目を覚ますと、
そこはまったく見覚えのない部屋のなかだった。

佐上頼子

……んん、どこだろう、ここ……

割れそうに痛い頭を押さえながら部屋を見回してみると
殺風景な部屋のなかに、ベッドや机、
本棚などのシンプルな家具がいくつかあるだけの
ごく普通の部屋のようだ。

佐上頼子

わたし、なんでここにいるんだろ……

見覚えのない景色に、
なぜ自分がここにいるのか、記憶を辿ってみる。


……が、分からない。

なぜここにいるのか
連れてこられたのか
自分でやってきたのかすら、
まったく覚えていない。

佐上頼子

全然覚えてない……
どうしちゃったんだろ、私……

佐上頼子

あのときたしか……
学校から家に帰ってきて……

部屋着に着替えようとして
制服を脱ごうとしたところから、記憶が無い。

ハッと思い立ち、服装を確認すると
きちんと制服を着ているようだ。

佐上頼子

ちゃんと着てる……良かった

少なくとも、何か暴力を振るわれた形跡もない。
心配したようなことは無いようだ。

佐上頼子

ん……どうしたんだろ、私

ふたたび思い返してみるが、
最後の記憶は、
学校から自宅に帰ってきたところで途切れている。

佐上頼子

家に帰ったときから
ぜんぜん覚えてないなんてこと、
あるのかな……

見覚えの無い部屋……
不安のなかでいろいろと考える。

今何時だろう、と気になって
ポケットの中にあったスマートフォンを探して
上からパンパンと触ってみるが、見当たらない。

佐上頼子

あれ、私ケイタイどこ置いたんだろう

次にカバンを探してみるが、カバンも見当たらない。

佐上頼子

どこやっちゃったんだろ……っていうか
そもそもここにあるのかな

頭痛を我慢しながら辺りを見渡してみるが、
自分の身の回りのものは、見つけられなかった。

カバンもケイタイも、常に身に着けているものだ。
どうして持っていないのだろう……。


そう考えていたとき。

佐上頼子

……まさか、誘拐……!?

思わず叫んでしまった後で
頼子は冷静に自分の状況を思い返した。

中流家庭の一人っ子。

特に得意なこともなく、苦手なこともない。

ごくごく普通の家庭の娘……。

佐上頼子

お金目当て……

佐上頼子

な~んて、
そんなわけ、ないかぁ

両親にいくら身代金を請求したとしても
たいしたことない金額しか出せないことくらい、
この年なら理解している。

佐上頼子

とにかく、ここから出ないとだね

そう思って、よろよろと立ちあがる。
なんだか身体が異常にだるい。

佐上頼子

なんだろ、このだるいかんじ

佐上頼子

ううん、そんなこと言ってられないよ…!

見知らぬ部屋で
一人で目を覚ましたこと自体が異常なのに
だるいなんて言っていられない。

佐上頼子

はやく、ここから出なきゃ

自分を奮い立たせるように、扉へと向かう。

佐上頼子

とにかく家に帰ろう……

そう思って頼子はドアノブに手をかけた。

佐上頼子

……え?

壊れているのかと思い、ガチャガチャとドアノブを回してみたが
何度ドアノブをまわしても
扉は一向に開く気配がなかった。

佐上頼子

なによ、これ!?








『扉が開かない=閉じ込められた』


改めて自分の置かれた状況を知り、
なんともいえない寒気が頼子の全身を駆け抜けた。

佐上頼子

なんで!?
なんで開かないのこれ……!

再びガチャガチャとドアノブをまわしてみる。
しかし、鍵がかかっているのか扉は一向に開く様子は無い。

佐上頼子

だれか……!
誰かいませんか!?
閉じ込められてるんです!!

一生懸命叩いてみたが、
どうやら扉の向こうには誰もいないらしい。

佐上頼子

なんで……誰もいないの……?

