イプシロンをしりぞけて一週間がたった。

星野亘

いよいよ……生活費がヤバイ!

ラムダ

どうしダ?

星野亘

お金が本当に底を尽きかけているんだ。貯金もないし、親に仕送りの前借りを頼んだらめちゃくちゃ怒られた。

ラムダ

この前、「あるバイト」とやらを始めてなかっダか?

星野亘

道路工事の仕事はイプシロンの騒動でクビになったんだよ。

ラムダ

なんだか最近は「地球飯」ではなく、「金欠飯」になってきダな。

星野亘

え? なんか今、メタっぽいこと言った?

ラムダ

なんでもないダ。

星野亘

とにかくお金がないんだ。あ、でも別にラムダに働けって言ってるわけじゃないから。

ラムダ

わかってるダ。当然ダ。

星野亘

……前回、わりと絆的なものが生まれたと思ったんだけどなー。まあ、日常に戻ると結局はこんなものか。

星野亘

そういやラムダの右手もいつの間にか治ってるし。

ラムダ

で、どうするダ?

星野亘

あ、うん。とりあえず安くてご飯がいっぱい進むような食材でどうにか乗り越えようと思ってるんだ。幸いお米だけは実家からたくさん送られてきててるから。

ラムダ

要するに触媒というわけダな。

星野亘

……触媒? 食べ物で妙に化学的な言葉だなあ。……って、んん? そうか、アレだ!

ラムダ

アレとは何だ? 禁呪か?

星野亘

もしかしたら、それに近いものかもしれない。

ラムダ

星野亘。どこへ行くつもりダ?

星野亘

……最寄りのスーパー。


僕はラムダと一緒にスーパーにやってきた。

もっとも店内を物色したりはしない。

僕は一直線に該当の棚へ向かった。

星野亘

あった、これだ。


僕は件の商品を手に取った。

ラムダ

何をそんなに仰々しくしているのだ。ちょっと貸すダ。

ラムダ

マヨネーズ? なんだこれは?

星野亘

ああ、やっぱりマヨネーズのこと知らないんだ。それはドレッシングでもあり、ソースでもあり、調味料でもある不思議な食品なんだよ。

ラムダ

成分は……オイルビネガーとエッグを混ぜたものか。珍しくはないダ。

星野亘

そうなんだ。だけど、そのブレンドが絶妙……っ!  特に日本のマヨネーズは神がかっていて、海外では中毒者が続出したとか、しないとか。

ラムダ

常習性がある、ということか。

星野亘

どんな食べ物にかけても合う。文字通り、何にでもなんだ。末期になるとこれだけを主食にしたりするんだ。

ラムダ

なるほど。本当だとしたら優れた食品ダ。だが、何か代償があるのだろう? そうでなければ敬遠する理由がない。

星野亘

カロリーがめちゃくちゃ高いんだ。要するに……太る。

ラムダ

なんダ。そんなことか。そんなのは自己管理ができない本人の問題ではないか。

ラムダ

その点、我は大丈夫ダ。地球人よりも高次元の存在だから、いくらでも自身をコントロールさせられる。自制の効かない地球人とは違うダ。

星野亘

それならいいんだけど…。


マヨネーズを買って僕らはアパートに戻ってきた。

ちょうど炊飯器のご飯が炊けたところだった。

星野亘

それじゃあ、ご飯にマヨネーズをかけて、と。

ラムダ

いただくダ。

星野亘

うーん、やっぱり美味しいなあ。日本のマヨネーズは世界一だ。万能細胞ならぬ、万能食品だよ。

ラムダ

……………

星野亘

あ、気に入ったっぽいな。

ラムダ

……こ、これがマヨネーズ?

ラムダ

……ご飯が、ご飯が、進むくんダ。

ラムダ

むしろ、ご飯なんかいらないダ。マヨネーズだけで存分にいけるダ。

星野亘

あ、ヤバイ! マヨネーズの容器から直飲みを始めてる! いきなり末期症状だ!

