聖剣イクセウスの消失。
人類の生存を左右する未曾有危機をその機転によって回避したアーク。
その全ての面倒事を押し付けられた形になったエリィ。
二人は、聖都にあるもっとも高級な旅館の最上階の一室にて、その豪華絢爛で快適な空間で羽を休めていた。
聖剣イクセウスの消失。
人類の生存を左右する未曾有危機をその機転によって回避したアーク。
その全ての面倒事を押し付けられた形になったエリィ。
二人は、聖都にあるもっとも高級な旅館の最上階の一室にて、その豪華絢爛で快適な空間で羽を休めていた。
あー、それにしても疲れたなぁ。無事聖剣も渡せたし、なんかもう面倒臭くなってきた。お家帰ろうかな?
それ……私のセリフですよ。凄く大変だったんですからね。
そもそも、ご主人様何もやってないじゃないですか
えーっ、いろいろやってるよ。主にエリィちゃんの夜の相手とか……
だからそうやっていちいち変なこと言わないで下さい!!
耳がキンキンする……
ご主人様がしっかりしてくれないのが悪いんじゃないですか。
大体私が毎日どれだけ――っ!? ご主人様!
エリィが室内に発生した違和感を元に警告を発する。
それは先程からアークがぼんやりと眺めていた場所だ。
いや、彼は最初から気づいていた様で、厳しい視線を先へと向けている。
やがて、室内の一部が蜃気楼の様に歪む。
まるで破られた殻から我先にと溢れだすように流出したのはおぞましい程の魔力。
普通の人間では、それこそある程度名の知れた戦士ですら萎縮してしまいそうなそれ。
エリィは思わずその端正な顔を歪める。
なぜなら、これほどまでの魔力を噴出させることができる存在などそう数多くはいないだろうからだ……。
上級魔族や、魔王でもない限り……。
……誰だ?
くくく、流石は勇者の一人と言ったところか、中々に鋭いではないか?
貴方は――魔王!?
目の前に現れた女性。
美しい見た目とは裏腹に凶悪な魔力と獣性を帯びた鋭い瞳を向けるそのものこそが、人類の敵である魔族の王、魔王だ。
まさかこの様な場所に現れるとは思ってもいなかったエリィは一瞬体を硬直させ、その後慌てて身構える。
だが、当の魔王はそんなエリィの動揺など知ってか知らずか、備え付けられた調度品の椅子にふわりと座ると、悠々と話し始める。
どうやらこの勇者はそれなりにできる男らしいな。カカッ!
今までの勇者はどれもこれも妾が見ていることなど一切気づかなかったぞ? 貴様が一番強いのではないか、アークとやら?
対応するのくっそ面倒だなぁ……
まさか敵の首魁がこ様な場所に来るとは……
ふんっ、小娘の戯言など聞いてられるか。妾は自分が好きなようにするのじゃ
"のじゃ"て、語尾を特徴的にすればキャラ立ちするってもんでもねーぞ……
くくく、まぁ良い。此度は中々に有意義な出会いであった。
妾の目の前に立つであろう男が、アイツラの様な木っ端ではツマランからのぉ……
……くっ!
魔王は戦う意志は無い。
だが、そうであってもエリィの緊張を解きほぐすことはできない。
相手は魔王なのだ。その力の差は絶大。
少しでも隙を見せれば、どのような事態になるか想像もつかない。
今この宿には多くの一般人が宿泊している、そしてこの街には多くの人びとがその危機的状況を知らずに平和に過ごしているのだ。
決して魔王と衝突する様なことがあってはならない……。
だからこそ、エリィは一切の感情を捨て、鋼の意志を持って冷静を装った。
もっとも、魔王が座る椅子の前のテーブル。その対面の椅子にアークがドカリと座りだした時は肝が冷える思いだったが……。
やがて、エリィの胃の痛い時間は終わる。
どうやら魔王は本当にアークを確認しに来ただけのようだった。
どこか晴れ晴れとした、――好敵手を見つけた者にありがちな、 満足気な笑みを浮かべた彼女は、現れた時と同様に蜃気楼の様に揺らめきだす。
では、妾はそろそろ行くのじゃ。……次に合う時を楽しみにしておるぞ、勇者アーク!!
だが魔王の輪郭が歪み、やがて消え去ろうとしたその時。
――っと、よいしょ
アークはごく自然な手つきで転移する途中の魔王へとタッチした。
――む?
