――――――
――――
――

トメス

――むぐむぐ……ん?

トメス

おっと、お客さん。アンタ初めて見る顔だね? この世界に入り込んでいく為に、このトメス様が一つお話をしてやるよ。

トメス

なぁに、初見さんから金巻上げようだなんてマネはしねぇよ。ロハだよロハ。

トメス

さぁて、これは今から20年前の話。この世界に魔王が居た時の事だ……。

 魔王ってのは良くイメージされる人類・動物の天敵……。所謂、魔物や魔族――そいつ等を束ねる悪の親玉ってやつさ。

 そんな奴が世界で悪行の限りを尽くすもんだから、当然世界は荒れ放題だ。だからとある日、魔王を討伐する為に“勇者”が現れた。都合の良い話だろ?

トメス

 ――で、全部話すと一日が終わっちまうから簡単に説明するぜ?

 勇者の活躍によって魔王は倒された。だが魔王も諦めの悪い奴でね。

 自分が死ぬその瞬間、自分の血肉を結晶化して世界中にばら撒いたんだ。それらは“魔王血石(ロードブラッドストーン)”、“魔王の肉片(ロードブラッドボーン)”なんて呼ばれてる。

トメス

コイツが実に厄介な代物でなぁ……

 結晶化した魔王の血肉を生命が取り込んじまうと、そいつは魔王の遺伝子に侵されちまう。

 何が厄介って、凶悪な魔王の遺伝子が入っちまうとあっと言う間に意識を奪われ、そいつはソイツでなくなる。こいつを“魔王化”って呼ぶんだが、こうなると凶暴になる上に普通の方法じゃ殺せなくなるのさ。

トメス

欠片とは言え、仮にも魔王の遺伝子だからな。肉体の再生能力が尋常じゃなく高まって、腕の二本や三本斬り飛ばしても大したダメージにならんし、頭から股間まで真っ二つにしても『WRYYYYYYYYY!!』とか元気に叫んで襲ってくるんだぜ?

トメス

――まぁ、それでも殺せない訳じゃない。

 こうなる事をきっと勇者も見越していたんだろう。魔王の血肉が世界中に飛び散った後、勇者もまた己の力を世界中の才能ある者に分け与えたんだ。

トメス

――その性で奴は死んじまったがな……。

 ――とまぁ、それ以来人間や動物の中に勇者の力を受け継いだ者がちらほら現れ始めた。彼等はその力で“魔王血石”や“魔王の肉片”によって強化された身体能力を無効化し、殺す事が出来るって訳さ。

トメス

そんな訳で、この世界においての“勇者”ってのは、“魔王化”した生物を殺せる存在――って事になってんだ

トメス

――だから、勇者ってのが必ずしも正義感に溢れた善人って事は無いんだぜ?

トメス

あそこに居る連中みたいにな

 トメスが顎で酒場の一角を指し示す。お話好きの兎につられて見た先には一つのテーブル。

 そのテーブルには若く可愛らしい少女が一人。どう考えても酒を嗜む様な見た目ではない。この場には酷く不釣合いだ。

リリエラ

…………

 更に不釣合いなのは、そんな美少女をゴロツキにしか見えない男三人が囲っている事だ。明らかな不穏な気配。
 しかしここは酒場。あらゆる混沌を喰らい、酒として酌み交わす無法地帯。

 不釣合いな光景だからと言って一々口出しするような輩はここには居ないのだ。

勇者チャラフスキー

――だからさぁ、それじゃ全然足りないのよ

リリエラ

で、ですが! これは村から集めた貴重なお金で――!!

手下のベター

あのなぁ、お嬢さん? 勇者業ってのは命賭けなんだぜ?

手下のエース

こんなはした金で命を賭ける身にもなって欲しいもんだぜ!

リリエラ

そ、それは――――でも今用意できるお金はこれ位しか……。

 どうやら少女は村に現れた“魔王化生物”の退治を勇者に依頼しに来たようだ。
 しかし不運としか言いようが無い。頼んだ相手が小さな村の収入を超える法外な額を要求するぼったくりだったのだから。

勇者チャラフスキー

まぁ、落ち着けよお前等。――お嬢さん、ここはギブアンドテイクで行こうじゃねーか

リリエラ

え?

