あらすじ:優希は、「勝負弁当」を携えて圭と映画を観に行くことになった。
あらすじ:優希は、「勝負弁当」を携えて圭と映画を観に行くことになった。
シャーッ!!
うわあああ! 大蛇だー!!
シャーッ!!
ひょえええ! こっちにも!!
アンギャーッ!!
もげげげー!!
* * *
逃げ道は無いぞ。どうするんだケイタ!?
(よりによってヘビ映画か。
蛇……まむし……いやいや、今は考えるな)
* * *
捕まえたぞ。ケイタの仇、思い知れ!
ダニー、後ろよ!
アンギャーッ!!
ぎょえええ!!
* * *
また主役交代か……。
中々ギミックが効いてるな。
* * *
ケ、ケイタ……。生きていたの……
清らなる処女、我に血を捧げよ
逃げろジェシカ! 今のそいつは吸血蛇使いなんだ!
シャーッ!!
あひいいい!!
フハハハハ……。力が漲るぞ!
…………
いてて。俺は何をしてたんだろ?
正気にかえったか。ヘッ、悪運の強い野郎だぜ。
お前、ダニーなのか。その恰好は一体?
……もう元には戻れねえ。妻子を頼んだぜ。俺は、森とかでひっそり暮らすとするぜ……。
??
* * *
はー、面白かった。
……それにしても、あそこから二時間続くとは思わなかったね。
ああ。
思い返してみれば、あの導入部の悲鳴一つ一つが、テーマ全体を貫く基底音として響き続けていたということになるのかな。
隠れた名作だ。
優希と圭はシアターを出て、ショッピング・モール内を当て所なく歩いていた。二人とも制服姿だが、右手に、特定形質保持者判別用のグローブを付けている。赤・黄色・黒の3色のまだら模様がプリントされた、指ぬきスタイルの手袋である。
ヤドリギの生徒をはじめ、法律で指定された特定の形質を持つ国民は、外出時に判別用グローブを着用しけなければならない。ヤドリギの校区は特別地区であり、例外となるが、郊外に位置するショッピング・モールやそこに行くためのバスの中では、まだら模様の手袋を付ける必要があるのだ。
さておき、土曜日の昼下がり。中央が吹き抜けになった4階建ての巨大モールは、主に家族連れの客で賑わっている。
これからどーする? 腹は減ったし、フードコートでも行く?
圭は、まだら模様の右手をひらひらさせながら言う。
(来た!)
うーん。あそこのフードコート、持ち込みOKだったっけ?
うん? いやあ、知らんけど、あかんのと違うかな。俺ら、席のあれ的に目立つしな。
圭が言っているのは、寄生虫保持者の専用座席のことである。これについても、特別区の外では考慮する必要がある。
「階級から形質多様性へ」―遺伝子資源の獲得を目指す国家百年の政策には、それ相応の社会的コストがかかる。しかし、今の優希にとって重要なのは、そのような事では全くなかった。
そーだよね。
……あ、あのさ。良かったらだけど……。
うん?
あ、いや……。
いや、『あ、いや』じゃなくて……。
僕、弁当作ってきたからさ、外のベンチで食べない? ほら、天気良いしさ。
何故、それを先に言わない。一択だろーに。
じゃ、そこの出口から広場に抜けようぜ。
* * *
はい、これ弁当。あと割り箸。
口に合うか分からないけど……。
ゴチになります
(…………)
圭は、優希が差し出した二段式ランチボックスに掛けられたバンドをゆっくりと外した。
* * *
前日の晩。
(まむしの血だとか、もしかしたら尾上さんにからかわれているのかも……。)
(そうでなくても、若干変な子っぽいから、当てにならないのかもしれない。そういう可能性は、無くはない……。)
(ど、どうしよう。)
……優希、考えているならムダだぞ。
え?
いやさあ。
あたしなら、『家庭的な記号で押そう』とかの作戦で肉じゃが入れたりするけどさ。
圭君、そういうの通じるタイプじゃないっしょ。
あんたはあんたで、そういう作戦とか似合うタイプじゃないっしょ。
そ、そうかな……。
……そうかも。
『敵を知り己を知れば百戦危うからず』だよ、優希君。
(……そうだよな。)
(この前、勘違いで妙なことになりかかったばっかりだし。)
(ここは……友達を信じて、素直に行こう。)
うん、精力剤をぶち盛り撒けよう!
