変わらない日常。
変わらない人間関係。
いつもの日常は何も変わる事がないと思っていた。
この夏も何ひとつ変わるはずがないって、思っていたのに。
変わらない日常。
変わらない人間関係。
いつもの日常は何も変わる事がないと思っていた。
この夏も何ひとつ変わるはずがないって、思っていたのに。
いってきます
いつものように俺は学校に行くために家を出る。
俺の名前は月城修斗(つきしろ しゅうと)。
朝から学校に通うのも明後日で終わりだ。
そして、明後日からは夏休みの始まり。
眩しい朝日を浴びながら自転車に乗ろうとする。
おはよー!
ぐわぁ!?
元気のいい声と共に俺の背中に衝撃が走る。
いきなり俺を蹴飛ばすような人間を俺はひとりしかしらない。
優雨!?またやりやがったな
振り返ると制服姿の女が突っ立っていた。
あら、朝から修斗をシュートしただけじゃない?
名前ネタでからかうなと何度言えば分かる。シュートじゃない、しゅうとだ
人を足蹴りして謝罪の一つもしないこの女は速水優雨(はやみ ゆう)。
何が優しい雨だ、優しさの欠片もない名前に似合わない気の強い女。
俺とは幼稚園時代からの腐れ縁、長い付き合いになる。
俺達の関係は幼馴染だが、世間一般の幼馴染のイメージにある、毎朝起こしてくれることも、手作りお弁当をふるまってくれる事もない。
だが、見た目は美少女と呼べる綺麗な恰好はしている。
茶髪に染めた長い髪に、猫のような瞳。
見た目に騙されて、学校ではそこそこ人気の女だと言うから世の中不思議だ。
綺麗なだけで、中身が乱暴なので、もしも今後、付き合う奴は大変だろう。
ほら、文句言ってないで私を後ろに乗せる
さも当然のように言うし
毎朝のことじゃない。何を今更言ってるの?
……そーですね
自転車通学の距離にありがながら優雨はほぼ毎日、俺の自転車の後ろに乗る。
おまわりさんに気をつけながらの二人乗り。
別に仲よしさんと言う意味ではない。
単純に自転車をこぐのが面倒だと言う理由らしい。
優雨は慣れたように自転車の後ろに乗る。
もうすぐ夏休みよね。今年の夏は何かするの?
短期のアルバイト。そのお金で……
私のために新しい水着を買ってくれる、と
そんなわけない!
後ろで俺の背中をたたきながら
いいじゃん、それぐらい
と文句を言う。
優雨の我がままには付き合いきれん。
ふふふ、アルバイトで稼いだお金で俺はいい男になるのだ
ん、無理じゃん?
うわっ、速攻で否定しやがった!?
この女、振り落としてやろうか。
人通りの多い駅前を迂回する道にハンドルをきりながら自転車をこぐ。
ふっ、言葉が足りなかったようだな。そのお金で髪型を変え、カッコいい服を買い……
それでも、む・り!
……だから、あっさり否定するなよ
優雨は面倒くさそうに俺に言うのだ。
修斗がそんな無駄なことしても意味ないって
そんな事をしなくてもカッコいいからか?
……
お願いだからせめて反応をしてくれ。
悲しくなるじゃないか。
俺は背後につかまる幼馴染に屈辱感をあじあわされていた。
そんな無駄な事に使うなら、夏休みに私と一緒に遊びに行く事に使いなさい
お前と遊びに行くのに金を使うのなら、将来の本命のために貯金するぜ
それこそ、無駄なことよ。アンタに恋愛ができるわけないでしょ
うぅ、否定できない自分が寂しくも悲しい
結局、幼馴染の優雨と夏休みを過ごすいつもの夏になりそうだ。
俺は信号で止まると、ふと思った事を優雨に告げる。
優雨、お前こそ彼氏とかできないのか?告白もたまにされてるんだろ?
んー。恋愛って面倒なのよね。誰かを想うのも、想われるのも
まるで経験でもありそうな発言だな
うっさい。別に、どーでもいいじゃない
そんな風に投げやりに呟いた優雨。
俺と違い、相手に不自由しないように見える優雨は恋人を作らない。
『好きな奴でもいるのか?』
前にその質問をした時にえらい不機嫌になったのでその話題は禁句だ。
恋愛絡みと縁のない人生を俺達は送っている。
互いに寂しい青春時代だな。
信号、青だよ。さっさと学校に向かいなさい
お前は楽だからいいけどな、2人乗りって大変なんだぞ
幸いにもうちの学校までの間には坂という坂がないのがせめてもの救いだ。
再び自転車をこぐ俺の視界に神社が見えた。
そこの先を曲がればあとは200メートルくらいで学校に到着する。
神社の周囲にある森からはセミの鳴き声が響く。
うるさいセミも鳴き出したわね
あぁ。そろそろ、本格的に夏になるな
……修斗、夏休みの予定はあけておきなさいよ。海と花火大会は行きたいわね
言っておくが前半はバイトがあるからな
私のために働いてくれるなんてありがとう♪
笑顔で言い切るな、お前のためだって言ってない。
大半はこいつとの遊びに使われるんだろうけどな。
修斗、言っておくけど……
なんだよ?
