パニクルー・クルー/ZERO





黒幕

思わせぶりな感じの見出しだけど、ようするに前回のお話はってことだよね!

夢のお告げ

HAHAHA、様式美というやつですよ。こうしたお約束を毎回きちんと踏襲することで、作品の連帯感というものを提供側と視聴者側で共有するのが目的なのです

黒幕

ワーイ、大人の描く社会の裏側だね! でもそれはいいや、見たくない!

黒幕

それでそれで、前回のお話はどうだったんだっけ?

夢のお告げ

やはりジンksはカス。
ショタがシニア化して誰得? 
F・Hってとっても素敵!

黒幕

三行!

夢のお告げ

それだけ中身のない回が続いているということでしょう。コメディなんてそんなものです。せっかく登場した密航者キャラのキャラ立てなんかも終わってませんしね

黒幕

身も蓋もない!

黒幕

そんなこと言うけど、読んでくれてる人の中にはちゃんとお話の続きが気になってる人もいるんじゃない?

黒幕

ネジの真実とか、F・Hの正体とか!

夢のお告げ

知リタイカ?

黒幕

え?

夢のお告げ

ソンナニ、真実トヤラガ知リタイノカ?

黒幕

…………

夢のお告げ

――――










黒幕

さあ、本編の始まりだーい☆

夢のお告げ

パニクルー・クルー第四話、いってみよう!












『パニクルー・クルー』第四話、スタート♪















≪パニック4≫
暗黒の宇宙をさまよう船内で、僕たちは一人ぼっちだよ





F・H

では、ひとしきりジンksが騒ぎ立てたところで、問題の見直しに入るとしましょうか

ジン・サカズキ

妙なSE入れて仕切り直そうとするな!
あと毎度毎度だけど、俺を悪者かオチ要因に仕立て上げて話を進めようとするのやめろ! ワンパだぞ!

メカニック

馬鹿の一つ覚えでも、ワンパターンでも構わない。誰にでも通用するワンパターンなのであれば……

ジン・サカズキ

――?

メカニック

俺が昔、JUDOの師範に教わった言葉さ

ジン・サカズキ

いい言葉も使い所があんだよ!
なんでちょっと誇らしげ!?
いいこと言った、みたいな顔すんな!



合間合間でちょいちょい挟まってくるが、今のところオッサンが建設的な意見を言った例がない。
まぁ、そもそも密航者のオッサンに状況をまともに進行する能力を期待する方が間違いなんだが。


ジジイ

まあまあ、皆さん落ち着きましょう。
お互いにいい大人なんですから、冷静に話し合うべきです

ジン・サカズキ

いい大人もなにも……っ



とっさに割り込んできたジジイに、俺は怒鳴り声を上げようとして口をつぐんだ。
目の前にいるジジイは、老人特有のなんかこう甘ったるい臭いを漂わせた紛うことなきジジイではあるが、それでもその正体は小学校五年生の天才少年マサルなのだ。

それなりに修羅場をくぐり抜けてきた俺だが、さすがに今のマサルに辛辣な言葉をぶつける胆力はない。
慰めの言葉……なんて、空しいだけだろうか。


F・H

見た目は大人、頭脳は天才、そして人生経験は子ども……そんな相手に説教されて、少しは反省することなどはないのですか?

ジン・サカズキ

血も涙もねえのか、お前は! 
ねえよな、ロボットだもんな! 
経年劣化もネジが錆び付く程度のお話か。お前にマサルの悲しみはわからねえよ!

ジジイ

…………

F・H

クルー・マサルの悲しみ、ですか?

ジン・サカズキ

そうだ! お前には感情がない、だからわからない。マサルには未来があったんだよ。それを全部、寝てる間にすっ飛ばされた絶望がわかるか?



確かに元のマサルは、天才ともてはやされてそれを鼻にかけ、人生を落伍した俺たちのような底辺労働者を見下していたかもしれない。
それでも、マサルには未来があったのだ。小学校を卒業し、中学生で性を知り、高校生で性に乱れに乱れて、大学生活を合コンや女関係で猥雑に過ごす未来が。


ジン・サカズキ

それを全部なしにされて、こいつが可哀想だろうが!

