◆ 緋色のガーネット
◆ 緋色のガーネット
その日も俺は体育の授業中、倒れて保健室へ担ぎ込まれた。太陽が、自分の体質が恨めしい。いっそヴァンパイアらしく灰になるとかなら、こんな人間に混ざって学校へ行く事なんてなく、夜間に集中して爺さん捜しができるというのに。
すっかり慣れてしまった学校も、最初は面白いと感じていた授業などもあったのに、またつまらなく感じるようになっていた。これじゃいけないと心機一転しようとした矢先にこれだ。本気で自分の体質が恨めしい。
いつもの嫌な消毒液の臭いを嗅ぎながら、俺はベッドから体を起こした。すると保健室の住人、桐原がそっとカーテンを開けてこっちを見ていた。
よう、桐原
こくりと頷く桐原。
あのさ。いつまでも自分の殻に閉じこもってないで、教室に出てくれば? 例えば一時間だけでもさ
俺なりの譲歩案を出しつつ、先日と同じ問い掛けをする俺。いつもはここで桐原は、ふるふると頭を振って拒否するんだが、今日は変化があった。
……き、急に教室に戻って……変な顔されたりしないかな?
お? 桐原の心境に変化か?
そんな事ないと思うけど
俺が一緒に付き添えば、桐原も帰ってきやすくなると思うんだがどうだろうか? それとも一人の方がいいのかな?
桐原はたっぷりと考えこみ、小さく頷いた。
……あなたが言うなら、一時間だけ……
本当に?
ええ
俺は嬉しくなり、急いでベッドを降りて桐原に駆け寄った。
じゃあ一緒に教室に帰ろう! 早く!
ま、待って。深呼吸してから……
桐原は少し赤い顔をして、胸に手を置いて深呼吸した。そして意を決したようにコクリと頷く。
桐原が教室にやってくる。それだけで俺は浮かれていた。
今まで頑なだった桐原が、勇気を振り絞って戻ってきてくれるんだと思うと、俺も胸の中がぐっと熱くなった。たとえ一時間だけでも、桐原と一緒に授業を受けられるという事が嬉しかったんだ。
よし、もう心の準備はいいな? 早く教室に帰ろう!
俺は桐原を伴って小躍りしたいのをぐっと抑えて教室へと戻った。
おかえり、ダミルアく……え?
桐原さん?
教室に俺と桐原が入るなり、クラスメイトたちを異様な空気が包んだ。なぜ桐原が俺と一緒にいるのか。そういった無言の圧力を受ける。
気の弱い桐原は萎縮し、俺の背後に隠れてしまう。そして逃げ出そうとしたため、俺は急いで彼女の腕を掴んだ。
いつまでも逃げてたくないんだろ?
桐原は俯き、唇を噛む。やはりまだ、心のわだかまりは強く残っているんだろう。
みんなが疎ましいと思うから。桐原はそう言って、自分から教室を離れていった。だけどそれじゃいつまで経ってもダメだ。クラスのみんなだって、いつまでも桐原を特別視するのはよくない。
ここは俺が動かなくちゃいけない。
みんな。桐原は自分でクラスに帰って来たいって言ったんだ。なんでそんなに桐原を避けようとするんだよ? 桐原が何かしたか? 桐原はそんな奴じゃないだろ! みんなだって、そんなに桐原を傷付けたいのか?
俺が強く言うと、学級委員をしている女が一歩踏み出した。
……あの……桐原さん、ごめんね。突然だったからみんなも驚いたの。誰も桐原さんを傷つけたいとは思ってないから
桐原、ごめんな
桐原さん。ごめんなさい。謝るわ
学級委員のひと声で、クラスを包んでいた負の感情が薄れ、振り払われた。そして徐々に桐原を受け入れる空気へと変わっていった。
だれも桐原を疎んじてなんていなかった。それは桐原の弱い心が見せていた幻だったんだ。
誰だって失敗するし、自分を追い詰めてしまう時もある。桐原は人一倍敏感に、そういった負の感情を受け止めてしまっただけなんだ。桐原だって教室に戻ってきたかったんだ。
桐原も嬉しいのか、ポッと頬を赤らめ、俺を見上げる。俺は頷いた。
桐原。勇気出せて良かったな
……うん。ありがとう
桐原は一歩教室へと入り、ふっと息を吐き出して胸を撫で下ろした。
一時間だけなんて言わない。桐原はきっともう大丈夫だ。クラスのみんなが受け止めてくれる。
俺もホッとし、自分の席へ戻ってさっと制服に着替えた。