ありがとうございまーす!

 扉の外へ向かい当館メイドが一礼。朗々としたメイドの声とは対照的に、店を後にする客人の顔はげっそりとしています。

 本日も当店『ユアオーダー』は大忙しです。決して多くない従業員に、広々という言葉からは縁遠いこぢんまりとした店内。それでも途絶えぬ来客は、ひとえにこの店の“特別性”によるものなのです。

 とはいえ、

アコ

……ふぅ

 お付きの担当ご主人様のいない私、アコは基本的に店の裏方作業ばっかりなんですけどね。

アコ

今のご主人様、だいぶ沈んだ顔してましたけど、思いっきり絞られたんでしょうねぇ……

 ゆくゆくは私もあんな手練になる日が来るのだと思うと、自分に幻滅するような、はたまた開き直って誇らしいような複雑な気持ちを、取らぬ狸の皮算用してみたり。

 まぁ、まずは絞れるようになってから、というよりかは、お客さんにつけるようになってから頭を抱えろって話ですね。

アコ

先輩の衣装のクリーニング出しに行って、厨房の仕込み、フロアの清掃……いやーできるんでしょうかコレ

 店内では私が一番の下っ端、ということで先輩メイドのお手伝いがメインの仕事。女流社会の序列とか関係なしにサービス業の定めとして新参者の仕事は皆さんの補助に当たります。

 ここずっとそういうサポート役がいなかったので、私が入ってからというものの、皆さん己の持ちうる力を全て眼前のお客様に注ぎはじめ――言ってしまうと自由奔放に後ろを振り返らぬご奉仕業務をするようになってしまいました。

 それのしわ寄せはぜーんぶ私。

アコ

メイドなのか、メイドのメイドなのか

 分かりゃしませんね。

 一応、お店全体を見回れるよう統括のメイド長っぽいポジションの人はいるのですが、そんな人に私へ回ってくる雑用を手伝ってもらおうなど失礼なことは言えず。

 というか、実はどこにいるのか分かっていなかったりします。やーもー目が回る。

アコ

ディッシュ上がりでーす

 乾燥機から出して乾拭きし終えた食器を棚に戻し、一言声を張るも応える人はいません。皆さん自分のご主人様で手が塞がっているようです。もとよりレスポンスを期待していたわけではないのです、が。

アコ

そういえば……

 こういうときに新たなお客様がお見えになった場合、どうなるのでしょうね。

 大抵、お客様をお通しできない場合、
お待ちいただきます申し訳ございません、か、
お引き取りください誠に申し訳ございません、
になるのでしょうけど、一応、ここに、私、いるわけで。


 ……などなど、今まで考えたこともない「もしかして」が頭のなかに浮かんできた――ときに限って、

 ピカァ――ッ!!

 お店の風除室が窓越しに光るのが目に飛び込んできます。とてもメカニックな、目の灼けるような明るさです。

 コレが当店の――来店の合図。

アコ

お客様だ……!

 あらあら大変です。店内の熟練メイドさんたちは皆、別客の応対で手が埋まっております。わ、私がお出迎えしないと。

アコ

いらっしゃ――お、おかえりなさいませ、ご主人様!

 前職のファミレス癖が出ました。いけませんね、ここでは皆様、ご主人様なのです。
 ……が。

……

 出てきたのはひどく荒れた風貌の男。失礼を承知でとりあえず中世~近現代の洋館亭主といったイメージからはかけ離れています。

アコ

……

……

 言葉も発さず店内を見渡すお客様。ここはどこだ、なんでこんなところに、とでも言いたげな表情です。
 まぁ、あんなメカニックな光りに包まれていきなりお店に連れてこられればそれも当然、といえば当然なのですが。

 ひとまず話が進みません。
“どこの” そして、“いつの”方かは存じませんが、言語交流を試みてみます。

アコ

どうぞこちらへ。私、アコがご対応させていただきます

ばあうッ!!

 きゃあ。人の言葉なのかはさておき思いっきり威嚇されてしまいました。

 失礼に当たりますので驚きの言葉は胸中に、思わず反射的にご主人様をばーんと風除室へ跳ね返してしまいました。

アコ

げっ、言語解析っ! メイド長! 言語解析お願いしますー!

 再びご主人様が押し込まれた部屋からまた別の色の光が発せられます。コレで言葉は通じるようになるでしょう。
 光が収まり、扉が開きます。

アコ

先程は失礼致しました。私めの言葉がお分かりでしょうか――

肉ッ! 肉だッ! 今日の獲物がこっちに走ってきたんだ! 殺せッ!

 あらあら。言葉が分かってもどうしようもありませんね。
 扉を蹴破った勢いそのままに走り抜け、私の横を通りすぎようとしたその男を、こう、えいっと。

うわっ!

 ねじ伏せます。

アコ

ご主人様、おかえりなさいませ。よくお聞きになってください

やめ……あいつを獲らなきゃ、俺らの村は……

アコ

当館はメイド喫茶『ユアオーダー』、ご来館されるご主人様の、あらゆる望み、願いを叶える場。
貴方がたご主人様のいらした時代、土地、世界とは違う、全てから隔絶されたお店でございます

何を言っていやがる! 村の奴らが、家族、が……

 私の腕の下でばたばたともがく男。自分で抑えるから分かりますが、よほど衰弱しきっているようでいらっしゃいます。

アコ

ご主人様の世界のことはひとたび忘れ、しばしの休暇を

助けっ……助けて、くれ……っ

 その言葉を発し、ぐたりと脱力するのが感じられました。コレはいけません。早くお助けしなければなりませんね。

アコ

はいご主人様

アコ

貴方様の、仰せのままに

1-1:文化原人は現代奉仕に馴染めない

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