この手紙を読んだ人が、僕が書いた内容をどう受け止めるかはお任せします。だけど、僕は家族や友達がこんな風になって絶望したわけでもないし、そこまで悲しい思いをしたわけでもありません。
 ただ知っていて欲しいんです。
 僕らは不幸なのかもしれないけれど、悲しい想いはしていません。矛盾しているようだけど、僕らは不幸の中で、僕らだけの幸せを見つけることができた。
 それだけは本当なんです。
 だからどうか、『僕』と『彼女』を最後まで一緒にいさせてください。
 ただ、そのままにしておいてくれるだけでいいので。
 どうか、お願いします――。

 全てを伝えられるわけじゃない。
 僕だって何もかもを覚えているわけじゃないし、正直そこまで深く考えて行動していたわけじゃないから。
 ただ、取り残された人が『木』に対してアプローチをできる最初で最後の方法として、少しだけ心に留めておいてほしいだけなんだ。

 全ての始まりは、ある朝のこと。
 一階に下りてきても、朝食が用意されていなかった。 両親の姿はなく、テレビの電源すらついていない。

お兄ちゃん、パパとママがいないよぉ

 妹のマユリが泣くので、僕は彼女の小さな手を引きながら両親の部屋に行くことにする。

あれ、珍しいなぁ。どうしたんだろ

 扉を開けると、ベッドの上に二本の木がそびえていた。天上を突き破って。どうしよう、これ。
 僕は何と言ったらいいのか、しばらく悩んでいた。
 こんなに小さいマユリにどうやって説明するんだ。

この並んで生えている木がパパとママだなんて、どうやって納得させるっていうんだ?

パパとママはどこにいったの?

 上目遣いで尋ねてくるマユリを抱えあげて、僕はできるだけいつもと同じようにして笑った。

多分ね、天国みたいなところだよ

それじゃーわかんない!

…………だよなぁ

 マユリを納得させるのは大変そうだ。両親が突然いなくなる可能性なんて、まるで考えられない小さな子供だから仕方ないんだ。

と、とりあえずご飯を食べてから考えよう!マユリの好きなホットケーキ焼いてやるよ

ほっとけーき?朝から食べてもいいの?

今日は特別だよ!

やったー!!

 僕でも辛うじて作れるホットケーキを二人分焼いて、朝食代わりにした。マユリはすっかり上機嫌だ。
 小さい子で助かったような、かえって面倒くさいような。複雑な気分になりながら、僕はホットケーキを牛乳で押し込む。

パパとママ、なんでマユリをおいてったのかなぁ

マユリがいい子にしていたら、また会えるんんじゃないかな

ほんと?

お兄ちゃんは嘘をつかないよ。ほら、保育園に遅れる。食べなよ

はーい

まぁ、普通に嘘つくけどね……本当のことなんて言えるわけないし

おいしそうにホットケーキを食べるマユリを見ながら考える。
 これからどうしよう。貯金があったはずだ。僕の大学進学用の貯蓄を崩せば、しばらくは暮らせる。

ああ、本当に、これからどうしようか。
困ったな。
僕は無力な高校生だっていうのに。

 マユリを幼稚園に送って、普通に登校した。
 他にできることが思いつかなかった。

おはよっ、メグル

あ、フユコ。おはよ

あのね、今日は自習なの。何でかわかる?

担任が木でも生やしたのか?

大正解。自宅の玄関前でおいしそうな実をつけていたそうよ

……僕の父さんと母さんも、天井を突き破っていたよ

 会話がぴたりと止まる。
 幼なじみにしてクラス委員にして隣の席のフユコは、明朗快活を絵に描いたようなその顔をみるみるうちに歪めていく。

その……ごめんね

いや別に。今どき珍しくないし

マユリちゃんは?

