笹々木修司

入ってもいいよ。


呼びかけるとドアの向こうから可憐な声が返ってきた。

本当に? でも、一緒の部屋って……その……イヤじゃない?

笹々木修司

イヤなわけないじゃないか。さあ、遠慮しないで!

でも、わたし、その……こういうの初めてで。

笹々木修司

僕だってそうさ。でも心配することは何一つないよ。

そ、そうかな?

笹々木修司

断言するよ。そうさ!

そこまで言い切ってくれるなら……わたし……


ドアがゆっくりと開かれていく。

それに応じて僕の心臓も高鳴っていった。

笹々木修司

どくん、どくん、どくん。

笹々木修司

どくん、どく……ん?
って、なんかイヤな予感がしてきたぞ。

笹々木修司

僕は何か大きな勘違いをしていたんじゃ……ハッ! ま、まさか!?


異世界に来てからというもの、いったい何度、

淡い期待を裏切られてきただろうか。

笹々木修司

ちょ、ちょっと待って!


僕の言葉に反してドアの動きは止まらない。

廊下から中に入ってきたのは――お母s

西野茜

え、入っちゃダメ? もしかして着替え中だったとか?

笹々木修司

えええ? 西野さん!?

西野茜

あ、ハイ。西野ですけど?

笹々木修司

やった!

笹々木修司

やった! やったぁあ! やっだばああ!

笹々木修司

ナイス! いいね! グッド! ファボ! この異世界も捨てたもんじゃないね!


かつてこんなにはしゃいだことがあっただろうか。

いや、絶対にない。そしてたぶんこれからも。

西野茜

そんなに私と同じ部屋だったのが嬉しかったわけ?

笹々木修司

当たり前だよ! 人生における最大の目的だったと言っても過言じゃない!

西野茜

……ふうん。なんだかちっぽけな目的だね。

西野茜

でも、そんなに喜んでもらえて、ちょっと嬉しいかも。

笹々木修司

デレた!?


西野さんはベッドの端に座ると、

目を反らしつつ僕へと小さく手招きをした。

西野茜

……笹々木くん。こっちに来てよ。

笹々木修司

喜んで!


僕は西野さんの手の上に手を重ねた。

彼女の髪からはとてもいい香りがした。

それはまるで夢のように甘美な夜だった――


翌朝、窓から差し込む光で僕は目を覚ました。

うーん。眩しいな。

おはよう。

おはよう。西野さ……

……ん?

お母さん

おはよう。シュウちゃん。もうお昼よ。

………………

お母さん

あら、まだ頭がぼんやりしてるの? 相変わらず寝坊助さんなんだから。

……西野さんは? いや、それ以前になんで僕はすっ裸?

お母さん

異世界に来てからずっと同じ服だったじゃない。昨夜、シュウちゃんが寝ている間に脱がせて洗濯しておいたのよ。

お母さん

ちょうど乾いたところね。はい、どうぞ。


僕は服を受け取り、黙って着込んだ。

笹々木修司

……いくつか確認したいことがあるんだけど。

お母さん

はいはい。何かしら?

笹々木修司

この宿の部屋割りは、僕とお母さんで一室。西野さん一人で一室ってことでOK?

お母さん

そうね。親子で一部屋。当然の図らいよね。

お母さん

シュウちゃんは異世界に来てからよっぽど疲れていたのね。あたしが部屋に来た時には、ベッドの上でグッスリだったわよ。

笹々木修司

夢かよ! クソッ! でも良い夢だったよ!

お母さん

そういえば何度も「西野さん」って寝言を言ってたわ。シュウちゃん、本当にあの子のことが気になるのねえ。

笹々木修司

え? ホントにそんなこと言ってた?

お母さん

言ってたわねー。服を脱がせる時には嬉しそうにニマニマと笑ってたわ。どんな夢を見てたのかしらね。

お母さん

本当は同じ部屋にしてあげたかったんだけど、よからぬことがあっちゃマズイでしょー。

笹々木修司

…………ッ!

