どこの国の方かは存じませんが、豪族が村落を築き始めた辺りでしょうか。大和朝廷、とか?
獲物を獲るところまでは、いつも上手くいくんだ。だが、別のナワバリの奴らが……
そんな、横取りだなんて
あいつらのほうが、村がでかいんだ。頭数じゃ勝ち目がねぇ。そのうち草原の動物たちもほとんどやられちまって……
どこの国の方かは存じませんが、豪族が村落を築き始めた辺りでしょうか。大和朝廷、とか?
狩りに出ても獲物は見つからないし、獲ったところで……
ハイエナですねぇ
ハイエナ? 何だ、その生き物は。どこにいるんだ? 食べれるのか?
あ、あぁいえ、遥か海の向こうの……どこかの島に住んでる生き物だとか
物知りなんだな、あんた一体
ご主人様からすれば未来人に当たります。
ちなみに皆様、村と村がくっついて、最後には大陸中一つの国になるのですよ、と申し上げるのもナンセンスです。
ご主人様が帰るのは、ご主人様が生きていた時代。
しばらく、皆まともに食にありついちゃいない。女子供にさえ満足に食わせられないで弱って、俺も……
衰弱したところで、当館へいらした、ということですね
三途の川の手前、村に未練を残して死ねない、という願いが、来館要因といったところでしょうか。
助かってよかったですね、ご主人様も、私も
?
こちらの話です
現役原始人に暴れられては何の護身術でも敵いやしませんもの。
確かに俺は助けられたが、村の奴らを残してきてる。俺ばっかりいい思いをして……こうしている間にも村は……!
お、思い詰めるのも分かりますが、休息は悪いことじゃありませんよ
テーブルの上で手がわなわなと震え始めてます。あわわ、マズイですマズイです。
きっ、聞くところ、村の中でもかなりの働き手であるとお見受けいたします
村の命運も握ってるご主人様が、弱りきっててどうするんですかっ
お腹いっぱい食べて、しっかり休んで、また元気に獲物を狩ればいいんです!
働き手や、稼ぎ口のご主人様には、その権利があります!
自然と、言葉に力が入ります。
それは目の前の御仁に、自棄で暴れられるのが困るから納得させて鎮めるため、だったのかもしれません。
が、私はこのとき、ご主人様を――それも私の初めてのご主人様を、心の底から励ましたいと思っていたのでした。
うちのメイド長……その、一番偉い人は、いつもはお店を見渡すのがお仕事で、ご主人様に自ら付くことはないのです
皆様をお出迎えするのはいつも私たち一般メイド。一番疲れるのも、私たち一般メイドです
ですから私たちメイドも、裏ではちゃんと休んでます。でないと、身体が持ちませんからね。そうしてまた、ご主人様をお出迎えいたします
あんたは、たくさん食べるのか?
まっ、そんなことを聞かれますかっ!
いえ、まぁ、そういう話にはなるのですけれども。ウーパールーパーとナス以外は嗜む程度にいただきます。
……メイド長は、普段から少食であまり食べる人ではありませんが
うちの村長もそうさ。女子供、次に俺たちに譲る人だ
あはは、なんだか似ていますね、私たち
おそらくは何百、何千年と生きている時が違うのに、過去も今も、人が働く姿は似ていたのでした。
時代を乗り越えた人類との共感を覚えたことに、どことなく嬉しい気持ちが湧いてきます。
倒れるほど、無理をしてはいけません。村の皆様のために、ご自愛なさってください
ありがとう、気が楽になったよ。さて、そろそろ戻らねぇとな
かしこまりました。それでは……
こんな立ち振舞い、本当は失礼なのですが、ご主人様が立ち上がるのを、平手で制します。
お会計でございます
……うん?