ぴんぴんしている

そっか……

 それきり、ずっと沈黙のまま。
 副担任が短いHRを終えて、担任のサカノ先生がくるはずだった現国の授業は自習となる。
 生徒のほとんどは担任が木になった話題でもちきりだ。気持ちはわかるけど。
 フユコは居心地が悪そうだ。そこまで気にしてくれなくてもいいんだけどな。

 人間が木に変わるなんて、もう日常の範疇内なんだから……

 数年前、世界に突然現れた奇病。『エデンの林檎症候群』と呼ばれている。
 背中や腕、肩などにかすかな痛みと違和感を覚え始めるのが『発症』。次第に違和感は大きくなり、ある日突然、皮膚を突き破って『枝』が生えてくる。『枝』はあっという間に身体を包み込み、幹となって肉体を吸収してしまう。
 後に残されるのは、緑の葉とくすんだ色の幹、真っ赤なリンゴに似た実をつけた木。
 新種の寄生植物だとか、植物の形を模倣した宇宙人だとか、放射能汚染によって生まれたクリーチャーだとか。色んな推測がされているけれども、肝心の解決策は何も見出せないまま。

今ではどこで誰がリンゴの木になったって何もおかしくなんてない。僕だって、明日にも木になるかもしれないし

 どこに逃げようとも、世界中で人はリンゴに変わっていく。
 寄生を受けないですむ方法はまだわからない。
 どうにもできないなら、どうもしない。
 だから、日常は歪みながらでも続いていくんだ。

メグル

 僕の名を呼ぶ声。ずっと黙りこくっていたフユコだった。

あのさ、平気なの?

何が?

両親、木になって

困ってはいる。あと、寂しいって

悲しくないの?

そうか……普通は悲しむよな。
何かそんな気分になれなかったけど

 何故だろう。両親が死んだのに。
 全然僕の中には実感がわいてこないのだ。
 いや、そもそも死んだのか?
 木になって、実は生きていたりしないのか?

オオツカと、ヒロアキとタケシ

……うん?

あの三人……全員、僕の友達だった

……そうだね

そして父さんと母さん、僕の家族

…………うん

みんな木になった。でも、僕は誰の死体も見ていない

 結局のところ、僕は友人や両親がもう帰ってこないとは思っているけど、死んだと思っていないんだ。だから誰が木になっても、それは見えないところに行ったのと同じことみたいに感じている。

メグル、ちょっと病んでない?

そうかな?

うん。なんか、言っていることが壊れている気がする

 そうなのか。そういわれると確かに、ちょっとヤバイのかなって気がしてきた。
 僕はこれからマユリの面倒をみていかなくちゃいけないって言うのに、こんなことで大丈夫なんだろうか。

フユコ……僕に何かあったら、マユリのこと頼んでもいい?

なーに物騒なこと言っているのよ!

 いてて。耳をつねられた。

メグルは木になんてならないでよ

 ちょっと泣きそうな顔をされた。これはまずいぞ。状況的にどう考えても僕が悪いわけだよな。

ならない努力は……できたらする

そもそも予防法とかわかんないけど

ならいいわ

 目をうるませていたフユコはきゅっと口を引き結んで、教科書を開いた。きちんと自習する気があるらしい。さすがクラス委員だ。えらいな。
 僕は手持ち無沙汰に、シャープペンシルを指でくるくる回していた。
 エデンのリンゴ。知恵の実。その実を食べた者は楽園を追われる。
 あの人類をプランターにしている木に、そんな呼び名をつけたのはどこの誰だろう。ただ姿がリンゴに似ているだけなのに。何も楽園の果実になぞらえなくってもなぁ。
 自習時間はあと三十分。
 僕はぼんやりとクラスの談笑に聞き入っていた。

何が一番困るって、料理だよなぁ……

 僕だってホットケーキくらいは作れるけれど、その手は朝に使ったばっかりだ。他に僕にもできるおかずのレパートリーなんてスクランブルエッグくらいだ。

あとはカップ麺とかレトルトカレーとかで何とかするか……。
あ、炊飯器の取扱説明書も、見つけてこないとなぁ

お兄ちゃん、おなかすいたよぉ

あー、もうちょっと待ってな

 もう散々だ。
 慌てて買ってきた焼きそばを作ることにした。いくら僕でも、きっと焼きそばくらいは作れる。

あいたたたたたた!!!