そう来なくっちゃ。レバーの冷凍しといたやつ、あるわよ。
にんにくはデートに不向きかな。ひじきなんかは精が付くと言うぞ。
仕方ないな、呪術用にとっておいたイモリのバラ肉を分けてやるよ。
* * *
……おー、俺のよく食べてるものばかりだ! よく覚えてたな~。
(よっしゃ!)
(ん? 「覚えて」……?
まあいいか。)
それは良かった。
しかしあれだな……。
そういうメニューは、や、やっぱり、機能を改善するために食べてるの……?
ん? まあ、機能の改善と言えばそうだな。
(そうなのか~……。)
料理上手いんだなー、優希。いまいち知らなかったよ。
(よっしゃ!)
優希は心の中でガッツポーズを決める。早苗と尾上さんに、何かお礼をしなくっちゃあな―
その感想は嬉しいな。料理はちょっと趣味が入ってるんだ。うちの家族、割と各自が食べたいもの作るからね。
そーなのか。
……おっと。忘れてた。
圭は不意に、制服の内ポケットから何かを取り出した。……魚の形のプラスチック容器である。寿司のパック等に付属している魚型の醤油容器、いわゆる醤油鯛(しょうゆだい)だ。その胴体には、黒い液体が充填されている。
(う……。)
そのまま、圭は醤油鯛のキャップを捻って開け、中身を弁当に振りかけた。
(あー。。)
(それはちょっと凹むなあ……。)
情報を尽くしたところで、味の好みというものを他人に伝えるのは難しい。だからそのような差分は、手持ちの調味料で調整する。合理的な話であり、圭らしいといえば圭らしい行動である。また、優希を気のおけない相手と思っているからこそであろう。……が、それでも、優希の期待とは微妙に一致しない事であった。
(らしい……らしいけどね。はあ……)
ところでユウ。
うん?
さっきの映画、吸血蛇のCGはどう思う?
俺はあれくらいテクスチャが見え見えな感じが、平成初期の特撮っぽくて好きなんだけど。
それは思った。制作時期が実際その頃だから、『敢えて』ってわけじゃないんだろうけど。
サブカルっぽいことを言うよーだがよォー。それで結局、そのCGでやりたい事というのが……
* * *
あー、来週はもう中間試験前か。今日は遊び納めだな。
うえー。
夕刻、二人はベンチに並んで、帰りのバスを待っていた。ファミリー連れは車で、老人と子供はバスで、鳥は古巣に、花は根に。寄せた波が返すようにモールを去っていく時間帯だった。
(……今日は良かった。
デート成功と、概ね言えるんじゃないでしょうか。)
(いや……。)
優希の脳裏に醤油鯛がよぎる。
(ケイはそういう認識じゃないってこと、分かってる。分かってるけどさ。)
(醤油の魚め……。)
魚型のプラスチック容器が、優希の目の前をふわふわと泳ぐ。中身のない、作り物の魚。心の中で掴もうとすると、指の間を流れてすり抜ける。
優希が空想を弄んでいると、
ユウ! ユウ、おい!
ふえ?
突然、圭が優希の手首を掴んで引き寄せた。
!?
まだら模様の右手が、優希の白い肌を捉える。
な、なに? どしたの?
優希の心拍数が跳ね上がる。イメージの醤油鯛は、蜘蛛の子を散らすように見えなくなっていた。
……いや。
気のせいだった。糸くずだな、これ。
圭は、優希の手の甲から黒い糸をつまみ上げて言った。
蚊かと思った。
……俺の寄生虫、マラリア原虫だからな。覚えてると思うけど、蚊を介して伝染るから。
あ……。
(そういえば。忘れてたけど。)
まあ、俺は防虫ガッチリしているから、基本的には刺されないけど。
万が一伝染るとしんどいからなー。
奴ら、赤血球を壊して増殖するから、寒気と高熱が出るんだよな。俺は適応形質だからそこまでは無いけど、貧血気味にはなる。
だからレバーとかひじきとか、鉄分の多いもの食ってるって、よく覚えてたなー。
あ……。
(そういえば!)
酸素運搬機能は、改善しないといけないからな。まむしの血も手放せない。
圭はそう言って、醤油鯛を取り出して見せる。
中身を詰め替えてな。
……おいユウ、どうした! 大丈夫か?
優希は思わず、両手で顔を覆い、表情を何とか隠そうとしていた。
(ま……また勘違いか、結局……。
でも……)
(結果オーライ
……と言うべきか。)
(続く)