面倒くさそうに会話を打ち切った少年がすたすたと先へ進み、少女が慌てて彼を追いかける。
どうやらこの二人、相当に仲が悪いようだ。

それから少しして、少年に追いついた少女が、目を伏せながら訊ねる。

和江

ねぇ……あたしたち……、ちゃんとここから出られるかな?
途中で完全に出られなくなって遭難とか……ないよね……?

おずおずと問いかける少女の瞳は不安に揺れていて、少年は先ほどまでの邪険な態度を一変させる。

冬樹

それはわかんねぇ……。
けど……、どんなことがあっても、お前だけはここから出してやる。
絶対にだ

だから、安心しろ。
そういう気持ちを込められた少年の瞳を、少女は真っ直ぐに捉え、ほんのりと頬を紅く染めた。

和江

うん……ありがと……

冬樹

ん?
何だって?

少女の言葉が聞き取れなかった少年が問い返すと、少女はなんでもないと笑い、「ととと」と数歩前へ行く。

和江

ほら、さっさと行かないと日が暮れちゃうよ!早く早く!

冬樹

……あ、ああ……

少女が一瞬見せた、輝くような笑顔にわずかばかり見惚れてしまった少年は、生返事を返してから慌てて我に返り、先を行く少女を追いかけた。

そうして、どこかぎこちなさを残しながらも、初めのころのような険悪な雰囲気が感じられないまま、ゆっくりと歩いていたときのことだった。

和江

きゃっ!?

少女が短い悲鳴を上げたかと思うと、ぐらりとバランスを崩して、すぐそばの切り立った崖のほうへと体が傾いだ。

冬樹

危ない!!

少年が咄嗟に手を伸ばして少女の腕を掴み取り、力いっぱい自分のほうへと引き寄せて、しっかりと胸に抱え込んだ。
間一髪、少女を助けられたことに少年が安堵していると、少女が顔を真っ赤に染めながら、少年を見上げた。

和江

あ……ありがと……

冬樹

お……、おう……

少女の顔がすぐ間近にあることに少年も動揺し、顔を赤く染める。

冬樹

……………………

和江

……………………

お互いに異性の顔がすぐそばにある状況を意識してしまい、気まずい沈黙が舞い降りる。
そのまま、まるで二人の周りの時間だけが切り取られたかのように止まり、お互いの吐息がすぐ間近に感じられるほどに二人の顔の距離が縮まっていく。
そうして、やがてお互いの唇が重なり合おうとしたときのことだった。

《ブビィ~~~》
どこか無骨なブザー音が響き、同時に無機質な機械音声が二人の耳に届いた。
『お疲れ様でした。お客様方は無事に試練をクリアされました。お忘れ物がないように気をつけて、そちらのドアからお帰りください……』

冬樹

…………ぷっ!

和江

…………ぷっ!

二人は、一瞬呆けた顔をした後、同時に吹き出して笑い出す。
そうして、こみ上げた笑いが収まったころ、

冬樹

帰ろうか……

和江

うん!

二人は仲良く手をつないで、扉から出て行った。

いかがでしたか?
始めはお互いに素直になれず、いがみ合ってばかりいた二人が、危機的状況を協力して乗り越えることで、ここまで仲良くなることができるのです。

今回のことで、お客様にも当施設のことがお分かりいただけたと思います。
よろしければ次回は、見学者としてではなく、お客様としてご来場ください。

……それでは、またお会いできる日を楽しみにしております……。

第1話 森の中の吊橋効果

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