ラムダ

なくなっダ。

ラムダ

早くもう一本、いや、十本くらい買ってくるダ。

星野亘

でも今日の分の食費はもう終わり……

ラムダ

なんでもいいから早く買ってくるダ! 手遅れになっても知らんダ!

星野亘

わ、わかったよ(あーあ、結局いつものパターンか……)


それから数日後。

星野亘

ただいま。ラムダ、今日もマヨネーズを買ってきたよ。

星野亘

……って、アレ?

ラムダ

おかえりダ。

星野亘

誰?

ラムダ

何を言ってる。我ダ。ラムダ、ダ。

星野亘

嘘つくなよ。ラムダはそんなにムーミンっぽくないよ。いや、フローレンかな?

ラムダ

……星野亘は我のことをいきなり忘れてしまっダのか? それともイプシロンに記憶をいじられでもしたのか?

星野亘

……もしかして本当にラムダ?

ラムダ

そう言ってるダ。それより早くマヨネーズを寄越すダ。

星野亘

……太ったよね?

ラムダ

そうダろうか? いや、そうでもないダろう。

星野亘

頭のアンテナみたいなやつは?

ラムダ

高感度受信機のことか。なんだか最近頭が締め付けてくるようになっててきたから外しダ。

星野亘

いや、だからそれ、太ったんだってば!

ラムダ

し、失礼なことを言わないんダ。それより早くマヨネーズを飲ませるダ。

星野亘

マヨネーズは飲み物じゃない!

ラムダ

て、抵抗するのか? 最近ちょっと優しく接した途端につけ上がるとは。仕置が必要なようダ。


ピーーーーーッ!

星野亘

ヤバイ! ブルーレイだ!

星野亘

……って、アレ? 来ない?

ラムダ

お、おかしいダ。こ、攻撃が正常に作動しなダ。

星野亘

……太ったからじゃない?

ラムダ

違うダ。

星野亘

いや、どう考えても太ったことにより健康不良だよ。ふくよかだとか、ぽっちゃりなんて言葉のチョイスの問題じゃない。見まごうことなきデブだよ! デブ! デブダ!

ラムダ

デ…ブ…ダ?

星野亘

っていうか、光線も出せないほどの激太りってどういうことさ? またイプシロンが襲ってきたらどうするんだよ? ピンチじゃないか!


そう言った矢先のことだった。

イプシロン

よお、また来たぜ。今度は前のように容赦はしないぜ。一瞬の躊躇もなく五臓六腑ボーンしてやるからな。

星野亘

噂をすれば……! 今度こそ終わりだ!

ラムダ

……マ、マズいダ。絶体絶命ダ。

イプシロン

……あれ? つーか、ラムダは?

ラムダ

……なん…ダ?

星野亘

え? ラムダはそこに……

星野亘

……いや、待てよ。

星野亘

ラムダは故郷の星に帰ったよ。地球にはもう愛想つかしたってさ。

イプシロン

マジかよ。すれ違いかよ。面倒臭いな!

イプシロン

じゃあ、こいつは誰? この男か女かわからないオブジェみたいなデブは。この前いた、オギノって女でもないしな。

ラムダ

……………

星野亘

ええと、僕のルームメイトなんだ。

イプシロン

あっそう。興味ないからどーでもいいけど。

イプシロン

ま、ラムダが帰ったならもう用事はねえや。おまえも命拾いしたよな。じゃあな!


イプシロンはあっという間にその場から掻き消えた。

星野亘

……た、助かった。良かった。ねえ、ラムダ。……ラムダ?

ラムダ

……………


ラムダはしばらく虚ろな顔で黙り込んでいた。

それからやがて小さくポツリと呟いた。

ラムダ

……ダイエット、始めるダ。



次回、 
客を選ぶタイプの頑固ラーメン 

あるいはマヨネーズでいっぱいの海

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