悪徳勇者チャラフスキーの魔の手から少女リリエラを救ったアルヴァンは、彼女の顔馴染みが営むと言う大衆食堂へと足を運んでいた。
はいはーい、山菜定食お待ちー!
おおっ、こいつはうまそーだぜ!
遠慮せずに食べてくださいね?
悪徳勇者チャラフスキーの魔の手から少女リリエラを救ったアルヴァンは、彼女の顔馴染みが営むと言う大衆食堂へと足を運んでいた。
そこは思った以上に規模が大きく、街に住む人々に愛されている様で昼だと言うのに盛大な賑わいをみせている。
いやー、それにしても驚いたわよ……。アンタが男を連れて来店する日が来るとはね……。
ブフッ!? ち、違いますよ!
ア、アルヴァンさんには貞操の危機を助けてもらって……。
ブフゥッ!?
お、おい、お嬢さん、いくら事実でも言い方ってモンが……。
その話……詳しく聞かせてもらおうじゃない?
あ、ああ、実は――。
乙女の貞操の危機……、その単語は人を激昂させるに足る十分な威力を持つ。
腕に覚えのあるアルヴァンですら縮み上がる様な、怒気を放ちながら物凄い剣幕でエリザが詰め寄る。故郷での妹ブンの身に危機があったとなれば黙っていられる筈もない。
アルヴァンは、リリエラの村に魔王化生物が現れた事、それを退治する為に勇者を街まで探しに来た事、しかし質の悪い勇者に捕まって危ないところを自身が助けたと言うこと……。
それらの情報をリリエラではなく、何故にアルヴァンが話さねばならなかったのかと訊かれれば、偏にエリザの迫力が成せる技としか言い様が無い。
――って訳なんだが、あってるよな?
は、はい、すみません、何だかご迷惑をかけた様で……。
いや、気にすんなって。アンタは納得してくれ――。
あんの腐れ酒場のマスター! アタシの妹分のリリエラに何してくれてんのよ!!
エ、エリザさん落ち着いて! 皆見てますから!!
怒りの叫びを上げる女店主に客は『何だ何だ?』とざわめくが、エリザには些細な問題だ。
これが黙っていられるモンですか!
ちょっとエリザさん?
カウンターからエリザの姿が消え、ガチャガチャと慌しい音。それらが暫くして鳴り止んだ時、リリエラが目にしたのは――――。
ちょっとあの店潰して来るわ!
――鍋を頭に被り、お玉とフライパンで武装した幼馴染の姿だった!
うぇぇっ!?
お、落ち着いて下さい! 私は大丈夫! 大丈夫ですからー!!
怒りのままに出て行こうとするエリザの手を必死に掴んで止めようとするリリエラ。しかし、それでも暴走する姉貴分は止まる気配は無い。
離しなさいリリ! そいつ等をこの街から叩き出さなきゃアタシの気が収まら――――。
まぁ、落ち着けよ。良い女が喚きたてるモンじゃないぜ?
え?
は、はぁ?
お、おい、アイツ新入りか?
な、何て命知らずな奴なんだ!
アルヴァンの言葉に激しく動揺するエリザと店の客達……。
それもそのハズ、この店にとって店主である彼女を褒め讃えるのはNGワードなのだ。
エリザは男勝りと言うか気が強い。村に居た頃、気が弱い幼馴染のリリエラをよく男連中のからかいから守っていたからだろう。
そんな子供時代だったから、当然村の男共から容姿や性格を褒められた事は無い。――いや、単純に気恥ずかしくて口に出せなかっただけなのだが……。
当の本人がそんな事を知る由もなく、こうして強く凛々しく美しい大人に成長したエリザは褒められる事に免疫が皆無なのだ。
――では彼女が褒められるとどうなるのか、と言うと……。
ア、アンタ、馬鹿にしてんのっ!?
恥ずかしさのあまりに暴れる――と言う訳だ。手にしたお玉を躊躇無くアルヴァンへと振り下ろす!
電光石火もかくやと言う勢いで振り下ろされたソレを避けられるものはそうは居ない。今回も礼に漏れず、お玉はアルヴァンの頭部へと叩き込まれ――。
あっぶね~。お玉は人を殴る道具じゃないぜ?
――る事はなかった。アルヴァンが器用にもフォークでお玉を止めたのだ。
!?
!!
う、嘘だろ?
と、止めやがった! 今まで100人以上を餌食にしてきた“神速のお玉”を!!
口々にどよめく客達だが、エリザは何処かぼーっとしている。ある意味で衝撃を受けたのは彼女も同じ。
自慢じゃないけど、屈強な戦士ですら避けられないアタシの攻撃に反応して、それ所か受け止めるなんて……
――アンタ、名前は?
俺はアルヴァン。一応、勇者――の代行業なんてのをやってる冒険者さ。
ふーん、そっか。覚えておくわ。
――って、勇者代行? 何なのソレ?
あっ、それは私も聞きたいです。
ん? ああ、詳しい事はまだ言ってなかったか?
話すと長くなるんだが、俺は――――。
自身が何者なのか、何故勇者代行業をしているのか?
秘められたそのルーツを語り始めようとするアルヴァン……だが。
ようやく見つけたぞアルヴァン。
ん? ――ってお前っ! どうしてここに!?
突如、話しに割って入ってきた女性により止められてしまう。
女性は驚きでアルヴァンが身動きの取れないうちに自身の元へ引き寄せ――――。
んっ……。
ッ!?
!?
――唇をアルヴァンのソレへと激しく重ねるのであった……。