舞台が世界であるなれば、世界が人であるなれば、人が人であるなれば。全てのものに意志があるとするならば。
 物語は物語ではなく、軌跡は記録によって語られ、奇跡が偶発と並為らぬ執念によって形成されるならば。
 これは崩落の始まりだ。
 
 名を失い全てを失い、ただ呪いと共に死ぬことも出来ずにどう生きろとお前は言い張るのか。

 
 瞼を開ければそこは見慣れぬ部屋だった。
 薄暗い部屋だ。一つだけある窓からはぼんやりとした光が差し込んでいる。
 他にはベッド、机、本棚。花の枯れた花瓶。地味に散らかっているところはどことなく懐かしい自宅に似ているが、違う。違うらしい。自室ならもうすこし安堵できてもいいはずだ。

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どこだろう、ここ

 ぽかんとしながらも、手当たり次第に部屋を探索してみる。だが収穫は殆どない。
 王道的に机か本棚に情報が落ちているかと思ったが、実際そんなこともなく。
 本を開けばそこにあった文字列はまったく知らないものであった。
 流石にそこから解読するというものは、単純思考の自分にとっては無理難題にも程がある。
 仕方がなく本を閉じる。他になにかないかと探してみるが、結局何も見つからない。
 たったひとつあった扉にも手をかけてみたが、びくともしなかった。
 閉じ込められている。
 何故?

00

さっぱりだな


 ため息をつくと、どうしてか唐突にどっと疲れが押し寄せてきて、立っているのすら辛くなる。
 扉の前に座り込む。すると今まで気がつけなかったものに襲われる。
 寒い。この部屋は酷く寒い。座り込んでいるとどんどん体は冷え込んでいくように思える。
 身体を動かさねば。だがしかし既に冷え切った身体ではろくに動く事もできない。

 自身の心臓が動いていない。

 だからこんなにも寒いのか。
 凍え死んでしまいそうなほどに、徐々に凍てついていく、死に続けていくこの体は。生きてなどいないのだ、もう死んでいるのだ。どうして? いつ、死んだっけ。
 記憶を手繰れば、大勢の目線が自分を見つめている光景が見えた。隣には処刑人、そうだ、そうだ、処刑台だ。
首を落とされたんだ。そしていつのまにか此処にいた。

 一体どれぐらいの時間がたったのだろう。

 一向に扉は開くこともなく。誰も来ることもなく。
 座り込んで、そのままぼうっとしつづけて。自分は一体どれぐらいの時を此処で過ごした?
 ……思い出せない。

寒い。
寒い。
寒い。
怖い。
怖い。
怖い。

 いつまで此処に閉じ込められればいい。

寒い。
痛い。
怖い。

00

────。


 仲の良かった幼馴染の名前を呼ぶ。

00

────。


 いつからか行方不明の父の名前を呼ぶ。

00

────。


 ずっと探していた母の名前を呼ぶ。

00

──……。


 何も帰ってくることはない。
 気が触れそうでどうしようもない。
 悲鳴が聞こえる。
 意識はぼんやりとすることもなく、仕方なく瞼を閉じた。

 こんこんと扉が叩かれる。
 その音でようやく脳が覚醒する、書物整理をしていてそのまま眠っていたのだった。
なんだかとても恐ろしい夢を見たような気がするが、覚えていないならそれでいいか。
寝ぼけた頭で身体を動かして、扉まで向かう間に状況を思い出した。
 そうだ、今日は客が来るのだった。
 まともに準備できてないや、大丈夫だろうか。大丈夫だろう。多分。
 誰も開こうとはしなかった扉を、きぃと開くとそこには雨具を着た男性が立っていた。
 そうだこの人だ。

00

こんばんは、記者さん。待っていたよ


 今日だけは、話そう。
 今日だけ、今日だけ。

 雨はすこしだけ弱まっているようだった。 

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