見知らぬ部屋に閉じ込められている……
そんな事実を再認識すると、
お腹の奥から何かこみ上げるものを感じた。

佐上頼子

…………っ……

不安と心細さが急に襲ってきて、
突然大声で叫びたくなるのを我慢して
頼子は自分に言い聞かせた。

佐上頼子

大丈夫、大丈夫
すぐここから出られる……
私は絶対大丈夫……!!

パニックになりそうになるのを必死に抑え込むように
両手で自分自身をを抱きしめると、
ゆっくりと深呼吸をする。

佐上頼子

ん、だいぶ
落ち着いた……かな

佐上頼子

……とにかく、一刻も早く
この部屋から出よう……!

なぜこんな状況に陥っているのか
現段階ではなにも分からない。

しかし、まずは今の状況を知ることが大事だ。

佐上頼子

焦ったらダメ
とにかく冷静にならなきゃ



頼子は、自分のほっぺたをパチパチと数回叩いて
気合いを入れた。

佐上頼子

まずはこの部屋から出ることを考えよう




一刻も早く部屋から出よう。
その後のことは、そこから考えればいい。

頭痛はまだおさまらず、身体も異常にだるかったが、
頼子はそう思いなおして、気を引き締めた。

佐上頼子

大丈夫
私はやればできるんだから……!

ぐっと強くこぶしを握ると、
頼子はまず部屋の中をぐるり、と見渡した。


目に付くのは、カーテンもない窓。

佐上頼子

外、まっくらだな……

本がたくさん入っている本棚。

さっきまで寝ていたベッド。

そして、鍵がかかっていて開かない扉。

ドアノブをガチャガチャと開けてみたり
蝶番を見てみたりといろいろと扉を調べてみたが、
やはり鍵がかかってるようだ。

佐上頼子

まずは、この扉のカギを探そう

扉をガタガタと動かしてみるとほんの少しだが
扉自体は動く。

佐上頼子

やった!
一応ちゃんと動くみたい

入り口が塞がれていたり、
まったく動かせないというわけではないので
鍵を見つけることができれば
なんとかここから出られそうだと頼子は考えた。

佐上頼子

カギ……どこだろう?

机らしきものも見当たらないし、
引き出しに入っているとも思えない。

もしかしたらと思い、ベッドをめくってみる。

佐上頼子

……さすがにないか

どんなものでも手がかりになるようなものが
落ちていればよかったのだが、
あいにくベッドの中にはなにも無いようだ。

佐上頼子

こっちのカーテンはどうだろう……

佐上頼子

……!

カーテンの裏の窓のサンの部分に埋めるように、
1本のシャープペンシルが挟まっている。

佐上頼子

何かに使えるかも

そう思い、頼子は制服のポケットにそのペンをしまった。
たとえペン1本でも、
道具を見つけたことが何よりも嬉しい。

佐上頼子

他にも何かあるかも……?
あるとしたら、本棚かな。

部屋のなかは一見、ごくごく普通の
こじんまりとしたシンプルな部屋のように見える。



……が、どこかがおかしい。

佐上頼子

なんだろう、この違和感

佐上頼子

……あれ?

佐上頼子

この本棚……

本棚に近寄ると、
棚に入っている本をひとつひとつ見ていく。

一番上の棚には、
“恋愛における10のルール”
“すべての男性に愛されるために今何をするべきか”
“最初のデートで彼女を落とす方法”
“俺たちが結婚するためには諦めるべき101の理由があってだな”
etc........

佐上頼子

なに、これ……?

佐上頼子

へんな本……


どうやら恋愛に関する本をたくさん集めているようだ。

次に、二番目の棚をのぞいてみる。

“アンドロイドは電気ウナギの夢をみるか”
“大抵のビジネスは機械にのっとられる”
“人間が作ったAIは人間よりも賢いのか”

……どうやら二番目の棚は機械に関する本のようだ。

佐上頼子

こっちは難しすぎて
眠くなりそう

そうして本をぼんやり眺めていると、
おかしなことに気がついた。

佐上頼子

あれ?

