本日の売店部はなかなかに盛況だった。
 というのも、今日は四条清水高校の開放日だったのだ。開放日は午前中で授業が終わり、午後は近隣の住民も参加してのフリーマーケットやミニライブやらが催される。プチ文化祭といった印象である。
 売店部としては通常営業だったが、いつもに数倍する売れ行きになった。もともとそこまで在庫を抱えない方針で運営しているから、店の中の棚はすっからかん。リサはウキウキで売上の計算を始めていた。

ミユキ

らっしゃーせー!

リサ

いらっしゃいませ!

ユメ

うっす

 ミユキとリサの同級生、ユメの来店である。

ミユキ

おっ、今日はどうだった?

ユメ

ぼちぼち売れた

 小話づくりが趣味の彼女は、自作のコピー本を開放日に販売し、さらに四条清水では今でも現役な紙芝居屋を開いている。
 ぼちぼちということは、結構な黒字になったらしい。彼女はいつも数字の面で謙遜し、過少に申告する癖がある。ミユキもリサもそれを承知していた。

ユメ

フライドチキンちょうだい

リサ

見ての通り売り切れ

ユメ

揚げれ

ミユキ

時間かかるよ?

リサ

というか、一個だけ揚げるのはちょっとなあ

ユメ

おごるよ。四個揚げて

リサ

あと一個は誰のものなのか

ユメ

わたしがごほうびにふたつ食べる

ミユキ

じゃあ、用意するね

 ミユキがフライヤーの準備のため、いそいそと動き出した。

ユメ

うん。できるまでの間、わたしの作った話を聴かせてあげよう

リサ

そういうことだと思ったよ

ユメ

超訳童話シリーズ『タモ太郎』はどうかな

 ユメが通常よりも小さめサイズの紙芝居を取り出した。
 こちらは『ご家庭用』ということで、そこそこの値段で売り出しているものだ。
 どうやら今日の演目はこれだったらしいが……。

リサ

すでに嫌な予感しかしない

 なるほど、全体的な構図は桃太郎らしいのだが、桃太郎らしき人物がサングラスをかけていたり、犬がガトリングガンを背負っていたり、猿がどこかのゲームで見たようないかついキャラクターだったり、雉がつららを飛ばしていたりする。
 もうどう見ても商標的にアレでアレにしか見えないもののオンパレードなのだ。

ユメ

むかしむかし

 ユメは答えを聴かずに語りだした。彼女の語り口は淡々としているようでいて、それでいてほのかな優しさを感じさせる。

ユメ

あるところに、おじいさんとおばあさんが不法滞在していました

ミユキ

いきなりブラック!

 ぴょこんとバックヤードから顔を出して、ミユキがつっこんだ。

ユメ

ある日のこと、おじいさんは山へゲリラ狩りに。おばあさんは川へ干拓に行きました

リサ

なんで不法滞在者がそんなことを

ユメ

おじいさんは王党派でした

リサ

知らんがな!

ユメ

おばあさんはオランダ人でした

ミユキ

いかにも死に設定になりそう

 ミユキが戻ってきた。冷凍庫から骨なしチキンを持ってきた様子である。フライヤーはというと、まだ油が温まりきっていないようだ。

ユメ

おばあさんが川で干拓をしていると、どんぶらこどんぶらこと、大きな桃が流れてきました

ミユキ

ここは普通だ

リサ

いや、洗濯じゃなくて干拓してるから

ユメ

桃は全部で百八個流れてきました

ミユキ

水滸伝!?

ユメ

おばあさんは身長二メートル弱の恵まれた体格の持ち主でしたが、非常に謙虚な心もまた持っていたため、桃は一個だけ回収し、残りの百七個は流れるままにしておきました

ミユキ

オランダ人ってだけで長身設定がついたみたい

ユメ

おばあさんは自称ヘーシンクの子孫でした

リサ

時代設定がわからなくなってきた

ユメ

そして、おじいさんとおばあさんが桃を一刀両断してみると、なんと中からサングラスをかけた男の赤ちゃんが飛び出してきました。『髪切った? 髪切った?』と泣いています

ミユキ

いいともフォーエバー!

リサ

田舎だからエンドレス再放送してるもんね……

ユメ

自分たち好みに育てられる子どものいなかったおじいさんとおばあさんは大喜びです。タモリに似ていたので、タモ太郎と名づけました

リサ

直球だった!

ユメ

タモ太郎はすくすく育ち、とても見事な若者になりました。そんなある日のこと、タモ太郎はおじいさんとおばあさんにこう言いました。『意見具申! 重要拠点、鬼ヶ島要塞の攻略を提案します!』

ミユキ

縦社会!

