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――むぐむぐ……ん?
おっと、お客さん。アンタ初めて見る顔だね? この世界に入り込んでいく為に、このトメス様が一つお話をしてやるよ。
なぁに、初見さんから金巻上げようだなんてマネはしねぇよ。ロハだよロハ。
さぁて、これは今から20年前の話。この世界に魔王が居た時の事だ……。
魔王ってのは良くイメージされる人類・動物の天敵……。所謂、魔物や魔族――そいつ等を束ねる悪の親玉ってやつさ。
そんな奴が世界で悪行の限りを尽くすもんだから、当然世界は荒れ放題だ。だからとある日、魔王を討伐する為に“勇者”が現れた。都合の良い話だろ?
――で、全部話すと一日が終わっちまうから簡単に説明するぜ?
勇者の活躍によって魔王は倒された。だが魔王も諦めの悪い奴でね。
自分が死ぬその瞬間、自分の血肉を結晶化して世界中にばら撒いたんだ。それらは“魔王血石(ロードブラッドストーン)”、“魔王の肉片(ロードブラッドボーン)”なんて呼ばれてる。
コイツが実に厄介な代物でなぁ……
結晶化した魔王の血肉を生命が取り込んじまうと、そいつは魔王の遺伝子に侵されちまう。
何が厄介って、凶悪な魔王の遺伝子が入っちまうとあっと言う間に意識を奪われ、そいつはソイツでなくなる。こいつを“魔王化”って呼ぶんだが、こうなると凶暴になる上に普通の方法じゃ殺せなくなるのさ。
欠片とは言え、仮にも魔王の遺伝子だからな。肉体の再生能力が尋常じゃなく高まって、腕の二本や三本斬り飛ばしても大したダメージにならんし、頭から股間まで真っ二つにしても『WRYYYYYYYYY!!』とか元気に叫んで襲ってくるんだぜ?
――まぁ、それでも殺せない訳じゃない。
こうなる事をきっと勇者も見越していたんだろう。魔王の血肉が世界中に飛び散った後、勇者もまた己の力を世界中の才能ある者に分け与えたんだ。
――その性で奴は死んじまったがな……。
――とまぁ、それ以来人間や動物の中に勇者の力を受け継いだ者がちらほら現れ始めた。彼等はその力で“魔王血石”や“魔王の肉片”によって強化された身体能力を無効化し、殺す事が出来るって訳さ。
そんな訳で、この世界においての“勇者”ってのは、“魔王化”した生物を殺せる存在――って事になってんだ
――だから、勇者ってのが必ずしも正義感に溢れた善人って事は無いんだぜ?
あそこに居る連中みたいにな
トメスが顎で酒場の一角を指し示す。お話好きの兎につられて見た先には一つのテーブル。
そのテーブルには若く可愛らしい少女が一人。どう考えても酒を嗜む様な見た目ではない。この場には酷く不釣合いだ。
…………
更に不釣合いなのは、そんな美少女をゴロツキにしか見えない男三人が囲っている事だ。明らかな不穏な気配。
しかしここは酒場。あらゆる混沌を喰らい、酒として酌み交わす無法地帯。
不釣合いな光景だからと言って一々口出しするような輩はここには居ないのだ。
――だからさぁ、それじゃ全然足りないのよ
で、ですが! これは村から集めた貴重なお金で――!!
あのなぁ、お嬢さん? 勇者業ってのは命賭けなんだぜ?
こんなはした金で命を賭ける身にもなって欲しいもんだぜ!
そ、それは――――でも今用意できるお金はこれ位しか……。
どうやら少女は村に現れた“魔王化生物”の退治を勇者に依頼しに来たようだ。
しかし不運としか言いようが無い。頼んだ相手が小さな村の収入を超える法外な額を要求するぼったくりだったのだから。
まぁ、落ち着けよお前等。――お嬢さん、ここはギブアンドテイクで行こうじゃねーか
え?
なぁに簡単な話さ。足りない分は――――
――お嬢さんの身体で支払ってくれればいい
なっ!? きゃあっ!!
へへっ、そう嫌がんなって……
故郷を助けて欲しいんだろ? だったら我慢しなきゃ、なぁ?
い、いやぁっ! 誰か、誰か助けてっ!
はいはい、ちょっと大人しくしようねー
んぅッ!? むぐーっ!!
卑劣漢達は自分達の陣取っているテーブルが、店の一番奥なのを良いことにその死角を使って少女に乱暴を働こうと言うのだ。所謂、彼らの言うギブアンドテイクを支払わせる為に……。
元から彼らはそのつもりだったのだろう。布で口を塞がれ、力任せに床に押し倒される少女。手下二人は壁役となり、リーダーであるインチキ勇者の姿を隠す。
んーーーッ! んんーーー!!
チッ、暴れんなっての!
少女は力いっぱい抵抗し、必死に声を出そうとするが――酒場に居る者達は気づいた様子はない。
…………
…………
――いや、違う。少女が助けを求め様と視線を巡らせれば、視線を逸らす者か、ニヤニヤと不気味な笑いを浮かべる者のどちらかで……。
まさか――――皆グルなの?
