呼びかけるとドアの向こうから可憐な声が返ってきた。
入ってもいいよ。
呼びかけるとドアの向こうから可憐な声が返ってきた。
本当に? でも、一緒の部屋って……その……イヤじゃない?
イヤなわけないじゃないか。さあ、遠慮しないで!
でも、わたし、その……こういうの初めてで。
僕だってそうさ。でも心配することは何一つないよ。
そ、そうかな?
断言するよ。そうさ!
そこまで言い切ってくれるなら……わたし……
ドアがゆっくりと開かれていく。
それに応じて僕の心臓も高鳴っていった。
どくん、どくん、どくん。
どくん、どく……ん?
って、なんかイヤな予感がしてきたぞ。
僕は何か大きな勘違いをしていたんじゃ……ハッ! ま、まさか!?
異世界に来てからというもの、いったい何度、
淡い期待を裏切られてきただろうか。
ちょ、ちょっと待って!
僕の言葉に反してドアの動きは止まらない。
廊下から中に入ってきたのは――お母s
え、入っちゃダメ? もしかして着替え中だったとか?
えええ? 西野さん!?
あ、ハイ。西野ですけど?
やった!
やった! やったぁあ! やっだばああ!
ナイス! いいね! グッド! ファボ! この異世界も捨てたもんじゃないね!
かつてこんなにはしゃいだことがあっただろうか。
いや、絶対にない。そしてたぶんこれからも。
そんなに私と同じ部屋だったのが嬉しかったわけ?
当たり前だよ! 人生における最大の目的だったと言っても過言じゃない!
……ふうん。なんだかちっぽけな目的だね。
でも、そんなに喜んでもらえて、ちょっと嬉しいかも。
デレた!?
西野さんはベッドの端に座ると、
目を反らしつつ僕へと小さく手招きをした。
……笹々木くん。こっちに来てよ。
喜んで!
僕は西野さんの手の上に手を重ねた。
彼女の髪からはとてもいい香りがした。
それはまるで夢のように甘美な夜だった――
翌朝、窓から差し込む光で僕は目を覚ました。
うーん。眩しいな。
おはよう。
おはよう。西野さ……
……ん?
おはよう。シュウちゃん。もうお昼よ。
………………
あら、まだ頭がぼんやりしてるの? 相変わらず寝坊助さんなんだから。
……西野さんは? いや、それ以前になんで僕はすっ裸?
異世界に来てからずっと同じ服だったじゃない。昨夜、シュウちゃんが寝ている間に脱がせて洗濯しておいたのよ。
ちょうど乾いたところね。はい、どうぞ。
僕は服を受け取り、黙って着込んだ。
……いくつか確認したいことがあるんだけど。
はいはい。何かしら?
この宿の部屋割りは、僕とお母さんで一室。西野さん一人で一室ってことでOK?
そうね。親子で一部屋。当然の図らいよね。
シュウちゃんは異世界に来てからよっぽど疲れていたのね。あたしが部屋に来た時には、ベッドの上でグッスリだったわよ。
夢かよ! クソッ! でも良い夢だったよ!
そういえば何度も「西野さん」って寝言を言ってたわ。シュウちゃん、本当にあの子のことが気になるのねえ。
え? ホントにそんなこと言ってた?
言ってたわねー。服を脱がせる時には嬉しそうにニマニマと笑ってたわ。どんな夢を見てたのかしらね。
本当は同じ部屋にしてあげたかったんだけど、よからぬことがあっちゃマズイでしょー。
…………ッ!
同級生の女の子と同じ部屋になりたいって気持ちはよーくわかるわ。
でも二人はまだ高校生じゃない。まだ早いものね。オホホホホ。
……デリカシーなさすぎだろ、このクソバアア!
それから僕らは遅い目の朝食を取り、
「黒猫のまどろみ亭」を後にした。
とりあえず現実世界に戻る方法を探して
町の人々から情報収集をすることにしたのだ。
もちろん率先して行動しているのはお母さんだ。
ちょっとごめんくださーい。お話を聞かせてもらっていいかしら?
やっぱり里子さんって頼りになるね。異世界の住人にもまったく臆さずに話しかけてる。
相変わらず西野さんはお母さんばかりを褒める。
昨夜の夢が甘美すぎただけに、辛いものがあった。
……ああ、いっそのこと異世界に召喚されたりしないだろうか。
なに道端の草をむしりながらブツブツと呟いているの? ここが異世界じゃない。
まあ、そうなんだけどさ。
1時間ほど聞き込みを続けただろうか。
お母さんが嬉々とした表情で戻ってきた。
シュウちゃん。お家に帰る方法とは関係なさそうだけど、ちょっと面白そうな情報を小耳に挟んだわよ。
なに?
町の外れに伝説の剣、エックスガリバーがあるそうなのよ。
ふうん。エックスガリバー。
……え? エクスカリバー!?
そうそう、それよ。エクストラ・リバー。
エクスカリバーだよ! なんだよ、エクストラ・リバーって。大河かよ!
……でも、なんでお母さんがエクスカリバーを知ってるの?
小学生の頃に買ってあげた「お面ライダー」のオモチャの剣、すごく気に入っていたじゃない。シュウちゃんの趣味くらい把握しているわよ。
それに気持ちが沈んでいるみたいだったから、なんか元気が出そうなものを見つけてあげたかったのよね。
……伝説の剣をオモチャ扱いかよ。
とはいえ、事実これは気になる!
僕らは情報通りに町の外れへと向かった。
そこには岩に刺さった一本の剣があった。
これが……エクスカリバー?
っていうか、ぶっちゃけよくわからないな。商品名が書いてあるわけでもなさそうだし。
すると近くにいた騎士が話しかけてきた。
そう、これこそは伝説の剣、エクスカリバー。選ばれし者しかこの岩から引き抜けないと言い伝えられている。
え、マジもん?
マジマジ。
た、試してみても、いいかな?
1チャレンジ、銀貨1枚。
は? お金取るの?
そうだね。いろいろあるんだよ。管理費とか、人件費とか。
……なんかいきなり胡散臭くなってきたなー。
やめておいた方がよくない? お祭りのインチキ臭い出店っぽさを感じるんだけど。
た、確かに抜ける保証なんてどこにもないけど……でも……
はっきり言ってお金のムダだと思うよ?
心の中では9割ほどムダだとは思っていた。
でも残りの可能性を試してみたい気持ちはあった。
こんな冴えない僕でも、実は何か凄い力が
あるのではないかと信じてみたかった。
だけど……
シュウちゃん。やってみたいのかい?
……いや、いいかな。西野さんの言う通り、お金の無駄っぽいし。
西野さんの手前、僕は素直になることができなかった。
はい、これで3回遊んでみなさい。
お母さんは僕の手に銀貨を3枚握らせてくれた。
お、お母さん。でも、これ……
いいのよ。異世界に来てからお小遣いをあげてなかったじゃない? たまには遊んでみるのも悪くないわよ。
……お、お母さん。ありがとう!
……里子さん、息子に甘すぎッ!
――次回、
折れた聖剣(仮)