勇者チャラフスキー

なぁに簡単な話さ。足りない分は――――

勇者チャラフスキー

――お嬢さんの身体で支払ってくれればいい

リリエラ

なっ!? きゃあっ!!

手下のエース

へへっ、そう嫌がんなって……

手下のベター

故郷を助けて欲しいんだろ? だったら我慢しなきゃ、なぁ?

リリエラ

い、いやぁっ! 誰か、誰か助けてっ!

勇者チャラフスキー

はいはい、ちょっと大人しくしようねー

リリエラ

んぅッ!? むぐーっ!!

 卑劣漢達は自分達の陣取っているテーブルが、店の一番奥なのを良いことにその死角を使って少女に乱暴を働こうと言うのだ。所謂、彼らの言うギブアンドテイクを支払わせる為に……。

 元から彼らはそのつもりだったのだろう。布で口を塞がれ、力任せに床に押し倒される少女。手下二人は壁役となり、リーダーであるインチキ勇者の姿を隠す。

リリエラ

んーーーッ! んんーーー!!

勇者チャラフスキー

チッ、暴れんなっての!

 少女は力いっぱい抵抗し、必死に声を出そうとするが――酒場に居る者達は気づいた様子はない。

客A

…………

客B

…………

 ――いや、違う。少女が助けを求め様と視線を巡らせれば、視線を逸らす者か、ニヤニヤと不気味な笑いを浮かべる者のどちらかで……。

リリエラ

まさか――――皆グルなの?

 最悪な事に、彼女の推測はアタリ。そもそも、交渉の為に酒場へ場所を移そうと言ってきたのは悪徳勇者一行からだ。
 その時点で察するべきだったと少女は自分を呪うが既に後の祭り。

リリエラ

嫌ッ! 誰か助けて!

 尚も抵抗しながら少女は助けを求め続ける。しかしそれに応える者――勇者の様な人物はこの場になど居るはずもない。
 彼女は絶望しつつ、その身体を穢され、蹂躙されるしかないのだ……。

トメス

――へっ、いやいやいや……。案外この世の中ってのはそう捨てたもんじゃねぇのさ。

トメス

なぁ、そうだろ?

 おしゃべり兎の視線の先はカウンター。そこで一人酒をちびちび飲んでいる男がいた。

アルヴァン

………おい、マスター?

悪マスター

あん? 何だいお客さん、今良い所なのに……

アルヴァン

ここはこう言う悪趣味な事もやってんのかい?

悪マスター

あぁ? 気に入らないなら御代置いてさっさとけぇんな!

アルヴァン

そうさせてもらう。扱う酒も最低だが、店の空気はもっと最悪だ。

アルヴァン

とてもじゃないが酒に酔えそうも無い……。

 男は席を立ちつつチャリンと酒代をカウンターに放り投げ、立てかけていた巨大な荷物を苦も無く片手で持上げた。

悪マスター

ケッ、そう言うんなら二度と来るじゃねぇや!

アルヴァン

言われなくてももう来ねぇよ。――だが、その前にッ!

 男――アルヴァンは手を伸ばすとカウンター越しに店主の胸倉を掴みそのまま持上げていく。

悪マスター

て、てめぇ! なにしやんがる!

アルヴァン

ハッハッハッ、何って――

アルヴァン

――こうすんだよぉぉぉっ!

悪マスター

う、うあぁぁぁっ!?

 力任せに投げられた店主が宙を舞う。

手下のエース

ん? 何か騒がしくないか?

手下のベター

あん? お嬢ちゃんが騒いでるからじゃ――――。

 悪徳勇者一行の手下達が何事かと振り返るが――もう遅い。
 力一杯ブン投げた店主は彼等の元へ吸い込まれるように落下していき……。

悪マスター

うげっ

手下のエース

う、うぅっ……

手下のベター

げふっ……

 落下した店主は見事に手下を巻き込み、三人とも地面に転がってうめき声を上げていた。

リリエラ

!!