ひと夏の過ちとか言って私を襲っちゃ嫌よ?
襲わないっての。そして、襲った次の日は男としての何かがなくなってそうだ
俺はため息交じりに言ってやった。
そんな事をしたら、多分、俺はひどい目にあわされる、物理的にな。
優雨は綺麗だが、俺にとっての恋愛対象ではない。
今までそれっぽい雰囲気にもなったことがないし、優雨も俺を恋愛対象には見ていない。
俺達は幼馴染以上恋人未満なんて関係ではないのだ。
あくまでも幼馴染、それ以下でもそれ以上でもない。
……ホント、修斗ってそういう所は鈍いわよね?
え?なに?今のホントに誘ってたのか?
そんなわけがあるか、バカ
俺の背中に地味に攻撃を加えてくる優雨が鬱陶しい。
地味に痛いからたたくな。ほら、そろそろ学校だぞ。降りろ
はいはい。まったく、修斗の分際で偉そうに
ここまで乗せてやってるんだ。何で上から目線なんだよ、お前は
この速水優雨という女に致命的に欠けているのは可愛げだろう。
もしも“可愛げ”と“素直さ”と“純真さ”を持ちわせていたら、俺はこの幼馴染に惚れていたかもしれないが、そんな幻想はありえないので惚れることはない。
それが俺が優雨に抱いてる印象だった。
面倒なテストも終わって、テストが帰ってくるだけの授業ならもう夏休みにしてくれればいいのにね。まったく、時間の無駄だわ
それを言うな。大半の生徒は思ってるだろうが。テスト返却も一部生徒には地獄なんだよ。数学のテストは自信があるが、国語系はマジで返ってきて欲しくない
……赤点とったら補習だっけ?残念ね
そこまでは悪くないっての。優雨も似たようなものだろうが
人にそこまで言えるほど優雨も頭が特別にいいわけではない。
俺と同様に成績は上の下か中の上くらいだ。
学業なんて適当でいいのよ。普通に生きる人間に因数分解なんて使わないでしょ?
優雨らしいね。そういう考えは……
俺は彼女らしい発言に内心呆れつつ、自転車置き場にたどりつく。
自転車を止めて、俺達は教室につくと、それぞれの席に座る。
隣の席に座る友人が俺に言った。
いつもながら、速水さんと一緒で楽しそうだよな?
友人に言われて俺は
そんなことねーよ
と愚痴る。
楽しそうに見えるようだが、苦労も多い。
なにせ相手はあの横暴で我が儘な塊だぜ。
アイツと幼馴染でいられる俺はすごいと自画自賛したくなる。
幼馴染って恋が生まれやすいんじゃないのか?
全然。互いに小さな頃から知ってるから、良い所も悪い所も知ってるだけに恋をするのは難しいと思うんだ
俺は友人に持論を言ってやる。
幼馴染には二種類ある。恋愛関係になれるタイプとなれないタイプだ。なれるタイプって言うのは、どちらかが片思いしてる場合だ
なれないタイプは?
俺たちみたいに、恋心もなく、ただ一緒にいるだけの関係だよ。きっかけでも見つからない限り、ずっと幼馴染のままさ
そうか?他人からみれば、恋人に極めて近いように見えるが?夏休みも近いんだし、何か変わったりするかもよ?
ないね。ありえない。……もしも、恋人にでもなれたら驚きだ。他人が思うよりも互いに幼馴染って関係を理解してるからな
そりゃ、男と女の子だからきっかけひとつで変わることはあるかもしれない。
だが、十数年と言う歳月を共に過ごしてきた幼馴染との関係が変わるとは到底思えない。
もしも、夏休み明けに優雨とどうにかなってたら、その時はクラスの皆の前でキスでもしてみせるよ。それくらいありえないってことなんだ
そんなこと言って。後悔することになったらどうするのやら。楽しみにしておくか
楽しみにしておいてくれ。残念ながらありえないだろうけど。俺と優雨の関係を変えることなんて、夏の影響だけじゃ無理だよ
何かを変えるきっかけか。そんなもの、俺たちの間に芽生えるのかね?