噂話というのは、いつだって千里を掛けるものだ。

連合王国の議会で、『慎重な審議』のため時間を持て余している貴族らにとって、耳に飛び込んでくる情勢というのはいつだって面白おかしく膨らんでいく。

貴族議員

お聞き遊ばされましたか? 涙なしには語れぬレツィーナ殿下と将兵の悲劇を。

貴族議員

ああ、無論の事ですとも。……選帝侯は君主とも思えませぬな。

ルルム選帝侯が、『捕虜』となった将兵どころか自身の『第一継承者』にさえ身代金を渋る。

貴族議員

聞きましたとも。捕虜となった兵士らの為には『鐚銭一文』だって支払いたくないと断言したとか。

『貴族』にとって、それは『君主』の努めの放棄に他ならない。

……君臣契約の基本である奉公と保護。

保護が提供されないとき、どうして、名誉ある貴族が『奉公』という義務を期待されることだろうか?

貴族議員

レツィーナ姫殿下は、それを恥じて自分の処刑と引き換えに将兵の解放を願ったと聞きましたぞ。

貴族議員

しかし奇妙ですな。レツィーナ殿下とて、私財が多少はおありになるのでは?

貴族議員

いやいや、待っていただきたい! 私は真実を知っているぞ!

そして、何より貴族たちを激昂させる事実。

貴族議員

真実?

貴族議員

ルルム商人らから聞き出したんだ。


いいか、と前置きしたある議員が語り出すのは『真実』だ。

……出所は、定かでないが。

貴族議員

……なんてことだ!

ルルム選帝侯領ではなく、『レツィーナ・ルルム第一公女』名義で『借金』が行われているという『事実』。

だが、一国が起こす軍事行動の費用を『私財』で賄うなど『論外』だ。

レフポラン連合王国の金翼騎士団に言わせれば、議会とて『同じ穴の狢』だが、とかく人間というのは他人の欠点を責めるときは色々な物を心で棚上げにするのである。

貴族議員

ルルム選帝侯は、借金まで公女殿下に押し付けたのか!?

貴族議員

レツィーナ殿下が、あまりにも不憫だ!

道徳家と化した議員らの嘆き。

貴族議員

前線の百翼長が仁義に悖ると躊躇って、議会に急報するのも道理ですぞ。

貴族議員

これがルルム選帝侯の現状なのか……。

あまりにもお粗末ですな。名誉と道理を知らぬと見える。

実に道徳的に嘆かわしいとばかりに嘆いてみせる彼ら貴族議員とて、『だから自分の私財を投じよう』という口は一言も出さない。

だが、同情し、哀れむだけならば『それこそタダ』だ。

……タダより高いものもないのだが。

金翼騎士

ご報告いたします! オストラバ子爵より急使であります!

その訪問は、まさに、絶妙なタイミングであった。

急使? 何事だ。

議事進行役の議長が、前線からの一報かと迂闊にも発言を許す。

金翼騎士

レツィーナ姫殿下より、連合王国への『加盟申請』と『ルルム選帝侯』への出兵依頼です!

議長

なっ、なんだと!?

そんな情報をここにぶちまければ、と言葉を失う議長。

『加盟申請』と『出兵依頼』

その二つが、まるで砂漠に染み込む水のように議会へ染み渡っていく。

貴族議員らの脳裏に浮かぶのは単純な図式。

貴族議員

(……借金まみれで首の回らぬ領地、そして『公位継承権第一位』は我々の手元に?)

ある者は、『領地』を。

貴族議員

(支援の見返りに領地を。ああ、いや、権益や称号、名誉の類も間違いなく手に入る!)

ある者は、名誉を。

議長

(だが、金はかかるぞ? そこをつけば……放置させられる? しかし、……家を継げない次男、三男を抱えた他所が手を出すのは……あきらかだ。いかん、議会が荒れる!?)

一事休会をと叫びかけた議長は、しかし、遅かった。

皮算用が済むのは、まさに、一瞬のことであったのだ。

出兵だ!

勝ち馬に乗るならば、まさに、ここ。

誰かが叫んだ瞬間、その声は議場狭しとばかりに轟き始める。

出兵だ! 義の兵を出すぞ!

議長

議員諸氏! 静粛に、静粛に!

冷静さを保つ議長が、違和感から声を張り上げるも既に時遅し。

貴族議員

異議あり! 義を見て立たざると!?

議長

事が事です、慎重な審議が必要不可欠でしょう!

貴族議員

西方の安全を確保し、北方に立ち向かう! 何故、躊躇うのか!

議長

ルルム選帝侯領の連合王国加盟審議は、事前審査も始まっていない!


事を急ぐべきでは、と続けかけた言葉は満場の怒号にかき消されていた。

出兵だ! 兵を出せ!

貴族議員

結構! ならば、我々は市民的自由を行使する!

貴族議員

党派を設立するぞ! ルルム選帝侯領の加盟に賛成の諸侯はご起立願いたい!

貴族議員

賛成! 賛成!