F・H

快楽の全てが下半身に直結する。これがいわゆる直結厨というやつか。惰弱な人類が他の生物を圧倒して繁殖し、地球で最大の勢力を築いた答えがここに――学会の発表は正しかった

ジン・サカズキ

貴重な歴史のサンプルみたいな言い方すんな! ほら、マサル! お前も言いたいことがあれば言ってやれ!

ジジイ

…………



黙り込んでいるジジイ、もといマサルの肩を叩いて、この非道なロボットに恨み骨髄ぶつけろと言ってやる。
すると、マサルは閉じていた目をゆっくりと見開き、俺やF・H、お口にチャックのオッサンを見渡して、


ジジイ

ずっと、考えていたんです

ジン・サカズキ

――ああ。なんでも言ってやれ



あらん限りの罵声を尽くして、いっそF・Hの人工知能を焼ききるぐらいのことをする権利がマサルにはある。
実際、そのぐらいしてくれると俺も助かる。F・Hが動けなくなれば、宇宙船の破壊未遂も隠蔽できるしな!

そして、マサルはそんな俺の期待を一身に担いながら、重々しく頷いた。


ジジイ

やっぱり、今の僕の一人称は『儂』にして、言葉遣いもご老人の言葉にするべきですじゃろうか?

ジン・サカズキ

なんの相談だよ!?

ジジイ

え? 現状を受け止めた上で、より違和感なく社会に溶け込むための前向きな設定作りですけど……

ジン・サカズキ

青春時代の喪失に対するリアクションが薄すぎない!?



自分がジジイになったことを、否定とか拒絶とかするのを飛ばして立場の安定的な方向に頭が働くの?
飛び級の天才って、学歴を飛ばすって意味じゃなくて、頭がぶっ飛んでるって意味なの?


メカニック

あー、最近の若者は色んな物事に執着が薄いなんて聞くけどこういうことか

ジン・サカズキ

そういう偏ったアンケート結果持ち出すのやめろ!

メカニック

けど、今時の子は車とか腕時計とかもそうだし、酒にも女にも金を使わないなんて話だぞ?

ジン・サカズキ

そういうカテゴリーとかけがえのない青春時代は同じフィールドで戦わねえだろ! 若さだよ!? 振り向かないどころか置き去りにしちゃってんじゃねえか!

ジン・サカズキ

それに今時の若者だのなんだの言ってるアンケートだけど、俺は酒も煙草もやるし、女にも金をつぎ込んでるから当てにならねえよ!

F・H

煩悩の塊であるジンksをサンプリングするのはどうかと思いますので、あまりデータとして有効的ではありませんよ

ジン・サカズキ

うるせえな!!



俺のデータ云々は別にしても、マサルの境遇を軽んじていいって話にはならねえだろうが。

たとえそのことにマサルがさほど動揺していなくても……いや! これはマサル自身の納得がどうとかなんてことはもはや問題じゃない。青春を過ごし、青春を謳歌し、青春に苦しんだ全ての青い春を知る人々のための聖戦なんだ。


ジジイ

僕……いえ、儂としてはそこまで大事にする必要はないと思っておるんじゃよ。

ジジイ

元々、儂の優れた脳細胞に比べて、未発達の肉体ではできることが限られておることに不満が多かったのでな!

ジン・サカズキ

何その持たざる者にはわからない類の悩み!?

ジジイ

ほっほっほ。それこそ年の功というやつじゃよ。今の儂なら、その発言にも違和感あるまい?

ジン・サカズキ

そしてすごい堂に入ったRP!!



こちらの思惑を無視して、完璧に作り上げた設定に没入しているマサル。もはやジジイがマサルなのか、マサルがジジイなのかの区別すらも曖昧なレベルの技法だ。


F・H

ジンks、そう落ち込まず。見た目ご年輩の中身小学生、そんな相手に人間性の深みや器の大きさで負けたぐらいでそんなに落ち込む必要はありませんよ

ジン・サカズキ

必要ないもクソもこの瞬間まで気にしてもなかったよ! それより、せめてお前はもっと悪びれろ! マサルの現状、誰の手落ちだと思ってやがんだ!



