えっ、という小さな声が少年の口から洩れて、シオンは今更ながらに不用意に言葉を発した事に気が付いた。
少年の目は、信じられないものを見ているとばかりにまじまじとシオンを見据える。
「──えっと。それ、ホンキで言っている?」
そして、困ったようにへらりとそう笑った。
えっ、という小さな声が少年の口から洩れて、シオンは今更ながらに不用意に言葉を発した事に気が付いた。
少年の目は、信じられないものを見ているとばかりにまじまじとシオンを見据える。
「──えっと。それ、ホンキで言っている?」
そして、困ったようにへらりとそう笑った。
──魔法。シオンが神の夢たる世界で身に付けた、世界の理に介入する力。
翼持たぬ人の身で空を飛び、言葉紡ぐだけで自然を操り、あらゆる存在を塗り替え変質させる力。
それを操るための力を、マナと呼ぶ。
マナはあらゆるものに宿り、あらゆるものと共にある。故に、マナ単体の存在は、自然には存在し得ない。そして純粋なマナが形を保つには、魔法使いの手で形を紡ぎだされる必要がある。
まさしく、この世界へと渡る直前にシオンが取り込んだマナ結晶がそれだ。
半神の神子アンヴェルローザ、あの世界で最高位の賢者のそれは、紅に輝く花の結晶を象っていた。
マナ光は混じりの無い白色であり、マナの色も然り。
しかし、人の手を介したマナは必ずその人の魔力と混じり色付く。アンヴェルローザの魔色は紅色、故に紅にマナ結晶は輝くのだ。
魔力とは、マナを操る為の力である。
マナを司るのは内体のうちエーテル体だが、魔力はアストラル体に宿る。必ず人それぞれの固有色を有する、魔法を紡ぎだすに必要な力だ。
魔法使いは取り込んだマナを操る為、またマナに働きを与える為に魔力をマナに混ぜ合わせる。マナ結晶を創生するためにも、体外にマナを放出させるには魔力を混ぜる必要がある。
──故に。
透明白色に輝くその結晶がマナ結晶だと言われても、シオンには信じられなかった。
「マナ結晶、本当に今まで見た事、無い?」
戸惑いもあらわにそう聞いてくる少年に、シオンも戸惑いを隠せないまま瞳を揺らした。
マナ結晶は魔法使いや賢者にとっては身近なもの。しかし、そのどうみても人の手を介していない白いマナ結晶は確かに初めて見るものだ。
どう答えるべきか、暫く惑い続けた。
「……いや。何度も、見てる」
漸く口にした答えは、余りにも頼りない声に乗せられていた。
「ただ、それがマナ結晶だとは思えなかった。その……知っている物と違い過ぎて」
少年はこてりと首を傾げる。そうして、シオンの寝転がるベッドの横へと椅子を引いて来て腰を下ろした。
「君、もしかしてこの街の人じゃないの?」
尋ねる口調ながら、殆ど確信したような響きがあった。それを聞き取ったシオンは誤魔化すことを考えずに頷く。すると、少年はぱっと顔を明るくした。
「ホント!?どうやってここまで来たんだ?」
好奇心に満ち溢れた問いかけだった。異世界を渡る魔法の暴発で、などと素直に口に出すことの出来ないシオンは酷く気まずい気分になる。
「……ごめん、覚えてない」
「えっ……あ、そうか……高濃度マナ症で気を失ってたもんね。そういう事もあるか」
言いながらも、少年は随分とショックそうだった。
ここへ来てからというもの、少年の表情はせわしなく入れ替わる。これ以上無駄な心労をかけるのも躊躇われるが、今は少しでもこの世界の事を知っておきたい。シオンは迷いながらも、質問を重ねる事に決めた。もしかすると驚かれるかもしれない質問を。
「その高濃度マナ症って、マナ欠の事だよね?」
「マナ欠?マナ欠乏症の事?まさか。だって、マナ欠は体内のマナが極端に少なくなる事だよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
どう説明したものかとシオンは口籠った。
シオンのいう所のマナ欠とは、周囲のマナ濃度が低くなることで体に取り込めるマナが少なくなり、体内のマナ循環に支障を来たすことを指す。マナ欠乏症の事ではない。
黙り込んだシオンに、少年は気遣わしそうな様子で話を引き継いだ。
「高濃度マナ症っていうのは、体内のマナ濃度が高すぎて倒れちゃう事だよ。……俺は、今日生まれて初めて見た。だって普通、そんなにマナを溜める事なんか出来ないだろ?」