あっ!!
……あれ?
おー。魔王も複製できるとか、マジで凄いなぁ
えっ? あれ?
……転移魔法が発動しない?
ぎゃあああああ! このアホご主人様がぁぁぁ!!! 何やってくれてるんですかぁぁ!
んー、それにしても。やっぱりオリジナルを触るとコピーできるんだな。
けど一人一回が限度みたい。沢山複製しようと思ったらエラーでた
冷静に分析してるんじゃないですよぉ!
どうするんですか!? ってか、なんで魔王を沢山複製しようと思ったんですか!?
いや、魔王沢山奴隷にしたらもう俺に逆らえる奴いなくね?
あとは好き放題できるんじゃね?
そう、思ったから……
お前は大魔王にでもなるつもりか!?!?
え、えっと……。その~……。
事情がよく分からんのじゃが、これどういうことなのだ?
城に戻ろうにも何故か勇者から離れられんのじゃ
おー、だろうな。そういう仕組みだから
まっ! まさか貴様! 先程の一瞬で何か良からぬことをしたのではなかろうな!?
この卑怯者め!
やばい、笑える
貴様……その馬鹿笑いをやめろ!
いやぁ、まぁそう言うなって。
とりあえず今日は夕飯豪華にしないとな、新たな奴隷が見つかった記念パーティーだ!
た、確かに魔王さんは凄く可愛らしい外見をしていますけど、何も複製しなくても……
いやなんかノリで。
でも魔王と勇者だから凄いマニアックなプレイできそうで今から楽しみ
貴方の辞書に人権って言葉はありますか? 女の子のこと、なんだと思っていますか?
ん? プレイ内容の話? 敗北調教プレイとか考えてる。
善堕ち魔王のアヘ顔ダブルピースからの魔王軍の皆さんへビデオレター送付とかものすごく興奮するよね
そんなこと一切聞いてないだろうがこのド変態がっ!!
……どういうことだ? 全然分からんのじゃ
知らないって時として幸せなことなんだな……俺、今そう思った
くっ! ぶん殴りたい……
むぅ……
あの、ちょっと魔王さん、よろしいでしょうか?
今貴方が置かれている状況について説明します
ん? 貴様が説明すると言うのか小娘。
良かろう、申してみよ
端的に言いますよ? 心を強く持って下さい
びええええええええん!!!!!
な、泣き止んで下さい魔王さん。
気持ちは、気持ちは分かりますから……
びええええええええん!!!!!!
妾は偽物なのじゃあああ!!
ちっ、早く黙らせろよぉ……
ちょっと黙っていてくれます?
この全人類一のクズがっ!!
心外だなぁ……
びえええええええええん!
一生こやつのおもちゃとして過ごすことになるのじゃあああ!!
うるせぇな~。泣き止めよ。
ほら、アメちゃんあげるからさ
びええええ――アメちゃん?
そうそう、アメちゃんだ。好きか? ほら、あーんしろ
ふぁい……
あっ!それは!
あ、アメひゃん……ぐすぐす……甘くておいひい……
………………
甘いだろ? 少しは気が和らいだか?
ならもう泣くんじゃないぞ?
安心しろ、ちゃんと責任取って面倒は見てやるからさ。
こう見えても勇者だ、いい子にしていたら魔王だからって虐めたりしないからな
そ、そうですよ。なんだかんだでご主人様は優しい人ですから。
そんなに気落ちすることないですよ!!
うんっ、ぐす……分かった。
アメひゃんもありがと……
ちなみに、そのアメちゃんはお前と一緒で複製した奴だけどな!!
びええええええええんんんん!!!!!!!
このド外道がぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
結局、魔王は己の運命を受け入れた。
いや、彼女は魔王ではないのだ。
かつての栄光は、全て本物に受け継がれ、今の彼女は所詮魔王の姿と力を写しとっただけのまがい物に過ぎない。
ならば、彼女に残された道は一つしかないだろう。
勇者の奴隷として一生過ごす。
その事実は、強靭な彼女の精神力を持って尚、ギャン泣きさせる程のものであったが、アークはその様子に一切の心を動かされることはなかった。
――本当の魔王はこいつなんじゃ?
ひゃっくりを上げながらハラハラと涙を流す魔王(複製)を抱きしめながら、神の巫女(複製)はそんなごく当たり前の評価を繰り返すのだった。