最悪な事に、彼女の推測はアタリ。そもそも、交渉の為に酒場へ場所を移そうと言ってきたのは悪徳勇者一行からだ。
その時点で察するべきだったと少女は自分を呪うが既に後の祭り。
嫌ッ! 誰か助けて!
尚も抵抗しながら少女は助けを求め続ける。しかしそれに応える者――勇者の様な人物はこの場になど居るはずもない。
彼女は絶望しつつ、その身体を穢され、蹂躙されるしかないのだ……。
――へっ、いやいやいや……。案外この世の中ってのはそう捨てたもんじゃねぇのさ。
なぁ、そうだろ?
おしゃべり兎の視線の先はカウンター。そこで一人酒をちびちび飲んでいる男がいた。
………おい、マスター?
あん? 何だいお客さん、今良い所なのに……
ここはこう言う悪趣味な事もやってんのかい?
あぁ? 気に入らないなら御代置いてさっさとけぇんな!
そうさせてもらう。扱う酒も最低だが、店の空気はもっと最悪だ。
とてもじゃないが酒に酔えそうも無い……。
男は席を立ちつつチャリンと酒代をカウンターに放り投げ、立てかけていた巨大な荷物を苦も無く片手で持上げた。
ケッ、そう言うんなら二度と来るじゃねぇや!
言われなくてももう来ねぇよ。――だが、その前にッ!
男――アルヴァンは手を伸ばすとカウンター越しに店主の胸倉を掴みそのまま持上げていく。
て、てめぇ! なにしやんがる!
ハッハッハッ、何って――
――こうすんだよぉぉぉっ!
う、うあぁぁぁっ!?
力任せに投げられた店主が宙を舞う。
ん? 何か騒がしくないか?
あん? お嬢ちゃんが騒いでるからじゃ――――。
悪徳勇者一行の手下達が何事かと振り返るが――もう遅い。
力一杯ブン投げた店主は彼等の元へ吸い込まれるように落下していき……。
うげっ
う、うぅっ……
げふっ……
落下した店主は見事に手下を巻き込み、三人とも地面に転がってうめき声を上げていた。
!!
うぉっ!? お、お前等どうした!
これには流石に悪勇者も驚き、少女から気が逸れる。
――――それが命とり。
あらよっとー!
うげっ!?
うっ……
真横から思いっきりぶんぐられた悪徳勇者は、そのまま壁まで飛んでいき気絶した様だ……。
ふー、いっちょ上がり……あ
…………
ギロリ、と店内の客を睨み付ける。彼等はそれだけで蜘蛛の子を散らすように逃げていった……。
――うし、大丈夫かお嬢さん?
は、はい、ありがとうございます……。
俺はアルヴァン。まぁ、所謂冒険者ってのをやってる。
あ、私はリリエラと申します。
助けて頂きありがとうございますアルヴァンさん!
ああ、いや……。こうなったらもうコイツ等に仕事は頼めねぇだろ?
そう思うと悪いことしたかもな……。
――いえ、良いんです……。この人達は始めから手を貸す気なんてなかったでしょうから……。
はぁ…………。
あー、その何だ……。
迷惑かけたついでに俺がお前の依頼を受けてやるから、そう落ち込むなよ。
……………
――――え?
えぇっ!?
アルヴァンさんは勇者様だったんですか?
ん? あぁいや、違うけど?
がくっ……!
おいおい、喜んだりズッコケたり大変な奴だな。
だ、だって、勇者じゃなければ魔王化生物は――――。
――倒せるよ。
えっ?
勇者じゃなくたって“ヤツラ”は倒せる。実際、俺は何回も討伐した事があるぞ?
う、嘘……
本当だって、信じられないならタダで仕事を請けたって良いぜ?
う、うーん……。
リリエラは悩んだ。命の恩人とも言えるアルヴァンを疑うわけではない。疑う訳ではないが――――魔王化生物の凄まじい力を知っているだけに、普通の人間が太刀打ちできるとは思えなえなかったのだ。
あー、とりえずここから出るか? 何もこんな所で悩む必要もねぇだろ。
あっ、はい。では助けて頂いたお礼にお食事でも如何ですか?
おっ、良いねぇ! 不味い酒飲んだから口直しがしたかった所だ!
では大通りに行きましょう。実は知り合いが店を――――。
二人は何を食べるか話し合いながらこの混沌とした酒場を後にする。
この出会いが二人とって何を意味しているか……。
――それを知っているものは殆どおるまい。
一つ言えるのは――――運命は動きだした、と言う事。
そしてそれは誰にも止めることはできない。そう――。
――それは勇者と魔王が出会ってしまったら、戦わなければならないという自然の摂理にも似たことだった……。
――――――
――――
――
――とまぁ、これが“勇者代行のアルヴァン”と、後に“聖女リリエラ”と呼ばれる事になる少女の出会いの話って訳さ。
――ん? 俺様かい?
俺様はトメス。唯のお喋り兎さんさ。
じゃあ、再び物語が動き出す時まで――――アデュー!
椅子から飛び降りたトメスはその見た目通り、脱兎の如く酒場から走り去った……。
きっと、アナタが再びこの物語に触れる時、彼もまた姿を現すだろう。
その時を楽しみに思ってくれているなら、あのお喋り兎も喜ぶハズだ――きっと、ね。