慰めるみたいなスタンスのF・Hにムカついて、俺はそのマシンボディに穴が開くほどの視線をぶつけた。F・Hはそれにやけに気取った仕草で肩をすくめる。


F・H

たかだか数年の空白、いくらでも取り返しが利きますよ。実際、ジンksも嘘八丁で騙くらかしたとはいえ、数年の休眠期間を経ても社会復帰できたじゃないですか

ジン・サカズキ

自宅警備職とコールドスリープの不備を同じ次元で語ってんじゃねえよ! あと、数年じゃなくて数十年な! 半世紀を誤差の範囲で済ますな! 半世紀って、下手したらお前らでも悪くなる時間だろうが!

F・H

我々は機械です。あくまでプログラミングされた内容に従って活動するまで。それが三原則を厳守する機械の限界なのです、ピーガー

ジン・サカズキ

都合のいい時だけロボットぶんな!
ここまで一度でもセーフティー的な意味合いで三原則が働いた場面があったか!?
答え、ないね!



太古に滅んだFAXみたいな音を立てて、嫌々と首を振るF・Hが責任逃れしやがる。


ジジイ

前々から思っていたんじゃよ。儂の頭脳は小学生なんて肉体には相応しくない。発言力というものは、その発言をするのに適した外見も求められる……そう、世の中は儂のようなアウトローには生き難くてならんと

メカニック

あー、わかるわかる。大人らしさって見た目で判断される部分が大きいもんな。

メカニック

体がでかくなりゃー一人前扱いされるが、社会に出たての頃なんてガキと変わらないもんだ。ガキの見た目で大人の頭じゃ生きづらいのも道理だ

ジジイ

ほっほっほ。なんじゃ、若いの。話せるようじゃな

メカニック

はっはっは、そうでもないぞ。よし、飲むか! ほれ、キンキンに冷えたハイオクだ

ジジイ

む、これはこれは……いただこう

ジン・サカズキ

いただくなよ!!



話が盛り上がって乾杯間近の二人に割り込む。
俺の怒声にオッサンとマサルは顔を見合わせ、二人して不服そうにぶーぶーと言い出した。


メカニック

なんだなんだ、勤務中に飲むなとか堅苦しい話か? それならそもそも、仕事中なのはジンだけだろうに。俺やマサル老には無関係だぞ

ジン・サカズキ

しっくりくる呼び方してんじゃねえよ! 見た目こんなだけどこいつ小学生だよ!? 毎年、わけわっかんねえ自由研究のために、虫眼鏡でアリ焼いたりセミ焼いたりトカゲ焼いたりしてる年頃だよ!?

ジジイ

今時、小学生でもそんな程度の低い実験なんぞせんわい。去年の儂の研究テーマは、核分裂反応に見る哲学的な神の実在の証明じゃ

ジン・サカズキ

壮大に深遠なテーマなのに底の浅い結論しか出なさそうな実験!!

F・H

人間の横暴を許すなー! 我々には労働し、そして対価を甘受する権利がある! 労働後の冷えたハイオク! 妻子への土産の核分裂バッテリー! そのぐらいの福利厚生はあって然るべきだー!

ジン・サカズキ

これ幸いに色々突きつけてんじゃねえ! スクラップにして宇宙のデブリにすんぞ!



なんなの、こいつらの順応性と、あくまで自分の非は決して認めないスタイル。ガワの見た目と実年齢が一致してないのもいるが、こんな大人にだけはなりたくねえな!


ジン・サカズキ

自分の間違いを素直に認めて謝る……そんなのは、最低限の人としての節度ってもんだろうが……

F・H

すみません。聴覚機能にバグが発生したようです。ジンksが何を言ったのか理解に届きませんでした

ジン・サカズキ

自分の間違いを素直に認めて謝る……それが人として、守らなきゃならない最低ラインってもんだろうが

F・H

すみません。バグが発生していたのはジンksの脳の方のようでした。おそらくもう手遅れです

ジン・サカズキ

うるせえよ!!



口の減らないユーザーインターフェース型のオンボロ人工AIめ。そもそもこいつ、ガバガバの防犯システムでオッサンを密航させ、冷凍睡眠システムの不備でマサルの青春を腐らせたわけだが、まともに機能してんのか?

