僕は、人が信用できない。
いつからだったかなんて、覚えてないけれど。
とにかく僕は人を疑うことをよくした。
小学校の頃からそんな風にあったというのが記憶に残っている。
告白してきた女の子を、腹の底ではなにを考えているかわからない…なんて理由で振ったこともあるし。

そんな僕が自分の世界に閉じこもるのは当然なわけで。
本を読み漁った時期もあればネトゲに一日の大半を費やしたこともある。
でも引きこもりにはならなかった。引きこもりになれるほど、親を信用できなかった。
周りの人が疑わしくて、疑わしくて、気が狂いそうだった。親しい友人など、それこそネットの世界にしかできなかった。生身の人間は、語りすぎる。表情からうかがえる失望すら、僕には苦痛だった。

そんな僕が長生きできるはずもなく。
呆気なく、交通事故で命を落とした。

暗転。

そして僕は転生した。
よくあるネット小説にあるように、剣と魔法の世界に生まれた。ただ惜しむらくは、人を疑う癖がこれっぽっちも良くなっていないことだろう。
加えて生まれてきた場所が貴族の三男と来た。長男次男は才色兼備の美青年。
対して僕は、顔は悪くないものの才覚自体は平々凡々。加えてこれ以上なく愛想が悪くてどうして親から気に入られるのか。
とはいってもまだ転生してから十五年ほど。さっさと旅にでも出たいが、成人の儀を済ませるまでは家から出られないだろう。
とは言ってもあと一年の辛抱。学校に通わせてもらってもいいなぁ。

お兄ちゃん、何してるの?


話しかけてきたのはこの世界で唯一僕を慕う人間。妹のミカエラ=フォーミュラだ。

見てわかるだろ?狩りの準備

…また、森に行くの?

そう。家より居心地がいいからね


家の近くにある、クラヴィスの森。
森の中の空気はどんよりとしていて、暗い。
なのにゴブリンやオークなんかの魔物は一切見たことがない。
さらにさらに、魔物はいないくせに鳥や、兎なんかはそこそこ多い方。狩りに行かずにどうしろと。

あそこの森は、なんかやだよ。何か悪いものが棲んでる

またその話か。もう僕が狩りに出るようになってから三年だ。その間に大けがをしたり、死にかけで戻ってきたことがあるかい?

一回も、ないけど…

じゃあ安心して家で待ってろ。夜は遊んでやるから。な?

うん…


妹は魔術的素養が非常に高い。なので両親も必死になって英才教育を施している。
対して俺は落ちこぼれだ。魔法なんざ、これっぽっちも使えない。
ただ体の動かし方はうまいと言われた。剣とか、弓とか、そういったものの才能はないことはないらしい。
特に狩りを始めてからは、弓の腕に多少の自信が持てるようになった。

何が言いたいんだったか…
そう、だから妹の予知というか、そういうものはあんまり軽く見ちゃいけない。
でも少しでも存在価値を見せ続けなければ、という俺の小心が狩りに行くことをやめられない。

気を付けてね

ああ、気を付けるとも


これが、僕がこの愛着すら湧いていない屋敷を最後に見た時だった。

シュバっと、矢が空を裂く音がする。
矢はまっすぐと標的の兎に吸い込まれ、その命を奪った。

よし、これでノルマ達成だな…帰るか


今日の成果は、兎が三匹とウェルマ鳥というものすごく美味しい鳥が一匹、あとはそこそこ大きいきのこがそこそこだ。
リュックサックには獲物と採った植物が別々にいれてある。
森の出口の近くに綺麗な川があるので、そこで血抜きをしなければ。

その時、ガサガサっと音がした。

これはっ!


空想の動物で言うユニコーンのウサギ版のような動物が現れる。
市場に出回ることは滅多になく、『宝石』という名まで冠せられる、幻の食材。
食べればツキが回ってくるという噂につられた貴族のおかげで大金が手に入るらしい。
…こいつを仕留めれば…!

弓を振り絞る。慎重に狙いを定めて…
そこで、兎は森の奥の方へ跳び去ってしまった。足音をできるだけ立てないようにし、追いかける。

もう森の中を進んでどれくらい経っただろう?
ちらちらと姿を現す兎を追っていたら、こんなに奥の方にきてしまった。
目印なんかは当然つけていない。帰れるかな、これ…

森にはとても悪いものが棲んでいる、か…


それが現実にならないよう、祈りつつ、また僕は兎を追った。

ある晴れた日のこと

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