お母さん

同級生の女の子と同じ部屋になりたいって気持ちはよーくわかるわ。

お母さん

でも二人はまだ高校生じゃない。まだ早いものね。オホホホホ。

笹々木修司

……デリカシーなさすぎだろ、このクソバアア!


それから僕らは遅い目の朝食を取り、

「黒猫のまどろみ亭」を後にした。

とりあえず現実世界に戻る方法を探して

町の人々から情報収集をすることにしたのだ。

もちろん率先して行動しているのはお母さんだ。

お母さん

ちょっとごめんくださーい。お話を聞かせてもらっていいかしら?

西野茜

やっぱり里子さんって頼りになるね。異世界の住人にもまったく臆さずに話しかけてる。


相変わらず西野さんはお母さんばかりを褒める。

昨夜の夢が甘美すぎただけに、辛いものがあった。

笹々木修司

……ああ、いっそのこと異世界に召喚されたりしないだろうか。

西野茜

なに道端の草をむしりながらブツブツと呟いているの? ここが異世界じゃない。

笹々木修司

まあ、そうなんだけどさ。


1時間ほど聞き込みを続けただろうか。

お母さんが嬉々とした表情で戻ってきた。

お母さん

シュウちゃん。お家に帰る方法とは関係なさそうだけど、ちょっと面白そうな情報を小耳に挟んだわよ。

笹々木修司

なに?

お母さん

町の外れに伝説の剣、エックスガリバーがあるそうなのよ。

笹々木修司

ふうん。エックスガリバー。
……え? エクスカリバー!?

お母さん

そうそう、それよ。エクストラ・リバー。

笹々木修司

エクスカリバーだよ! なんだよ、エクストラ・リバーって。大河かよ!

笹々木修司

……でも、なんでお母さんがエクスカリバーを知ってるの?

お母さん

小学生の頃に買ってあげた「お面ライダー」のオモチャの剣、すごく気に入っていたじゃない。シュウちゃんの趣味くらい把握しているわよ。

お母さん

それに気持ちが沈んでいるみたいだったから、なんか元気が出そうなものを見つけてあげたかったのよね。

笹々木修司

……伝説の剣をオモチャ扱いかよ。

笹々木修司

とはいえ、事実これは気になる!


僕らは情報通りに町の外れへと向かった。

そこには岩に刺さった一本の剣があった。

笹々木修司

これが……エクスカリバー?

笹々木修司

っていうか、ぶっちゃけよくわからないな。商品名が書いてあるわけでもなさそうだし。


すると近くにいた騎士が話しかけてきた。

そう、これこそは伝説の剣、エクスカリバー。選ばれし者しかこの岩から引き抜けないと言い伝えられている。

笹々木修司

え、マジもん?

マジマジ。

笹々木修司

た、試してみても、いいかな?

1チャレンジ、銀貨1枚。

笹々木修司

は? お金取るの?

そうだね。いろいろあるんだよ。管理費とか、人件費とか。

笹々木修司

……なんかいきなり胡散臭くなってきたなー。

西野茜

やめておいた方がよくない? お祭りのインチキ臭い出店っぽさを感じるんだけど。

笹々木修司

た、確かに抜ける保証なんてどこにもないけど……でも……

西野茜

はっきり言ってお金のムダだと思うよ?


心の中では9割ほどムダだとは思っていた。

でも残りの可能性を試してみたい気持ちはあった。

こんな冴えない僕でも、実は何か凄い力が

あるのではないかと信じてみたかった。

だけど……

お母さん

シュウちゃん。やってみたいのかい?

笹々木修司

……いや、いいかな。西野さんの言う通り、お金の無駄っぽいし。


西野さんの手前、僕は素直になることができなかった。

お母さん

はい、これで3回遊んでみなさい。


お母さんは僕の手に銀貨を3枚握らせてくれた。

笹々木修司

お、お母さん。でも、これ……

お母さん

いいのよ。異世界に来てからお小遣いをあげてなかったじゃない? たまには遊んでみるのも悪くないわよ。

笹々木修司

……お、お母さん。ありがとう!

西野茜

……里子さん、息子に甘すぎッ!


――次回、 
折れた聖剣(仮) 

僕のエクスカリバー

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