当番を代わると言い張る小晴を送り出して、私は昨日と同じように箒を手に取った。部活には出ると言っていたし、先に行っててとは伝えたんだけど。どうやら小晴は教室の外で私のことをじっくりと見ているらしい。とてもやりにくい。

余った昼休みを使って今朝忘れていた宿題を片付けようとしたのが小晴にとっては天地がひっくり返るほどの衝撃だったみたいだ。そりゃ私がいつもいつも嫌なことは後回しにするのは自分が一番知っていることだけど、今日はいつものように小晴とうまく話せる自信がなくて何か脱線しない話題を考えた結果、宿題を教えてもらうのが一番の安全策だった。

それが小晴にとってはついに私が熱でおかしくなったと思えたようで、たびたび私の顔を覗き込んではそのせいでだんだん赤くなる私の顔を病気のせいだと言い始めた。大丈夫だと言ってるのに最後の授業の前の休み時間も保健室に連れて行こうか、としきりに聞く始末。

私の不調の原因が自分だという自覚は少しもない。

ああやって心配してくれるのも、そのうちやめられちゃうのかな、と思う。だって彼氏が出来たりしたら今みたいに二人で一緒に帰ったり、休みにどこかに出掛けたりなんて回数が減っていっちゃう。朝練も顔を出さなくなって、やめてしまうかもしれない。

まだ居てくれるかと不安になって教室の外を見やる。小晴は午後の西日が強く差し込む廊下でその暖かさにうつらうつらとしていたけど、私の視線に気付いてはっとして私に手を振る。手を振る相手も私じゃなくなるのかな、なんて思うとまた心が重くなる。

これじゃまるで嫉妬してるみたいだ。自分の頭の中を真っ白にしたくて箒を一払い。集めていたゴミが教室の床にバラバラに散らばった。

何やってんだろ

小晴は一番の友達だから。取られるとかそんなものとは別の場所にあるはずなのに。

また不審がられない様に私は小晴の待つ廊下を見ないように自分が散らかした床をまた一から掃きなおした。

小晴

気分が悪くなったらすぐに言ってね

わかったわかった

もう否定する元気もなくなって、再三声をかけてくる小晴に適当に相槌を返す。この空気に任せて今日の部活はサボってしまってもよかったと思う。だけど、このまま小晴と別れたらもう一緒にいられないような気がして一人で帰りたくなかった。

掃除当番だった私と小晴はゆっくり歩いてきたせいもあって、部室に入ったのは最後だった。いつもなら私が小晴を引きずるように駆け込んでくるのが普通だから、丁寧にドアを開けた私を先輩達が奇妙そうに見つめている。

五十嵐

今日はずいぶんとおしとやかだねぇ

先輩は私のことなんだと思ってるんですか?

昼の一件で私の不調を知っている五十嵐先輩は嬉しそうに私を迎えた。今日はパートごとの練習になっている。もうすぐコンクールだってある。小晴はまた選ばれるだろう。私は、去年は大きな賞がつくコンクールには選ばれていない。二年生になったけどどうなるかはわからなかった。

五十嵐

イマイチ調子上がってこないみたいね?

自分でもよくわからないんですけど、なんだかもやもやするんです

アルトパートはパートリーダーの五十嵐先輩が皆をまとめている。いつもなら我先にと気になっているところを相談に行く私だけど、隅でぼんやりとしているところに先輩から声をかけられた。

自分でも少しわかってきているのだ。この気持ちは嫉妬なんだって。だけどその気持ちを消化しきれずにいる。だから今も胸の奥に石が入ったみたいに重くて、小晴を見ているとチクチクと痛む。

五十嵐

う~ん、青春だねぇ

これは青春って言っていいんですか

友達に彼氏が出来そうで、そうなると取られてしまうんじゃないかと勝手に不安になることが?

五十嵐

別にそんな簡単に関係なんて変わりはしないって

五十嵐先輩が笑う。そうは言うけど実際そうかもしれないけど、それは結局後になってみないとわからない話だ。

ソプラノパートの集団は輪になって何かを相談しているみたいで背の低い小晴の姿はよく見えない。こんなことなら私もソプラノにしておけば良かったかな。そうすれば小晴ともっと一緒にいられるのに。
 

私が入っているアルトパートの指示を半分聞きながらも私の頭はまた昨日のことに戻っていく。そんなぼんやりを繰り返して練習に臨んだ。

頭と声は関係ないのか、それとも空っぽだからよく響くのか。

今日は一段と声が良く通っている気がする。それと同時にいつもと変わらないようにも思える。小晴どころかもう自分のことすらもわからなくなっているのだ。

五十嵐

天ちゃんって元気あるのかないのかわかんないわ

練習終わりに何故か感心したように五十嵐先輩にそう言われたけど、答えが見つからなくて曖昧に笑い返すことしかできなかった。

日向

それじゃ最後に次のコンクールのメンバー発表するわね

薄いカーテンで遮りきれない夕日が音楽室に差し込んでいる。ピアノの横で腕組みをしている顧問の先生は何も言わずに日向部長を見つめている。

日向

ソプラノは……宮出さん、……

当然のように小晴の名前は挙がる。一年生のときから大きなコンクールでは外れたことはない。私と同じで中学生になってから始めたと聞いているのに。よく通るわけじゃないけど、全体を包むような優しい歌声が調和を保ってくれるのが憎らしいほど素敵だと思う。

日向

アルトは諒、……

 

アルトパートのメンバーが呼ばれている。小さなコンクールなら出たことはあるけど、このくらいの賞が出るところだと私はいつも補欠になる。

日向

……薄入さん、……

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