佐上頼子

これ、左右対称に置かれている……?

それぞれの本の種類やタイトルは
まったく違うものだが、
どうやらどれも同じ高さ、同じ厚さの本が
左右対称に置かれている。

綺麗に並べられたその本に
なにか異常なものを感じて、
頼子の背中にぞわりと悪寒が走った。

佐上頼子

なんだか気持ち悪いな

とはいえ、手がかりを見つけるためには
たくさんある本の中もすべて探さなくてはならない。
1冊、また1冊と本をパラパラとめくっては棚に戻していく。

佐上頼子

ん~いまのところ
特に変わった本もないなぁ

単純な作業とはいえ、
本のページをぺらぺらとめくっていくのは
おもったよりも時間がかかるようだ。

ざっとページを流してみて、
本の綴じ口を掴んでバタバタと振る。

……そんなことを30冊ばかり終わらせた頃、
腰がだんだんと悲鳴をあげてきた。

佐上頼子

なんだか
腰、痛くなっちゃった

ん~と声を出しながらぐぐっと背伸びをする。

独り言でも話していなければ
沈黙に押しつぶされる気がして、
頼子は、休憩!と声に出しながら、ベッドに腰掛けた。

ギィッという軋みと共に
マットレスが少しだけ沈んだ音が聞こえる。

佐上頼子

本当に誰もいないのかな……

ベッドで“伸び”をしながら、ふとそう思う。

どれだけ防音だったとしても
ここはどうみてもマンションの一室。
誰か人がいれば、ちょっとした音のひとつでも聞こえてきておかしくはない。
建物の周囲に人がいないかと外を見てみたが、
窓の向こうは暗くてよく分からない。
しかも、窓ははめ殺しになっているようで
外の様子を見ることも、身を乗り出すこともできないつくりだ。

天井の明かりがついているので
辺りを調べたり、文字を読んだりするのは問題ない。
しかし、その明かりも煌々と付いているわけではなく
なんだかぼんやりと薄暗い。
周囲を見回したり本を読んだりするくらいなら問題はなさそうだが、決して明るいというわけではなかった。

佐上頼子

とにかくコレを
はやく終わらせちゃわないと……!

そんな状況がどのくらい続いただろうか。

とある絵本の隙間から、
ふわりと何かの紙切れが落ちてきた。

佐上頼子

なんだろう、これ

落ちた紙切れを拾ってみると、
どうやらメモのようだ。

拾ったメモを見ると、何か文字が書いてある。

佐上頼子

なになに……
このキーワードに入る文字を
探せ?

ぺらりと裏側をめくると、
マスのなかにカタカナといくつかの数字が書いてある。
どうやら
このメモはパズルになっているようだ。

部屋から出るためには、
これを解かなきゃいけないのだろうか。

このメモの他にも何か無いかと、残りの本を急いで探してみたが、残念ながらこれ以外のものは見つからなかった。

佐上頼子

仕方ないね……
今のところは
これを解くしかなさそう

諦めてまたベッドに腰掛けると、
頼子は、そのメモをもう一度よく見た。

佐上頼子

クロスワード……パズル?

佐上頼子

とにかくやってみよう!

本棚から表紙が硬い本を1冊取り出すと、
それを机代わりにすることにした。

先ほど拾ったシャープペンを片手に持ち、
メモをじっと見つめる。

この空いている枠の左上に数字が書かれており、
いくつかの数字は違う場所にも記されている箇所があった。

佐上頼子

これ……同じ数字の場所には同じ言葉が入るのかな

おそらくそれがヒントなのだろう。
まずはこの空いている枠の中に
文字を全て入れてみなくてはいけない。

佐上頼子

よし、やろう!

第1話「部屋から出られない」

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