そうなのです。
時代を越えて繰り広げられた心温まるハートフルストーリーでもって綺麗に締めくくれればよろしいのですが、申し訳ないことにそうはいかないのです。
過去も現代も変わらず、勤労には褒章、対価が必要となるのです。
当館『ユアオーダー』はメイド喫茶。水を差すようですが、私たちのご奉仕には、お代が発生するのです。
この度私めが提供しましたオムライス一人前、それと遡りまして言語解析手数料、暴動制圧による公務員介入抑止手当に……
そういえば依然不思議なのですが、あの言語解析装置、ゆくゆくは全世界的に一般化されるのでしょうか。コレでも私英語科目得意だったので少々名残惜しくございます。
と、おせっかいカウンセリング料。総じまして……
当メイド喫茶、一応形態として店舗型ではございますが、店内でのご奉仕からは自営業的なところがありまして、報酬項目は各自が定めることができたりします。
このようになりました
などなど、下らぬ注釈を講じている間にゼロ五つ。弾きだした電卓をご主人様の目の前にお見せいたします。
……
ところが私も浅薄ではございません。ご奉仕最中に推し量りましたご主人様の時代背景、並び生活環境から察するに、
ご主人様、貨幣制度、をご存知でいらっしゃいますか?
聞いたこともないな。なんだ、それは
食に始まり、衣住、娯楽、その他あらゆる物品、サービスを取引する際に仲介する、価値の代替品でございます
つまり、何なんだ
有り体に言えば、金銀ですね
説明するより、実物をご覧いただいたほうが手早く済むでしょう。私は自身の財布から一枚の、神沢愉吉が印刷された紙幣を取り出します。あぁ、私としたことが何とはしたないことをっ。
それが、必要なのか
左様でございます。それも二十枚ほど
そいつは、皆持ってるのか?
同じとは限りませんが、この時代の人々は皆々お持ちになられていることでしょう
よし、分かった
言うが早く、ご主人様は一度は据え直した腰を再び持ち上げました。
獲ってくればいいんだなっ!
あっ、お待ちくださいませご主人様っ!
いけません! ご主人様の至極原始的合理性に基づいた狩猟構図の発想(ご主人様に対する超絶配慮表現)は着眼点で言えば尊敬に値する大胆なアイディアですが、現代ではそれを暴走と呼びます!
立ち上がり勢いよく駆け出すご主人様。大変です、オムライスを召されたご主人様の身体能力は抜群に向上し到底私のような一般メイドが追いつく速度ではございません。
向かった先は、当館の風除室。
あっ……
ピカァ――ッ!
ご主人様が当館にいらした時と同じ光が風除室から溢れます。元の時代への、お戻りの合図です。
引きとめようにも、タイムスリップに巻き込まれる可能性があるため迂闊に手を伸ばせません。
呆然と見つめることしかできぬ中、やがてゆっくりと光は落ち着きました。扉を開けても、もう誰もいらっしゃいませんでした。
くっ……
食い逃げですぅーーー!!
虚しく響く私の叫びは、いくら原始人と心を通わせたといえども、時代まで遡ることはなかったのでした。
ご主人様への初仕事……大失敗です……
記念すべき初従事。それが食い逃げとあっては意気消沈せざるを得ません。
ご主人様を迎える直前、別のメイドに見送られていた、げっそりとした表情の方を思い出します。先輩メイドさんはやはり、絞り方がお上手です。
それに比べて私の体たらく、メイド長に何と説明つけましょう。
……あら?
私が応対で使用したテーブル、食器などの後片付けをしていると、当館の備品ではない別のものが見つかります。
はて、何でしょうコレ……って
それは、私がご主人様から危険ですからと取り上げた槍ではありませんか。まだ鋳造技術が出来上がっていない時代の、石が無造作に先端に取り付けられたシンプルな槍。
物騒かつ異色な得物ですから、普通に粗大ゴミに出すにも難儀しそうです。さてどう処分したものか……と二つ目の悩みの種を拾った気持ちでいましたが、
待ってくださいよコレ、ご主人様の持ち物ですから、当時のものですよね?
すごい、すごいじゃないですか! リアル石器時代の遺品となれば、遺跡発掘に勤しんでいる考古学者も真っ青のシロモノですよ!
……だっ
黙ってなきゃ、黙ってなきゃ……っ!
こうなればメイド長への弁明などいくらでも行います。行いますとも。どれだけこっぴどく叱られようが、それこそ絞られようが全く構いはいたしません。
この一連の出来事で偶発的に生まれました、歴史的遺品の世紀の大発見により、私がどれだけ利を得たか……の話は、伏せることといたしましょう。
ほら、何と言いますか、綺麗に締めくくったほうがお後がよろしいものでございます。わざわざ水を差すこともありません。
まだまだ私も、当館『ユアオーダー』の、有無をいわさず最上の従者には程遠いものでございます。修行あるのみでございますねー。
うふふ。
――文化原人は現代奉仕に馴染めない
〆