アールグレイの香りがほのかに鼻腔を刺激する。



食後のティータイムは僕にとって欠かせない時間のうちの一つだ。

いつもはこの広間で誰にも邪魔されることなく茶葉の味を楽しむことができるのだが、今日は残念ながら余計なオマケが二人もいる。

どうでもいいが、そういう話は僕のいないところでするか、二度と口にしないと誓いを立てるかしてほしい。

僕のカップの中身の減り具合よりも、いかにして日頃の不満を晴らすかに執着しているメイドに、僕は眉間に深い皺を刻む。



大体この不審者とうちのメイドはいつの間に結託し始めたのか。

男は相変わらず動きづらそうに白銀の鎧をガシャガシャいわせている。

僕は少し考えてから、コホンとひとつ咳払いをした。

やいのやいの騒いでいたアーニャとシドが、口をつぐんでこちらを見る。

僕は残り少ないカップの中身を口に含みながら、奴の顔を見ずに言った。

僕の真意を察したのか、シドが目を剥きながら息を呑む。

少し迷う素振りをみせたので、僕はその間そっぽを向いて黙っていた。

この程度で揺らいでしまうような決意の話なら、僕は別に聞きたくなど無いのだ。

――スーダの町。はるか東にあるという、山間ののどかな農村だと書物で読んだことがある。

シドはそこまで言うと一旦口を閉ざして、机の上に置いた拳を握り締める。

何かにじっと耐えるような、そんな表情をしていた。

シドの拳は小刻みに震えている。

彼の方を見なくても、その目がこちらに向けられていることがわかった。

それくらい強い、意思をもった視線だ。

そう言うと、シドは机に額をぶつけながら、僕に向かって頭を下げた。

僕は何も答えない。
シドの顔を見ることもない。

――それでも彼は頭を下げ続ける。

シドの訴えを最後に、広間には重い沈黙が立ち込めた。

時計の秒針だけが、カチリコチリと耳障りな音をたてている。





――アーニャは縋るような瞳でこちらを見ていた。

何故かって、そんなことわかりきっている。

僕がこいつの願いを聞き入れることなど有り得ないと、彼女自身が一番よく知っているのだ。

僕は重々しく口を開いた。

その言葉ひとつひとつを、僕は力強く発音する。

シドの表情がどんよりと曇るのを視界の端で認めながら、僕は言葉を続けた。

そう言って僕は静かに席を立った。

力なく項垂れているシドがどんな顔をしているのか、今の僕にはわからない。
知る必要もない。

ゆったりとした歩調で広間を後にした僕は、自室へと向かう階段を上がる。



ゆらりゆらりと蝋燭の炎が揺れる中、騒々しい足音が背中の方から僕を追いかけてくる。

聞きなれたその音を僕が間違える筈もない。

ハァハァと呼吸を乱したアーニャが僕に追いついて、咎めるような視線を向けてきた。

僕の言外の言葉を感じ取ったのか、アーニャは下唇をきゅっと噛み締め、下を向いてしまう。

彼女だってわかっているのだ。

自分がどんなに聞き分けの無いことを言っているのか。



僕は暫く悔しそうな召使の顔を見下ろした後、くるりと彼女に背を向けた。

蝋燭の炎はか細く揺らぎながら、僕たちの距離を仄かな明かりで照らしている。

察しの悪いメイドの為に、懇切丁寧に言葉を尽くして教えてやる。

その言葉を聞いて、アーニャははっと息を呑んだ。

僕はアーニャにそれ以上何かを言われるのが面倒臭いので、足早に自室へと向かう。



背中の方からは無駄に元気を取り戻したメイドが、

とやかましい声をあげているのが微かに聞こえてきて、僕は大きな溜め息をついた。