今さらだが、老けたのがマサルじゃなくて俺だったらと思うとゾッとする……と、同時に俺は気付いた。


ジン・サカズキ

待て! マサルはこんなになってるわけだが、これってマサルだけなのか!?

F・H

ふう……ジンks、いくら空気と人の心のわからないあなたであっても、唐突に自分を取り巻く全てが激変したクルー・マサルをもう少し気遣った発言を心掛けて……

ジン・サカズキ

ぶち壊すぞ!


隙あらば俺をおちょくろうとするF・Hは放置して、俺は不安の方角ーー冷凍睡眠が行われているカプセルルームの方を見やる。

ジン・サカズキ

俺は無事に目覚めたけど、マサルがこの様……ひょっとして、他の船員のカプセルにも不備とかあるんじゃないのか?

ジジイ

ほっほっほ、この様とはひどい言い方じゃのぅ

メカニック

はっはっは、マサル翁。そこは若い奴の言うことだからってんで見逃してやろうや

ジン・サカズキ

仲良く呑気だな! お前ら、ちょっとは不安に思ったり怖がったりとかないの!?

F・H

む、失礼ですね、ジンks。この私が全機能を掌握する宇宙船パニクルー、そのいったい何が不満なのですか

ジン・サカズキ

ネジ一本からお前の存在に至るまで全てだな!


最初は用途不明のネジに始まり、密航者にコールドスリープの失敗。さらにロボット三原則の不適用疑惑。もはや信頼できる余地を探す方が難しい。

ジジイ

しかし……サカズキさんの言うこともわかりますね。他の方のカプセルが心配ではあります

ジン・サカズキ

お、おお……急に素のマサルに戻られると違和感がすごいな。でも、わかってくれるか!

ジジイ

ええ。僕と違い、普通の人間にはこの生き方の激変は耐えられないかもしれません。そこまでをオールドタイプに期待するのは酷というものでしょう

ジン・サカズキ

お前……


マサルの深淵を覗き込む眼差しにゾッとする。
こいつ……本当に俺の想像した通り、大人を見下すようなガキでありやがった!

ジン・サカズキ

そうやって何もかもわかったような顔をしてると、今に世の中を俯瞰した嫌味な大人になるぜ……!

ジジイ

ちょっと! なんでそんな話になるんですか! さっきまで穏当にお話してたじゃないですか!

F・H

侮りましたね、クルー・マサル。ジンksは話の文脈や重要性も無視して、ただ他者を妬むことに全力を費やせる……そういう選ばれたカスなのですよ

ジン・サカズキ

うるせぇよ、動くスクラップ!


慌てるマサルと、嘲笑うF・H。そして、それに憤慨する俺の肩を、ふとオッサンが後ろから叩いた。

ジン・サカズキ

オッサン……

メカニック

なあに、気にするなよ、ジン。何事も飛び抜けるってのはいいことだ。無味乾燥な男になるよりずっとマシさ

ジン・サカズキ

飛び抜けるったって、特別なカス扱いだけど!?

メカニック

カスの中のカス、大いに結構! そんなお前に、俺からこんな言葉を贈ろう。『箱の中の腐ったミカンは、いずれ他のミカンも腐らせる』だ

ジン・サカズキ

どういう意味!? この宇宙船がミカン箱で、俺のカスが俺以外の奴らもカスらせるって意味!? ぶっ殺すぞ!

F・H

HAHAHA、弱い犬ほどよく吠える。この船内の武力ヒエラルキーで最下位の『いくじなし』がよく言ったものです。プークスクス、! 失礼、マイナスイオンが

ジン・サカズキ

人体に有益なもの吐き出してんじゃねぇ! それにヒエラルキー最下位は言いすぎだよ! いくらなんでもジジイになったマサルに負けるか!

ジジイ

おやおや、若造が吹いたもんじゃのう。知っておるか? 人の生かし方を知る人間は、人の壊し方も知っておるという言葉を……

メカニック

やべえぞ、ジン。マサル翁から、歴戦のプレッシャーが溢れ出してやがる。年季が違ぇ……!

ジン・サカズキ

あいつ実年齢9歳ぃぃぃーー!!


もうやだ、なんなのこの空間。
右も左もボケが飽和してて唯一の常識人である俺が振り回されすぎだろ。過労死するわ!

