エルフは里を離れ、散り散りになって、暮らしている。






























この島国に居を構えたエルフは、非常に静かに暮らしていた。







種族を隠し、





助け合い、





人の世に、人の歴史に隠れ、埋もれていくように暮らしていた。








この国であれば種族を明かしても大丈夫ではないか……と、

淡い期待を抱くエルフもいる。




だが、



エルフには迫害を受けた歴史があり、

またこの国ではないとしても、その現実が起こっている可能性はある。



あと一歩を踏み出すことはできず、また”してはならない”とする禁忌の空気すら漂っていた。























……









黒髪のエルフーー黒井と名乗っていたそのエルフは天を仰いでいた。


これが、壮大な雲の流れる青空を見上げ、寝ころんだ草むらであればエルフの美しさもあいまって絵になるワンシーンとなったのだが、

あいにくここは畳の部屋で、見上げた黒井の先には薄汚れた木の天井があった。




いや、正確に言えば、黒井の視線の先にあるのはスマートフォンの画面だった。


未だ真っ白なそのカンバスに、想いとも呼べる文字を並べることにする。




日本語で。




遥か昔には全く知らなかった、不思議な響きを多く持つ言語で。




黒井はメールを打ち始めた。

……

【速報】喉が渇きました

……これで、よし








スマートフォンを顔の脇に置く。


天井は何となく見つめたまま。


見知った、天井だ。









ブーブー

お、なかなか早いわね。
さすがコラムニスト。

どれどれ






で?

そりゃ早いわ

一を聞いて銃を知らないと戦場では生きられないのに……

仕方ないわね






何も仕方ない要素はないのだが、何故か”やれやれ”と肩をすくめると黒井はメールを打つ。


メールの相手は永瀬。


昨日たまたま出くわした、黒井にとっては久々のエルフ。




しばし話した後、最後は
















頭痛くなってきたから帰るわ……


























と帰ろうとしたのだが、





メールアドレスくらいは交換しましょう、減るものじゃなし、大丈夫、売らないから、あなた結構綺麗系だし写真とセットで売ったら結構な高値が付くと思うごっ、冗談冗談、冗談だから、やめて顔はやめてボディに、ボディにして、あっ、やっぱやめてボディ、何そのえぐるパンチ、ごめんなさい私だけが使うから、私だけのアドレスにするから、大切な私だけのスマートフォンにしまう思い出のアドレスにするから





などと、穏便にメールアドレスを得たのである。




そこで早速今、エルフエルフした連絡を取っているのだ。



飲み物を持ってきてくれる金髪のエルフがいたら、女神様と見間違えるかもしれない

ブーブー

ふうん

うわーお

これがコラムニストの書く文章でいいのかしら。何も伝わってこないわ

より明確に要望を書くしかないわね。
ここまでする一般人に感謝してほしいわ



























ブーブー

喉が渇いたので、飲み物を買ってきてくれると、今なら大サービスで黒井さんが喜びのあまり禁じられた恋に落ちるかもしれません










……

アドレス、教えるんじゃなかった












……絶対行かないけど。飲み物買って来いって言われても、そもそも家とか知らないし

ブーブー

まだ返事してないのに

今あれが飲みたいです、そう、あれ

ブーブー

何て鬱陶しいところでメール切るのかしらあの娘














コーヒー牛肉が飲みたいです












……







永瀬はもう一度、見直した。







コーヒー牛肉が飲みたいです











……














ブーブー

分かったわ、住所教えなさい

マジで!?超女神なんだけど永瀬!

好きになりそう!!

そうそう、たまに飲みたくなるけどそういう時に限って家にないのよねー!コーヒー牛乳!

さあて、住所書かなきゃ……



















この島国に居を構えたエルフは、非常に静かに暮らしていた。







種族を隠し、





助け合い、





人の世に、人の歴史に隠れ、埋もれていくように暮らしていた。








このエルフであれば住所を明かしても大丈夫ではないか……と、

気楽に連絡をとるエルフもいる。




だが、



エルフは誤字をした事実があり、

またそれに気づいていないとしても、現実となる可能性が近付いてきていた。






コーヒー”牛肉”には、禁忌の空気すら漂っていた。








繋がっているの、いつだって

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