-恋の舞台は屋上で-
 










すまん、先に行っててくれ!

俺はダチにそう言うときびすを返し、教室へと走り出した。

今日は卒業式だった。

長くて短い、そんな3年間。

受験勉強からも解放され、大学生生活に思いを馳せる一方、どこかまだ卒業したくないという気持ちがあった。



俺の席の2つ前、右斜め前に座っている小倉彩子の横顔を見ていたい、そんな気持ちがあったから……。 

小倉はどこ行った?

教室に残っている女子に聞く。

彩子? 屋上に用があるって言ってたわよ

屋上……?

もしかして誰かが小倉を呼び出しているのか?

だとしたら……。

 

俺にとって小倉は特別な存在だった。

卒業する前にこの気持ちをどうしても伝えたい。

一目散に俺は駆け出す。 

先輩!

途中、クラブの後輩に呼び止められたが時間がない。

わりぃ! また後でな!

そう言って屋上へと走る。 

はあ、はあ……

受験勉強で運動不足だった体に、階段の連続は堪える。



あと一階上れば……と、そこに階段を下りてくる奴がいた。

…………

隣のクラスの奴だ。

すれ違いざま俺に一瞥を投げかけ、下りて行った。

 

 







屋上へと続く少し重いドアを開けると見慣れた後ろ姿があった。



……俺が片想いし続けていた、小倉彩子の後ろ姿。



暖かみを帯びたそよ風は春の匂いを含んでいる。

そして小倉の髪をふうわり撫でていた。 

小倉……

俺が声を掛けると一瞬、体を硬直させたが返事は返ってこなかった。



それ以上近付くことが許されないような気がして、俺は立ち尽くすしかない。

……

どれくらい経っただろう。

小倉は振り向くと、ぽつりと呟くように言った。

私、フラれたんだ……

その事実とともに俺の中の何かが大きく波打つ。

もしかして……隣のクラスのあいつか?

震える声をかろうじて押さえて、俺はそいつの名前を言った。

どうして分かったの?

さっき、階段ですれ違ったんだ

そう

大きく息を吸い込み、吐くのが分かった。

……ずっとね、片想いしてたの

今日卒業でしょ、最後のチャンスだと思ったんだ……

淡々と話す小倉。

別に付き合うだとかね、そんなことはどうでも良かったの

気持ちを伝えられるだけで、幸せなことだもんね……

声は平静を装ってたのに、頬には涙が見てとれた。



ぽろぽろぽろぽろ……。



そんな形容そのままに、後から後から流れていた。



それでも無理に笑う小倉の笑顔が、可愛くて、愛しくて、切なくて……。

……

小倉の隣に並んでみたものの、励ます術が見つかないまま、屋上から見える風景に目を落とした。

同じように小倉もまた、目を落とす。



今日は卒業式だった。



卒業証書が入った筒を抱え、記念写真を撮る奴ら、巫山戯合ってる奴ら、高校生として最後の母校が名残惜しいのか、なかなか帰ろうとしない。

……

小倉を見ると、同じように生徒達を見つめている。



そうしている間にも小倉の目から新たに創り出される涙の粒。



……見ないふりをした。



でも、何か言ってやりたい。 

俺、小倉のこと……好きだ

出た言葉はこれだった。

え?

俺は小倉の顔を見ないまま続ける。

俺さ、勉強嫌いでさ、学校来るのが嫌で仕方なかった

もうダチと会うために来てた感じ

授業も全っ然! 頭に入らなくてさ

でもな、小倉が熱心にノートとってるのを見てると、俺も勉強しなきゃ! って……

お陰で大学にも受かったんだぜ! ありがとうな!

……

小倉にとっては俺の存在なんて、ただのクラスメート以外になんでもなかったのだろう。

こんなことを突然言われても、迷惑に過ぎないかもしれない。



いや……迷惑なはずだ。



でも、俺にとってこれは「けじめ」でもある。 

俺、小倉のこと、好きだった!

小倉を見つめて言う。 

その目からは涙の影が消えていた。 

う、嬉しいけど、でも私……

俯く小倉に、俺は付け加える。

別に付き合うだとか、そんなことはどうでも良かったんだ

気持ちを伝えられるだけで幸せだからな!

あっ……

小倉は驚いたように顔を上げた。



……そう、さっき小倉が言っていた言葉。



俺は精一杯、笑顔で強がる。

なっ!

うんっ!

小倉はとびっきりの……そして、最後であろう笑顔を俺にくれた。



屋上から消える、小倉の後ろ姿。



その後ろ姿も見納め……そう思うと少し胸が痛い。 

あーあ、フラれちまったな……

小倉は……あの隣のクラスの奴を、俺は……小倉を好きだった。



きっとその隣のクラスの奴も、違う誰かを好きだったに違いない。



……そういうものなのかもな、恋ってやつは。



だったら俺を好きな奴がいるかも……って考える俺はかなりおめでたい。 

ふふっ!

失恋したのに妙にすがすがしい。



屋上に吹く春の風が、俺を優しく包んでくれるから……かもしれなかった。

その時、小倉が消えていった扉が再び開いた。

先輩! こんな所にいたんですか!?

さっき俺に声を掛けてきた後輩だ。

息を切らしている。

ああ、どうした? 何か用か?

べ、別に大した用じゃないんですけど……

い、いや……私にとっては一世一代なんですけど……

? 相変わらず、変なやつだな

変なヤツで、どうもすいませんねー!!!

で、どうした? 腹へったか?

違いますっ!

もう、どうして私、こんな人のこと……

ん?

あ、あのですね……

先輩にお伝えしたいことが……ありまして……

歩み寄ってくる後輩。



その頬は真っ赤に染まっていた……。















-END-

「恋の舞台は屋上で」

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