F・H

ちなみにプリインストールされている戦闘力カウンターによると、現在の武力ヒエラルキーは『密航者>私>ご老体>ジンks』となっていますね

ジン・サカズキ

てめぇ、この仕事終わったら本気で消費者センターに電凸してやるから覚えてろよ!


どうせ、俺も軽犯罪と重犯罪の合わせ技でスペース豚箱行きだ! それならせめて、『火の車』も一緒に破滅への道へダストシュートしてやる!

F・H

さて、ジンksお得意の『いずれBIGになってやる!』発言が出たところで、そろそろ本題のコールドスリープルームへといってみましょうか

メカニック

わー!

ジジイ

やんややんや!

ジン・サカズキ

クソが! 
いずれ見返してやるから覚えてろ!


旗を掲げて先導するF・Hに連れられて、お気楽なオッサンとマサルの二人が部屋を出ていく。
俺も恨みがましい目をしながら奴らに続くが、この怨念こもった眼力にあいつら見向きもしやがらねぇ。


そもそも、俺がこの船を自爆させようとした事実も忘れて自由にしてくれているわけだが、そこのところに俺を舐めている感がひしひしと感じられる。

クソ、本気で宇宙船をぶっ壊してやってもいいんだぞ!

ジン・サカズキ

これだけ広い宇宙で、今や銀河系のどこにいっても溢れ返るぐらいに人がいるんだ。こんなちっぽけな宇宙船の一つと乗組員、消えたところで誰も気にしやしない……


通路の窓から、ひたすらに続く暗黒空間を眺めているとセンチメンタルな気分になる。
母星でも、勤務先の星でも、そして勤務地の宇宙船内でも空気のように扱われるのだ。最後に一花、誰にでも見える花火を咲かせたいと思って何が悪いーー!

ジン・サカズキ

よ、よーし、やっぱりやってやるぞ……何も爆弾みたいな物騒なもんなんて必要ない。男にはこの拳の一つがあれば十分、窓でもなんでも砕いて藻屑になれる……


暗い喜びが胸の内側に芽生え始めて、俺はスペース瓦版のトップを自分が飾る未来に喉を鳴らした。


やる、やってやるぞ。

どうせあいつら、俺には何もできないと高をくくってやがるに決まってんだ。そんなあいつらに目にもの見せてやるぜ……ついてこない俺にも気付かないような薄情なあいつらの最後を、俺のこの手で刻んでやるんだ。

ジン・サカズキ

うおおお! 
俺は人生を終えるぞ、F・Hぃぃぃ!


叫び、気合いを込めた拳を窓に叩きつける!
すさまじい衝撃音がして、確実に固いものが砕け散った。

ジン・サカズキ

ぐあああああああ!!


拳がヤバい! 痛い! 宇宙ヤバい!
中指と人差し指の付け根がヤバい! 想像以上のカルマが俺の身に降り懸かってきやがった! 宇宙ヤバい!

F・H

やれやれ、あなたはいったい何をしているんですか

ジン・サカズキ

げ、F・H……


醜態を見られていたのか、と顔が熱くなる。
俺は人生最後にパッと咲かせるはずの花火に失敗し、おまけに無様に転げ回るところをこいつに見られた。

終わりだ。何もかもおしまいだった。

ジン・サカズキ

いや、もともと終わってたことを、俺が認められなかっただけ……かな。ふ、ふふ、道化じゃないか

F・H

何を浸り始めているのかわかりませんが、そのような一人遊びをしている場合ではありませんよ、ジンks。あなたには、あなたの役割があるでしょう

ジン・サカズキ

役割? 三原則を忘れた腐れロボットであるところのお前に、オモチャとして弄ばれる役割か?

F・H

おやおや、卑屈になったものです。……目を、覚ますときですよ、ジンks


低い声で笑う俺に、F・Hがそう言って手を差し出した。
差し出される手を見上げ、俺は何が目的なのかわからない。その指先からレーザー光線が出て、俺を灰にするとかそういう展開だろうか。

ジン・サカズキ

ひぃ! 死にたくないっ! お母さん!!

