僕は石ころ
つまらない石ころ

誰かに蹴られたら
コロコロと何処までも転がってしまう
意気地のない石ころだ

僕は石ころ
軽くて小さな石ころ





黒い鳥が水浴びしてた
バシャバシャと飛沫が僕に掛かっていたけれど
別に冷たくはない
僕自身が冷たい石ころだから


僕は自分がとても情けなく思えて泣いた

でも涙は出ない
僕は命のない石ころだから...

ああ、生まれ変わりたい
僕は、生まれ変わりたい…

ん?誰か喋ったのかい?

黒い鳥は辺りを見回した。

え…

今喋ったのは誰なんだ

あ…あの…僕です。石ころです

黒い鳥は足元の石ころをまじまじと覗き込んだ。

へえ、石ころが喋っているなんて奇妙なこともあるもんだ

僕もまさか誰かと話せるなんて思ってもみませんでした

奇妙な石ころ君、
君は意志のある石だな、はははは

なんだ…笑い方は知らないのか

あ、ああ…はは

まあそんなことより、君さっき生まれ変わりたいと言ったね?

はい…叶わないことですが

ふふ…いいことを教えてあげよう
本当に生まれ変わりたいと思っているのなら、月に一度の満月にお願いするといい
きっと叶えてくれるよ

本当!?

ああ、本当さ
きっと君は生まれ変われるよ
…や、生まれ変わるべきなのさ
だって君、石ころらしくないもの

しかし、生まれ変わるのならそれなりの心が必要だよ。月を納得させられなければ願いは叶えてもらえないからね
君は何になりたいんだい?

僕がなりたいもの…えっと…

なんだ、なりたいものがないのか

うん…
僕ずっとここにいたから何も知らないんだ

そうか、そういうことなら私に着いてきなさい奇妙な石ころ君

黒い鳥は返事も聞かず
石ころをひょいとクチバシにくわえ飛び立った。

わわわ

毎月チャンスはあると言ってもやっぱり思い立ったら早い方がいい

初めて見る空からの世界に石ころは目が眩んだ。

うーん…そうだな
例えば花なんてどうだい?

黒い鳥は小さな川の岸辺に降りると、
石ころを草むらに置いた。
そこには真っ白な可愛らしい花が咲いていた。






花。は、すぐには咲かない。
種がこぼれ芽を出してから、
何日も何日も掛けてやっと咲いた小さな花だ

虫が葉を食い尽くしてしまっても
日照り続きで地面がひび割れても
彼女は諦めなかった

そしてとうとう一輪の花を咲かせた
透き通った白い花弁がとても美しかった

でも彼女の本当の夢は
花を咲かせることではない
彼女の夢は
この河原を花で埋め尽くすことだ

その夢に向かって彼女は
真っ直ぐ空へと花を開いている
彼女の夢は決して折れることはない

生きている限り…










突然、視界が真っ暗になった


誰かが僕を踏みつけたのだ

わあ!

でも別に痛くはない。
僕は固い石ころだから。


再び視界が開けると
目の前にあった花は
葉っぱ一枚残らず消えていた。


どうやら鹿に食われてしまったらしい。
いくつもの困難を乗り越えてきた彼女も
今回ばかりはひとたまりもなかった。

大丈夫かい!奇妙な石ころくん!?

うん、僕は大丈夫
でも花は食われてしまった

ああ、せめて彼女に足があったらね…
いっそ鹿はどうだい?
足があるから食われそうになっても逃げられるし、かっこいい角もある

ん?誰だい僕をかっこいいと言ったのは…

私だけど…気に障ったかな

いいやそんなことはないよ!
だって僕はかっこいいもん。
ところで君は誰と話してるんだ

この石ころだよ

こんにちは

わ!?石ころが喋った!?

うん、この奇妙な石ころ君は喋られるんだ
何かに生まれ変わりたいらしいんだけど、
何になりたいのか決まっていなくてね

ああ、それでかっこいい僕に憧れているわけだね。いい角だろう?この辺りには僕より立派な角を持った生き物なんていないのさ

鹿は頭をぶんぶん振り回し
大きな角を自慢して見せた。

君は自分にすごく自信があるんだなあ
羨ましいよ

自信を持ちたいなら努力することだね、地道に努力すれば自然と自分に愛着が湧くものさ

まあけどあのかっこいい角は春になったら落っこっちゃうんだけれどね

ぎく…うっ…うるさい!
もうあっちに行けよ!

