果たしてその予測は、当たっていた。
果たしてその予測は、当たっていた。
おやおや、人間じゃないか。珍しいんねぇ。こんな森深くの水場に居るなんて。良くも無事にここまで来れたもんだよ
だ、誰!?
おんや。言葉が分かるのかい?こりゃ、驚いた。あんたエヴィリリーかね。なら森にも入れるか。守護獣がいないけど、別行動かい?まあこの森に魔狂いの魔獣はいないから、構いやしないとは思うけどね
魔王少女
04.魔物の水辺
突然聞こえて来たその声は、優理の困惑にもお構いなしにべらべらと喋りまくる。優理が声の主を探してきょろきょろと周囲を見回すと。こっちだよ、という声がした。
見ると、蕗のような葉に乗った赤い目のカエルが一匹。楽しそうに葉を上下に揺らして、けくけくと喉を鳴らした。
か、カエル……?
カエルじゃないよ。小生はグリュンヒーラーのマカエルってんだよ。
優理が思わずつぶやいた言葉に、カエルは憤然としながら訂正を入れた。
それに何と言ったか、エヴィなんとかに、守護獣に、グリュン……?聞きなれないが幾つも幾つもポンポンと飛び出してきて、頭が混乱しそうになる。
とにかくこのカエルはカエルではなくて、マカエルというらしい。やはりカエルではないかと優理は思ったが、口に出して言うと目の前のおかしなカエルが怒りだしそうな気がしたので、黙っておいた。
ええと……それじゃあ、マカエルさん?
何だい、エヴィリリー。何か小生に聞きたい事でもあるのかい?
うん。聞きたい事は、たくさんあるんだけど……とりあえず、エヴィリリーって何かなあって
優理がそう聞くと、先ほどまでの軽快なお喋りが嘘のようにマカエルはぴたりと押し黙った。
何だいな、守護獣から何も聞いていないのか?
マカエルとはまた別の方向から声が掛けられ、優理は戸惑いながらそちらに視線を移す。途端、優理は体を引きそうになった。
スライム、である。どこからどう見てもそうだ。緑色の、押したらあの独特な吸い付き感と共にぶるんぶるんと揺れ動きそうなスライムがいつのまにかそこにちょこんと存在していた。
あまりの驚きに、優理はその場で尻餅をついた。腰が抜けたらしい。
あわあわと言葉にならない声を上げた優理に、スライムはどこか呆れた様子で数メートル下がった。
まあ何もそんなに驚かなくてもいいだろう。リラックス、リラックス
え、えっと、はい。
穏やかな声でリラックスを促されて、思わず優理はそれに従い二、三度と深呼吸を繰り返す。
そうして、少しばかり落ち着く。
すみません、もう大丈夫です
人語を解す翼ある狼やカエルはまだ優理にとって許容範囲内の存在だったが、スライムは別だった。だって、どう見ても生き物に見えない生き物である。これに驚かない方がどうかしている。
それでも、不思議と優理はなんとか自分を落ち着かせることが出来た。それは、あの美しい蒼い狼が言い残していった言葉のおかげではないかと優理は少しだけ考えた。
そうかね。まあ、人生も魔獣生も、落ち着きが肝要だよ。一瞬のパニックが死を招きかねん。
老人地味た事を言うスライムはなんだかシュールで。優理は失礼になるかもしれないと思いつつ、堪えきれずにちょっとだけ笑ってしまう。
スライムなどという存在は、優理が知るファンタジーな小説やゲームでは良く出てくるモンスター役として定番のものだ。なのに、こうして穏やかなに凪いだ声で喋るスライムは、その姿さえ見なければ近所に居る優しいおじいちゃんのように感じられた。
笑ったね。その方が愛らしく見えるよエヴィリリー。小生はそちらの方が好きだねぇ。
そう言いながら、楽しそうにマカエルがころころと笑い声を立てる。
あ、そうそう。結局そのエヴィリリーって、なんなんですか?
話が当初の疑問に戻ってきた事に気が付いて、優理はするりとそう再度の質問をした。
……あれ?
私、なんだかちゃんと喋れてる。いつもみたいにどもったり、質問出来なかったりしてない……何でかな?
そうしてふと気づいた事に、内心首を傾げる。だが、それは今考える事ではない。今はエヴィリリーという言葉の意味がどうしても気になる。
優理はスライムか、マカエルからの答えを待った。
だが、何故か二匹は沈黙したままだ。表情の変わらない二匹なので、何を考えてるかはわからないのに、優理は何となく、二匹が言い澱んでいるという事に気づいた。
それは、普段優理自身が多く陥る状況だからこそ、そう思ったのかもしれない。
……そうさな
やがて、スライムがぽつりとそんな声を出した。
教えてやるのはよろしいが、いや、私の考えではな、君はご自分の守護獣から聞いた方がやはり良いのではないかと思うな
私の、守護獣?守護獣って何ですか?
契約した魔物の事だよ。君の右手首に契約印があるだろう、ならそれを刻んだ魔物が居る筈だ。いろいろ気になる事はあると思うがね、その者に尋ねたほうがよろしいよ
言われて、優理は慌ててセーラー服の右袖を捲り上げた。
そこには確かに、何かの模様のような蒼い線が描かれている。気が付かなかった、一体いつの間に。
驚いて言葉を無くした優理をよそに、二人のやり取りを見守っていたマカエルがおや、と声を上げた。
珍しいものがいるもんだ。蒼銀の翼狼だなんて。初めて見たよ
優理は殆どその声につられるようにして、後ろを振り返った。
そこには先程ここから離れていった蒼い毛並の狼の姿があって、優理は無意識に、ほっと安堵の息を漏らした。
……なんでこの短時間に、二匹もの魔物と慣れて喋ってんだろう、あの子……。意外と肝が据わってるのか……?