狼を食し、腹も膨れた勇者たち一行は森の中に足を踏み入れた。

勇者

うーん。

その勇者の顔が珍しく曇っていた。

どうしました?

こちらも珍しく勇者たち一行に付いて来れている姫が声をかけた。

勇者

道がわからん。

なんでそんな大事なことをもっと早く言わないんですか!

本当に珍しく姫が正論を言っている。

あなたは勇者でしょう!仲間を危険に合わせるようなことしてどうするんですか!

仲間にこの姫は偽物なのではないかと緊張が走った。

そんなわけないでしょう!

勇者

大丈夫だよ、姫。
こういうときのために仲間がいるんじゃないか。

姫が半狂乱になっても冷静に状況を打破できる。
勇者の勇者たるゆえんである。

半狂乱になんかなってません!

私はなにも知らない。

勇者

魔法使い。
お前なんかいいもの持ってないか?

魔法使い

んー?

魔法使い

そうだねー。

マントの中をごそごそと漁る魔法使い。
彼女は旅に出るまで、魔法を用いて薬や道具などを開発していた。

魔法使い

あ、これは使えるかも。

そういうと魔法使いは一つのビンを取り出した。

なんですかそれは?

魔法使い

姫。喉渇いてない?

え?まあ、さっきお肉を食べたので少しは。

魔法使い

じゃあこれをどうぞ。

魔法使いはビンの蓋を開けると姫の口の中に突っ込んだ。

んぐぅ!?

ゴクリッ

魔法使い

飲んだね?

けほっけほっ。

急に何するんです!それと一体何を飲ませたんですか!

魔法使い

大丈夫大丈夫、毒とかそういうのじゃないから。

当たり前じゃないですか!

ってあれ?

相変わらずうるさく怒鳴っている姫は突然きょろきょろと周りを見回しだした。

勇者

姫?どうかしたのか?

い、いえ…。
なにか森の奥のほうまで見えるように…。

魔法使い

ぱんぱかぱーん!だーいせーこー!

両手を上げて万歳する魔法使い。姫にはない無邪気さだった。

勇者

どういうことだ?

魔法使い

さっきのはあたしが作った遠目の薬。
一時的にうっすーい千里眼みたいな効果が発揮できるの。

すごいですね…森を抜けた先の村まで見えます。

こんな薬があるならはじめから使えばよかったじゃないですか。

魔法使い

それがそうもいかないんだよね。

なぜですか?

魔法使い

この薬、目の機能を格段に上げてくれるんだけどさ。

魔法使い

副作用として他の五感が著しく低下しちゃうんだよ。

そんなもの飲ませないでください!

魔法使い

仕方ないよ。姫以外に飲ませるわけにはいかないからね。

…え?なんて言ったんですか。

副作用が出始めたらしく、姫の聴覚がまるで老婆のように低下してしまったようだった。

魔法使い

あーあ、こうなるとコミュニケーションとるの難しくてやなんだよ。

もしかしてほんとに副作用がでてるんですか。

コクリと魔法使いはうなずく。

なんとかしてくださいよ!

魔法使い

うるさいなー。耳が聞こえづらくなってるからいつも以上に声がでかくなってるのわからないのかなー。

魔法使いはうるさそうに顔をしかめると、指を5本立てた。

5分間という意味ですか?

コクリとうなずく魔法使い。

よかったー。ずっとこのままなのかと思っちゃいましたよ。

心底安心したようだ。
頭の弱い姫はなぜ自分が飲まなければならなかったのかという理由についてはどうでもよくなったようだ。

勇者

魔法使い、あの薬なんで姫に飲ませたんだ?

当然のごとく勇者は聞く。

魔法使い

戦えないのが姫だけだから。

魔法使い

いつ魔物が襲ってくるのかわからない状況で、目以外の五感を捨てるのは自殺行為以外の何物でもないからねー。

勇者

なるほどな、お前のなりに考えがあってのことだったんだな。

魔法使い

まあ、効果の程がリアクションで一番わかりやすいって言うのもあったけどねー。

そして、5分が経過した。

勇者

わー!

うるさいですよ!ちゃんと聞こえてます!

魔法使い

それはよかった。ちなみに目は?

もう見えませんね。薬を飲む前に戻りました。

魔法使い

そう、よかった。

魔法使い

無理やり機能を上げてるから最悪失明の可能性もあったけど元に戻るんだ。よしよし。

勇者

よーし、じゃあ姫。先行して道案内してくれ。

え?

勇者

姫しか見えてないからオレ達は道がわからないままなんだよ。

………。

魔法使い

…もしかして忘れたの?

…はい。

旅が始まって唯一と言っていいほどの見せ場を、お約束のように棒に振った役立たずの姫はうなだれるように言った。

いくらなんでも言いすぎじゃありませんか!

私はなにも知らない。

で、でも、村があった方角は覚えてます。あっちのほうです。

勇者

ま、そこを目指すしかないか。

勇者

よーし、じゃあ村を目指して出発するぞー。

こうして、役立たずの姫と有能な魔法使いを連れた勇者たち一行は森の中を進んで行くのであった。

pagetop