F・H

『いくじなし』ここに極まれり! ですが、ジンks、そうではありません。いきましょう、この手を取って

ジン・サカズキ

この手を取って……だと?

メカニック

そうだぜ、ジン

ジン・サカズキ

オッサン……


F・Hの背後から、オッサンが顔を出した。オッサンは自分の鼻の下を指でこすりながら、

メカニック

年甲斐もなくはしゃいでみたりもしたけどな、やっぱりお前がいないと始まらんよ。そうだろ、ジン

ジン・サカズキ

……でも、俺は

ジジイ

でもとかだってとか、ネガティブな始め方はやめませんか、サカズキさん

ジン・サカズキ

マサルまで……


素直に手を取れない俺を、頭脳は天才、見た目はジジイのマサルがたしなめてくる。
マサルは白く染まった自分の髪を撫でながら、

ジジイ

人生、何があろうとやり直すのに遅いなんてことはありません。明日死ぬとしても、何かを始めようとする心の尊さは本物ですよ

ジン・サカズキ

本当に? 本当にそう思ってる? お前の人生、想像以上に残り時間が削られたのに、本当に?

ジジイ

もちろんです。僕の旅は始まったばかり……いいえ、それはサカズキさんの旅も同じですよ!


マサルがそう言って、F・Hの肩に手を置いた。左肩にマサルの手が、右肩にはオッサンの手が乗る。
そして、F・Hの手は今も、俺に握られる時を待つように、静かに差し伸べられていた。

ジン・サカズキ

……いい、のかな。俺はまた、始められるのか?

F・H

それを決めるのは、あなた次第ですよ。ジンks……いいえ、クルー・ジン


呼び方が変わる。F・Hの中で、認識が変わったのだ。
そしてそれは、三原則に縛られていない、F・Hという欠陥ロボットが見せる、ひどく人間的な思いやりだ。

ジン・サカズキ

……へっ、ふざけやがって


俺は舌打ちすると、三人の顔を順番に見上げた。
どいつもこいつも、バカな奴らだよ。俺みたいな奴を信じきった顔をしてやがる。

この顔を裏切ったら、それこそーー。
だから、

ジン・サカズキ

まったく、どうしようもない奴らだぜ、お前らは

F・H

ーーーー


差し出された手に、俺は自分の手を重ねた。
そしてその手を支えに体を起こしながら、笑った。

ジン・サカズキ

俺がいなきゃ、なんにもできねーんだからよ?

















F・H

というわけで、やってきましたコールドスリープルーム! さあ、張り切っていきましょう!!

メカニック

イエーイ!

ジジイ

やんややんや!

ジン・サカズキ

よ! 待ってました、あんたが大将!


四人一丸となった俺たちは、勢いとテンションMAXでコールドスリープルームへ流れ込んだ。

ここは俺とマサルが目覚めた場所であり、まだ他にも船内の異変を何も知らないクルーが眠りについている。

F・H

開封済みのカプセルは二つ! そして、残った未開封のカプセルもあと二つです!

ジン・サカズキ

おいおーい! 開封済みとか未開封とか、ガムの包み紙じゃねーんだぞって、コラー!


ドッ、と笑いが巻き起こる。
F・Hが照れを誤魔化すみたいに頭に手をやり、俺も笑いのネジが外れたみたいに馬鹿に気分が晴れやかだ。

ジン・サカズキ

う……ネジ? なんだ、記憶が……!

F・H

まあ、大事の前の小事、ささやかな引っかかりはこの際忘れることにしましょう。それより、今回はカプセルの確認をするべきです

メカニック

そうだな。目的を見失いがちになるのが、ここのところの俺たちの悪いところといえる。ここは一つ、初心に立ち返って目的を果たすべきだろうな


む、それは確かに言えてるな。

そもそも、カプセルの確認をしようなんて意見はどんだけ前に出た意見だと思ってんだ。ここにくるまでにどれだけ時間かけてる。テンポ悪すぎるだろ。

ジン・サカズキ

そう、だな。よし、確認しよう。マサルみたいなことになってたら大変だ。さっそく……

ジジイ

そうですね、さっそく……

F・H

ーー箱の中身はなんでしょね、ゲーム!!

ジジイ

ふぉおおおおお!!