鹿はぷりぷり怒って
石ころをポコーンと蹴飛ばした。

ああ、なんてことするんだ

黒い鳥は慌てて石ころを追いかけた。

石ころは遠くの河原へ落っこちて、
すぐに黒い鳥がやってきた。

奇妙な石ころくん、どこにいるんだい

ここだよここ

ああ、よかった無事そうで

黒い鳥は僕と反対側の石ころを見ながら言った。

そっちじゃないよ、後ろだよ

あら、ああすまない
どこも石ころばかりだから…

で、何かイメージとか浮かんだかい?

うーん…花も鹿も魅力はあったけど…
僕が今一番なりたいのは…鳥かな…。
黒い鳥さんのように自由に空を飛べたら
きっと気持ちいいだろうなあ

はっはっはそりゃ参ったな
確かに空を飛ぶってとても自由だ
自由は素晴らしいよ

しかし鳥にはひとつだけ逃れられない苦痛があるんだよ
何か分かるかい?

え?なんだろう…飛ぶのは意外と大変とか?

いいや、飛ぶのは簡単さ
答えはね…

ダニだよ

ダニ?

そう、羽の中にダニがくっつくのさ
これが地獄のように痒いんだ
それだけはどうしたって避けられない
鳥の運命なのさ

君にはダニは付かないだろう…
そんな幸せなことないと思うよ

そうか…じゃあダニになったらいいのかな…

やめてくれよ、それだけは

二人は思わず笑った。

もう陽はそろそろ沈もうかとしている。
辺りはまだ明るかったが
東の空には夜の気配が感じられた。

ひとしきり笑った後、
黒い鳥が静かな声で言った。

君に会わせたい生き物が
もう一つあるんだけど

本当?ぜひ会いたいな、何て生き物なの?

あれさ

黒い鳥の視線を辿ると、
一人の若い女性が河原を歩いていた。

人間だよ。人間はとても奇妙な生き物だから、奇妙な石ころ君にお似合いだと思うよ

どうして人間が奇妙なの

人間はね、花のように夢を持つことも、
鹿のように努力し自信を持つこともできる
そして鳥のように自由な生き物でもあるんだ

人間は何でもできるのさ
まるで君とは正反対

いいなあ…

だけど人間は奇妙なんだ
時には自分から命を絶つこともある
死んだら何もできなくなってしまうのに

何もできない君は
そういう人間からしてみたら
幸せなのかもしれない

…何もできないのが幸せなんて
僕には理解できないなあ

ああ

そこへさっきの女性が近づいてきた。
何かを探しているようで、下を向きながら歩く彼女は
目の前の黒い鳥にまったく気づいていない。


彼女ははっとした顔で僕を見た。
そして僕を手に取ると
大事そうに持っていた袋へしまってしまった。

わー!どうしよう黒い鳥さん!
出られないよ、助けて!

…黒い鳥さん?

彼女はそのまま僕を家に持って帰ってしまった。


そして徹夜で僕に絵を描いた。
とても鮮やかで繊細で今にも風に揺れそうな
美しいスミレの絵だ。


僕はもう、つまらない石ころではなくなった。

僕は嬉しくて泣いた、
けれど涙は出ない。
僕は石ころだから…。

代わりに彼女の瞳からポロポロと涙が零れていた

どうして泣いているの?

彼女に僕の声は聞こえていないようだった。



「あなたに春が訪れますように」



彼女はそう呟いて
静かな夜の中で息を殺し泣いていた。


僕はそれがとても悲しかった。

なぜ彼女が泣いているのか分からないけれど、
彼女が泣いている姿を見ると、
とても胸が痛んで、つらくて、
僕は彼女の涙を拭いてやりたかった。

彼女が僕を幸せにしてくれたように、
僕も彼女を幸せにしてやりたい…。



窓の外では薄明るくなり始めた空に
ぼんやりと満月が浮かんでいた。





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