 包丁を持って一分で指を切った。
 これはもう、才能がないとしか……。

マユリ、ばんそうこうとってくれる? テレビの上の箱に入ってるから

 リビングでふて寝しているはずのマユリに声をかける。返事はない。本格的に眠ってしまったんだろうか。

マユリ?

 リビングを覗き込む。いない。
 どこにいったんだろう。
 血のにじんでいる指は口にくわえて、僕は家の中をぐるりと見回した。トイレにはいない。僕の部屋にも。残るは両親の部屋くらいだ。

こっちにいるのか?

 薄暗い部屋、ベッドに根を張った二本の木がそびえている。そのたもとでマユリは膝を抱えてうずくまっていた。くぅくぅと寝息が聞こえる。きっと両親が恋しくてここにきたんだな。
 甘い香りが鼻をくすぐる。シーツの残骸には、リンゴに似た木の実がいくつか転がっている。匂いまでリンゴにそっくりっていうのもなぁ。

マユリ、起きろ。焼きそばを作ってやるから、お兄ちゃんと食べよう。な?

 肩をゆすってやると、マユリはむにゃむにゃと寝言を言いながら寝返りをうつ。ぽろり、と何かが彼女の胸から零れ落ちてきた。いびつに歪んだ、甘い匂いのが二つ。
 これ、食べかけのリンゴじゃないのか。もしかして、食べたのか、これ。しかも、二つも。

マユリ! 起きろっ!

ふみゃ?

ふみゃ? じゃないよ!
まさかこれ、食べたのか?

お兄ちゃん怖いよぉ

 起き上がったマユリは、ぐずぐずと泣き出してしまった。
 ああ、こんなことなら今日は諦めてコンビニ弁当を買ってくれば良かった。いくらおなかがすいたからって、こんな得体の知れないリンゴを食べるなんて。

勝手に食べちゃダメだろ?

うっ、ひっく……ごめんなさい。でも、お兄ちゃん、二つ目はね、ママがいいよって言ったの?

ママが……? いないじゃないか。マユリ、嘘言ったらお兄ちゃん怒るぞ

嘘じゃないもん。おなかすいて、お兄ちゃんご飯買いに行っちゃって、パパもママもいなくって、そしたらリンゴがあったから食べたの

うん

それでね、一個食べたらね、ママの声が聞こえたの。食べちゃったの? って

それで?

食べちゃったなら仕方ないから、こっちに転がっているのも食べていいよ、ってママが言うから、こっちも食べたの。そしたら、今度はパパの声が聞こえたの

 わけがわからなくなってきた。この木が実らせたリンゴを食べたら、両親の声が聞こえたって?

ねぇ、お兄ちゃん。
パパとママここにいるよ?

パパとママはいないよ

いるよ。リンゴを食べたら、声が聞こえるようになったよ。右がママ、左がパパなの!
お兄ちゃんもリンゴ食べようよ!
パパ達とお話しできるよ

 マユリはにこにこと笑って、リンゴを僕に差し出す。
 僕は動けなかった。ただ、深い意味も考えずフユコに語った言葉が、自分に跳ね返ってきたことに気づいていた。
 友達、両親、担任。全員木に変わってしまった。
 だけど僕は彼らの死体を見ていない。彼らの身体を枝が突き破って、血の一滴も残さず取り込んで一本の木になるまで、見たわけじゃない。普通に考えたら、そんなことになれば死んで当たり前なんだけれども。
 でも、マユリの言葉がどうしても子供の戯言だって笑えなかった。

お兄ちゃん、食べないの?