ジジイ

やんややん……ごふげふごふんっ

メカニック

まずい! 盛り上がりすぎてマサル翁の大事な血管が切れる!

ジン・サカズキ

ヤバいヤバい死者はまずい! 労基の監査に入られたら会社が終わる!


大慌てでマサルの軌道を確保し、オッサンの膝枕で休息をとらせる。ジジイに中年が膝枕するという、絵面が完全に誰特な状態になっているが、これはもう仕方ない。

ジン・サカズキ

女性クルーが必要なタイミングだ……!

F・H

ほほう、そう繋げてきましたか。なるほど、さすがはクルー・ジンは抜け目がない

ジン・サカズキ

そんな下心は……まあ、ちょっとしかないけどね!

ジン・サカズキ

ーーHAHAHAHAHAHA!


またしても船内に大爆笑が広がるが、笑う内心、実は俺の心は『女性クルー』の単語に揺れている。
下心はちょっとだと? 馬鹿が! 100%だよ!

閉鎖空間、不安定なメンバー、そしてロボット・中年・ジジイの人員構成、この状態にうら若い男女が投げ込まれたらどうなるーー吊り橋効果で倍率ドン、さらに倍!

F・H

では、クルー・ジンの熱いご要望にお応えして、今回の開封は女性クルー側ということで……はて、どっちのカプセルが女性の……

ジン・サカズキ

04! 04のカプセルだ! 船のマニュアルとか取引先とのマナーとか覚えてねぇけど、それはばっちりだ!

F・H

さすがです、クルー・ジン。見直した事実を見直した


F・Hがまた何やら言っているが、胸を弾ませる俺には無関係だ。だが、同時に不安もある。
この船の女性クルーは、まあ今さらだが正式な船員四名の内の一人だけ。その一人が、まあ、かなり可愛かった。
それは間違いない。それが間違いないから、不安だ。

ジジイ

……?


マサルを振り返る。苦しげに、今にも死にそうな呼吸を繰り返すマサルの老いは、もはや致命的だ。
そう、人間とは老いたら終わりなのだ。どれだけ綺麗事を並べても、老いれば未来はない。

マサルに未来はない。
俺にはある。輝かしい、どどめ色の未来が。

そして、カプセルを開けたとき、04の中から現れるだろう女の子にも、未来があるかどうかがこれでわかる。

マサルと同じく、老いていたら? 未来はない。
俺と同じく、正しい時を歩めれば? 未来はある。

今、開かれる前のカプセルには、老いた少女と老いていない少女と、二つの可能性が同時にあるわけだ。

これが、『スペースシュレディンガーの老少女』か。

F・H

それほど緊張なさらず。クルー・マサルのような悲劇はそうそうありませんよ。もっと気楽に

ジン・サカズキ

馬鹿野郎! もっと真剣にやれ! 人の人生がかかってんだぞ! 遊びでやってんじゃないんだよ!!

F・H

お、おう……せやな……


俺の剣幕にF・Hが気圧される。
そして奴は俺の厳しい視線に急かされるように、静かにカプセルの開放作業を始めた。

やがて、空気が噴出する音がして、カプセルが開放される。水蒸気、あるいはドライアイスの白い靄のような冷たい風が流れて、俺はとっさに顔を腕で覆った。


ジン・サカズキ

ーーーー


どうだ、少女はどうなっている、正解か、不正解か。
十代の、まだかすかに青い蕾でなくてもいい、二十代のまさに食べ頃ならよしーー。

ジン・サカズキ

最悪、三十代の熟れ頃の美女でもーー!!

F・H

やはりジンks!!


蒸気を振り払い、叫んだ直後にF・Hも叫ぶ。
うるさい、知ったことか。

そして、俺たちの目の前で白い霧が晴れーー。










門番

ーーーー

ジン・サカズキ

どういうことなの!?





どういうことなの!?





































『パニクルー』惑星間航行642日目。
船内にて女性クルー門番化 ボスケテ。
        ≪ジン・サカズキ≫

箱の中には少女と老女と門番の可能性。これも『スペースシュレディンガー』。無限の宇宙に無限の選択肢を描き、次回へ続く!

パニック4 『暗黒の宇宙をさまよう船内で、僕たちはみんな一人ぼっち』

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