ユメ

おじいさんはこう答えました。『陸軍としては、海軍の提案に反対である』。おばあさんはこんなこともあろうかとすでに作っていたきびだんごを差し出しながら、裏取引カードを切りました。『このまま議論を重ねていても仕方がない。ここは私に任せていただきたい』

ミユキ

提督の決断1かと思いきや

リサ

提督の決断2だった

ミユキ

暇を持て余した

リサ

五相の

ミユキ

遊び

ユメ

話の腰を折るなよう

 腰どころか背中も首もボッキボキに折れまくっているのだが、ミユキもリサもそこへはツッコまなかった。

ユメ

続き。そんなこんなで、タモ太郎は鬼ヶ島要塞に出かけました。旅の途中で、ガトリングガンを背負った犬に出会いました。タモ太郎は犬にわんわんグルメ味のきびだんごを与え、おともにしました

 ミユキとリサは『メタルマックス2』をプレイしていなかったため、このパロディネタをスルーした。

ユメ

やがて、猿に出会いました。タモ太郎は猿にきびだんごを与え、斥候として鬼ヶ島要塞の偵察任務を与えました。彼は以後登場しませんが、決して商標的な部分で怖くなったとか、衣装が複雑で描くのが面倒になったとか、そういう理由ではありません

 そういう理由なんだな、とミユキとリサは互いに頷きあった。

ユメ

雉にも出会いました。彼はペット・ショップという名前でした。このころにはイギーと名づけていた犬と激闘を演じ、相打ちになりました。雉はアーケード版仕様だったのです

ミユキ

ゲーム仕様なら仕方ない

リサ

まあ、ゲーム仕様ならね……

ユメ

タモ太郎は結局ひとりで鬼ヶ島要塞に到着しました。鬼ヶ島要塞の警備体制は非常に厳しいものでしたが、先行していた猿がバナナの皮で抜け道を案内してくれていました。ただし、猿はすでに死んでいます

ミユキ

世知辛い展開!

リサ

元ネタのキャットは生きてたのに

ユメ

いよいよ鬼たちとの決戦です。しかし、なんということでしょう。鬼ヶ島要塞はトールハンマーという恐るべき要塞砲を装備していました。このままでは接近する前にやられてしまいます。そこで、タモ太郎はかつて宮廷魔術師だったおじいさんから習った魔法を唱えることにしました。『健康と美容のために、食後に一杯の紅茶』。この瞬間、鬼ヶ島要塞のあらゆる防衛システムはストップし、タモ太郎はついに上陸を果たしました

ミユキ

タモ・ウェンリーだ! ロシアンティーには蜂蜜派だ!

リサ

つまり、タモリーか……

ユメ

そして、驚愕の真実が明かされます。なんと鬼たちの正体は、かつておばあさんがQBKした他の桃から生まれたタモリ似の赤ちゃん。苛烈な環境で生き延びた百七人の彼らは、自らを『個別の百七人』と名乗り、各地を荒らしまわっていたのです。苦労のせいか、彼らの風貌はすっかりエージェント・スミス似になっていました

 かなり気合を入れて描いたらしい。
 百七人のエージェント・スミスが、さまざまな角度でこちらを見ている絵は、異様な存在感を持って見る者に迫ってきた。

ユメ

さあ、戦いです。タモ太郎はきびだんごをすべて平らげ、『静かなるタモ太郎』へと変身しました

リサ

確かにグラサンだけど!

ユメ

九大天王級の力を得たタモ太郎はまさに無敵です。スタンド『ミュージック・ステーション』を呼び出し、次々に鬼たちをこらしめていきました。とうとう鬼の親分が『ミスター・アンダーソン。われわれの負けだ』と敗北を認めましたが、タモ太郎は『われわれはハゲだ?』と勘違いをし、ますますこらしめにかかりました。彼はパッシブスキル『空耳アワー』の持ち主だったのです

ミユキ

そこは『農協牛乳!』あたりと絡めてほしかった

リサ

品評し始めたよ

ユメ

鬼たちは必死に土下座して、タモ太郎もようやくそれを認めました。鬼たちが蓄えていた宝物はすべて売り払い、すさまじい富を手にしたタモ太郎。彼はさらに世界で苦しんでいる人たちを救う旅に出たのです。そう、これは後に『ブラタモ太郎』と呼ばれる壮大な物語の序章に過ぎませんでした。おしまい

リサ

ハリウッド映画みたいな続編いつでも作れます的な終わり方を!

ミユキ

これがホントの『世にも奇妙な物語』

ユメ

ご清聴ありがとうございました

 ぱちぱちぱち、と小さな拍手。

ユメ

で、フライドチキンは?

 あっ、と大きなリアクション。

ミユキ

忘れてた

リサ

そういやそうだった

 ミユキがいそいそとフライドチキンを揚げにかかった。
 ユメは『むー』と頬を膨らませている。

ユメ

おなかすいた

リサ

まあ、もうちょい待ちなよ

ユメ

じゃあ、次はこの『百円の昼食と千円の夜食』を

リサ

光瀬龍をバカにしとんのか

 どうやら、独演会はまだまだ続きそうである。

パロディ紙芝居『タモ太郎』

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