 マユリが首をかしげた。
 僕はうなずくことは、できなかった。

 背中が痛い。
 マユリがそう訴えたのは翌朝のことだった。
 僕はぐずる彼女を背負って保育園に連れて行った。僕は背中じゃなくって指が痛い。慣れない料理で手は絆創膏だらけだ。

 リンゴを食べたせいだろうなぁ

 マユリをなだめすかしながら、僕は昨日のことを考える。
 もしマユリが本当に両親の声を聞いたとして
 ――母さんは

『食べちゃったの?』

とマユリに言った。それはきっと、おやつをつまみ食いしたのを叱ったわけじゃないんだろう。
 『エデンの林檎症候群』は肩や背中の痛みや違和感から始まる。マユリは『食べちゃった』んだ。楽園を追放される知恵の実を。もういない両親の声を聴くかわりに、もう少しで人間ではいられなくなる。

お兄ちゃん、痛いよぉ

大丈夫だよ、マユリ

痛いよ、痛いよぉ

大丈夫。痛いのはもうすぐ消えるよ

ホントに?

うん、そしたら、ちゃんとパパとママに会えるよ。我慢できるかい

うん、がんばる

そうか。いい子だ

 ぐずぐずと目じりにたまった涙をぬぐっているマユリを、保育園の保母さんに預ける。
 僕は腕時計を見た。思い切り早起きしたおかげで、まだ登校を焦らなくってもいい時間だ。家からここまでマユリを背負ってきた僕はくたくただ。走っていけって言われても、無理。いくらマユリが小さいからって、四歳児はそれなりに重いんだぞ。

……メグル

 名前を呼ばれて、僕は顔を上げた。
 フユコが立っている。何でこっちにきたんだろ。保育園に寄ると遠回りなのに。

昨日のことあるし、心配で。こっちにくればメグルとマユリちゃんに会えるんじゃないかって思ったの

お節介だなぁ

ええ、お節介ですとも。幼なじみのことだもん。ほっとけないよ

 フユコはチラリと僕の手を見る。両手指にびっしり巻かれた絆創膏に視線が釘付けだ。

メグル、料理ダメなの?

うん。自分でもあまりのできなさにちょっと絶望した

……学校、行こう

 ぐいと腕を引かれる。そんなに強く引っ張らないでほしい。ついでに、疲れているからあんまり急がないで欲しいんだけど。
 何か、文句をつけたら怒られそうだ。というか、背中がもう怒りオーラを発している。

ここまで派手に怪我しているとね、絆創膏だとかえって邪魔でしょ?

……全部軽い切り傷なんだけど

私が見苦しいの。隣の席でずっとその面白おかしい手を見せる気?

 指にぐるぐる巻きつけていた絆創膏を剥がされ、変わりに包帯を巻かれた。うわぁ、すごい大怪我しているみたいだ。怪我の原因は焼きそば。泣けるな。

あと、家近いんだしご飯くらい私が作りにいってあげる

え、いいよ、悪いし

あんたそのままだと指が減るわよ?

 反論できなかった。僕が壊滅的な料理オンチなのは体現しちゃったからな。
 ただでさえ食事の支度だけではなく、洗濯や掃除も全て僕の仕事になるんだ。
 ここは幼なじみの善意に甘えることにしようかな。
 それにしても。

フユコって料理できるんだな。すごく意外だ

 思いっきり殴られた。

 トントントン。ザッ。ジュワー。
 キッチンから音が聞こえてくる。こちらから見えるのは、エプロンをしたフユコの後ろ姿。これが意外にもなかなか様になっている。

意外だって言ったらまた殴られそうだから、絶対に口にださないけどな

 炊飯器の使い方なんて、説明書をみなくてもわかるよって言われた。
 米の研ぎ方がわからないと言ったら、キッチンから追い出された。

そこまでダメかなぁ?

 マユリは両親の部屋で寝ている。あの二本の木のたもとで。
 マユリにはまだ両親の声が聞こえるんだろうか。マユリの寂しさが生んだ幻聴なのか、それともあの実にはそういう作用があるのか。
 わからないけれど、マユリは木と一生懸命会話をして、背中の痛みで泣いていたことも忘れたように、安心して居眠りをしている。
 そうしている内に、食料を抱えたフユコが家に乗り込んできて今に至る。
 雑誌のページを上手くめくれない。包帯で巻かれた指は動かしづらくって困るな。不恰好でも絆創膏の方が良かったな。

ほら、できたよー

 フユコの声に誘われてキッチンに顔を出す。八宝菜だ。キノコと豆腐の味噌汁と、あとはサラダ。いつの間に作ったんだろう。

すごいなー

すごいな、ってねぇ。私が買ってきたのほとんど使わなくっても、冷蔵庫にあるものだけで普通にできたよ?

