二日前――八月十日。
追いかけているのか、追い詰めているのか、わからなくなっている。
四足が大地を蹴る。地上を疾走する獣の鬣は風の抵抗を考えて背後へ流れ、躰を構成する角錐の突起もまた疾走時には背後へ倒れて風を流す。
夜の闇の中、赤色の瞳だけが二つ、軌跡を描いて獣の移動を表現していた。
ふらりと一千年ぶりに出た街は固く、かつてとは疾走感がまるで違う。アスファルトは蹴る力を十二分に反発し加速を増長させ、人を捕食することがこれほどまでに容易になっていた事実に、飢えを堪え切れなかったのがいけなかった。
今、最初の捕食者を追っている――最期の捕食者に追い詰められている。
どちらかわからない。わからないが、それでも自分は逃げていないと思う。ただし相手も逃げていないように思えて仕方がない。
だが、見えた。
色彩は温度と濃度によって作られ、赤い瞳は待ち構える男を発見する。袴装束に刀を一振り腰に提げ、上半身を捻りながらも視線だけはこちらを捉えて離さない――その足元に青色の術式紋様が展開していた。
陰陽師かと、思った。
かつてはその術により捕らえられ、操られ、殺されたものだがしかし。
武術家だと彼は答える。――お前を祓う者であると、存在それ自体が証明していた。
待ち構えているのが分かっていて、愚直にも正面から挑むわけにはいかない――獣は考える。ほんの数秒、あるいは一秒にも満たないその時間でその選択を得た。
飛んだ――のである。否、それは跳んだのだ。四足でアスファルトを蹴り、上空を越えて後ろに回れば良いのだと判断した。
上空を通過する。
時間が停止する。
――心(シン)と、僅かな鍔鳴りをそこに発生させて、吐息。