勇者チャラフスキー

うぉっ!? お、お前等どうした!

 これには流石に悪勇者も驚き、少女から気が逸れる。
 ――――それが命とり。

アルヴァン

あらよっとー!

勇者チャラフスキー

うげっ!?

勇者チャラフスキー

うっ……

 真横から思いっきりぶんぐられた悪徳勇者は、そのまま壁まで飛んでいき気絶した様だ……。

アルヴァン

ふー、いっちょ上がり……あ

アルヴァン

…………

 ギロリ、と店内の客を睨み付ける。彼等はそれだけで蜘蛛の子を散らすように逃げていった……。

アルヴァン

――うし、大丈夫かお嬢さん?

リリエラ

は、はい、ありがとうございます……。

アルヴァン

俺はアルヴァン。まぁ、所謂冒険者ってのをやってる。

リリエラ

あ、私はリリエラと申します。

リリエラ

助けて頂きありがとうございますアルヴァンさん!

アルヴァン

ああ、いや……。こうなったらもうコイツ等に仕事は頼めねぇだろ? 
そう思うと悪いことしたかもな……。

リリエラ

――いえ、良いんです……。この人達は始めから手を貸す気なんてなかったでしょうから……。

リリエラ

はぁ…………。

アルヴァン

あー、その何だ……。

アルヴァン

迷惑かけたついでに俺がお前の依頼を受けてやるから、そう落ち込むなよ。

リリエラ

……………

リリエラ

――――え?

リリエラ

えぇっ!?

リリエラ

アルヴァンさんは勇者様だったんですか?

アルヴァン

ん? あぁいや、違うけど?

リリエラ

がくっ……!

アルヴァン

おいおい、喜んだりズッコケたり大変な奴だな。

リリエラ

だ、だって、勇者じゃなければ魔王化生物は――――。

アルヴァン

――倒せるよ。

リリエラ

えっ?

アルヴァン

勇者じゃなくたって“ヤツラ”は倒せる。実際、俺は何回も討伐した事があるぞ?

リリエラ

う、嘘……

アルヴァン

本当だって、信じられないならタダで仕事を請けたって良いぜ?

リリエラ

う、うーん……。

 リリエラは悩んだ。命の恩人とも言えるアルヴァンを疑うわけではない。疑う訳ではないが――――魔王化生物の凄まじい力を知っているだけに、普通の人間が太刀打ちできるとは思えなえなかったのだ。

アルヴァン

あー、とりえずここから出るか? 何もこんな所で悩む必要もねぇだろ。

リリエラ

あっ、はい。では助けて頂いたお礼にお食事でも如何ですか?

アルヴァン

おっ、良いねぇ! 不味い酒飲んだから口直しがしたかった所だ!

リリエラ

では大通りに行きましょう。実は知り合いが店を――――。

 二人は何を食べるか話し合いながらこの混沌とした酒場を後にする。

 この出会いが二人とって何を意味しているか……。
 ――それを知っているものは殆どおるまい。

 一つ言えるのは――――運命は動きだした、と言う事。

 そしてそれは誰にも止めることはできない。そう――。

 ――それは勇者と魔王が出会ってしまったら、戦わなければならないという自然の摂理にも似たことだった……。

――――――
――――
――

トメス

――とまぁ、これが“勇者代行のアルヴァン”と、後に“聖女リリエラ”と呼ばれる事になる少女の出会いの話って訳さ。

トメス

――ん? 俺様かい?

トメス

俺様はトメス。唯のお喋り兎さんさ。

トメス

じゃあ、再び物語が動き出す時まで――――アデュー!

 椅子から飛び降りたトメスはその見た目通り、脱兎の如く酒場から走り去った……。

 きっと、アナタが再びこの物語に触れる時、彼もまた姿を現すだろう。

 その時を楽しみに思ってくれているなら、あのお喋り兎も喜ぶハズだ――きっと、ね。

第一話 その男、勇者――代行!

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