……マジで?

本っ当に料理オンチなのね。まぁいいわ。
マユリちゃん呼んできて

 確かに冷蔵庫には色々入っていたけれどもさ。何をどう使ってどうすれば料理ができるのかなんてさっぱりだよ。
 フユコにまたどやされたので、僕は両親の部屋で眠るマユリを起こしに行く。まだ寝ているのかな。それとも木と仲良くしているのかな。

マユリ、ご飯だぞ

 扉を開ける。返事はない。まだ寝ているのかな。

……マユリ?

 返事がない。

…………マユリ

 返事をできない?
 眠っているマユリの背中から、服を突き破って、若い苗木がすくすくと育っていた。
 うつ伏せになっているマユリの顔はちょうどこちら側を向いている。虚ろな瞳。かすかに呼吸音は聞こえる。まだ生きているんだ。
 パキ、メキ、と微かな音を立てながら苗木は少しずつ天井に向かって葉を広げていく。根がマユリの背中を這って、首筋に入り込んで、折り曲げている膝を包み込んで、シーツの残骸の上に広がって――。

マユリ

 僕は小さな妹の名を呼ぶ。十三歳も歳が離れている僕の妹。甘えん坊でお兄ちゃん子で、よくふっついて歩いてきた。かわいいけれどゲームや漫画を読んでいる最中にまとわりつかれるとちょっとうざったかった妹。
 根が、幹が、枝が、葉が、彼女の身体を包んでいく。

メグル、どうしたのー?

 フユコの声でふと我に返る。傍らにエプロン姿でおたまも持って、どこの新妻だよって格好の彼女が立っていた。

その部屋にマユリちゃんがいるの?

……来るな

 部屋を覗き込もうとしたフユコを、僕は止めた。伸ばしかけた彼女の手は硬直する。
 部屋の中ではまだパキパキと微かな音が聞こえてくる。エデンのリンゴが僕の妹を苗床にしている音。人間が一人、消えていく音。

二人で、ご飯を食べよう?

 僕は笑う。できるだけいつもの通りに。
 フユコは怯えたように、二歩、三歩と後ずさっていく。

……ねぇ、メグル

どうしたの、フユコ。そんなにびくびくしないでよ

何で笑っているの? 何で普通でいるの? ねぇ、その部屋で……

この部屋で……?

 カラン、と音がした。フユコがおたまを落としたから。

…………私、帰る!

 踵を返した彼女がエプロンも外さずに走り出して、家を飛び出したのを、僕は追いかけられなかった。
 しばらくぼうっと突っ立っていて、部屋の中であの音がしなくなったことに気づいた時に、自分がとてもおなかがすいているんだってことを思い出した。

……食べよ

 フユコが作ってくれたご飯は冷め切っていたけれど、僕は温めなおさずにそれを食べた。温かいご飯を食べる権利なんて僕にはないんじゃないかって、何故かそんなことを思って。
 三人分はさすがに食べられなかったから、残りは明日の朝だ。それでもあまったら、どうしよう。
 フユコ特製の夕飯の味は、よくわからなかった。今の僕はどうやらどんなご馳走もゴムをかんでいるみたいに感じるらしい。八宝菜もサラダも味噌汁も、みんな味がしなかった。

フユコ、怯えてたな……

 じわじわと罪悪感がこみあげてくる。
 彼女のいう通りだ。きっと僕は病んでいるんだろう。
 マユリが木に変わっていくのをずっと見つめていても、こうやってのん気にご飯を食べている。
 僕は、どこかが壊れているんだろう。
 だから、みんながリンゴに変わっても僕だけ無事なんだ。

壊れてる、か……

 故障している僕は、リンゴのプランターにはなれないっていうわけだ。

僕らの気になる木になる日常

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