首都からの知らせ。

受け取ったなり、アルトゥル・オストラバ百翼長は我がこと成れりとばかりにほくそ笑む。

アルトゥル・オストラバ

首都の連中め、『儲かる』と『思った』瞬間にこれだ。

散々に渋っていたはずの予算と、兵力の増派。

……分かりやすくて実に素敵であった。

アルトゥル・オストラバ

しかし、予想よりも随分と議員の熱狂度合いが早い。さては……元帥閣下の仕込みだな?

読まれていた、と嘆くべきか。まだまだ、甘いと苦笑するべきか……。

メリッサ・クラリス

あのー、結局それで、何で私は呼ばれているんでしょうか?

アルトゥル・オストラバ

ああ、それは『朗報』を公女殿下にお届けするのだから、顔見知りが多いほうが喜びを分かち合えると思ってね。

他意は特にないのだけど。

メリッサ・クラリス

うわぁ……。これ、絶対、なにかあるでしょ。

メリッサ・クラリス

って朗報、ですか?

ああ、勿論だよと微笑みアルトゥルは軟禁しているレツィーナの元へそれこそワルツを踊らんばかりに軽やかな足取りで向かう。


……戦費がやっと手に入ると思えば彼としては無理なからぬところである。

あるのだが……。

メリッサ・クラリス

……うわっ、最悪。

これ、何やらかすつもりなのかしら?

アルトゥル・オストラバ

おめでとうございます、公女殿下。

レツィーナ・ルルム

はい?

アルトゥル・オストラバ

公女殿下より申請のありました、『連合王国』への救援要請ですが……先だって議会により認められたとのこと。

レツィーナ・ルルム

なにを……。


言っているのですか、と口に仕掛けた瞬間にレツィーナはふとオストラバ百翼長の手が腰の剣に伸びていることに気が付く。

アルトゥル・オストラバ

僭越ながら姫殿下の高潔な振る舞い、人臣に対する情け深い思いやりに我が連合王国議会も頼むところ大であったのでしょう。

穏やかな口調。

穏やかな物腰。

だが、目は笑っていない。

アルトゥル・オストラバ

公女殿下より『取次』を依頼されていた『ルルム選帝侯』への出兵依頼は議会において承認されました。

そして、告げられるのは『名前』が使われたという事後承諾を求める言葉。

メリッサ・クラリス

うわぁ……。やらかすとは思っていたけど、これって、これって……。

傍で聞いて居ればこそ、悪辣さが分かるというものだった。

捕虜として、散々持ち上げた奇妙な『お芝居』も『仕込み』だったのだと今ならば分かる。

……茶番劇なんかじゃない。確かに、『意味』のある劇だった。

アルトゥル・オストラバ

まことに遺憾ながら『ルルム選帝侯領の連合王国加盟』については留保されております。


さて、と言葉を継いだ男の微笑み。

アルトゥル・オストラバ

レツィーナ公女殿下、何かご不明点がございますか?

レツィーナ・ルルム

…………何時、誰がそんなことを頼みました?

アルトゥル・オストラバ

先だって、殿下より私がすべてを請け負いました際に。

レツィーナ・ルルム

百翼長。私が、ぶちまけないと思っているのですか?

メリッサ・クラリス

そっか、そりゃそうよね。

自分がそんなことを言ってないって姫様がぶちまけちゃえば、こいつ、終わりじゃないの?

が、問われた方にしてみればそれこそ『予想外』とばかりにぽかんとした後に、全く呆れ果てたような口調で言葉を続けていた。

アルトゥル・オストラバ

は? ……臓物をぶちまけたいご趣味でもおありですか?

あれは、苦しいらしいですが。

平然と続けると男の口調は食事のメニューを読み上げるかのように淡々としたもの。

……だからこそ、そこに込められる意図に誤解の余地はない。

レツィーナ・ルルム

なっ!?

メリッサ・クラリス

脅迫だ。露骨に脅迫しに行ってる…。

一瞬の沈黙の後にレツィーナは辛うじて問いかける。

レツィーナ・ルルム

っ、脅迫されるわけですか。

アルトゥル・オストラバ

いえいえ、どちらかといえば『安全上の助言』です。

レツィーナ・ルルム

……あなたからの、助言?

ええ、と典雅にアルトゥルは頷いて『事実』を指摘する。

アルトゥル・オストラバ

大勢の方々から、お力添えをいただきましたからな。……誤解で、揉めることになれば私も冷汗が止まりませんよ。

レツィーナ・ルルム

大多数がかかわっている? ……動くお金も、動く物も、決して小さくない。


詰んでいるんだな、とレツィーナは小さくため息を吐く。

既に、決まりきった事実として物事が動き出していると悟れば……レツィーナの理解も早い。

自分は、精々が『大義名分』。なければ不便かもしれないが、自分が死んだところで『適当な口実』がでっち上げられるのは時間の問題だろう。

レツィーナ・ルルム

拒否権はない。……私が死んだところで、どうにかなるものでもないわね。

メリッサ・クラリス

(これ、知っちゃって抜けられるのかな……)

アルトゥル・オストラバ

及びと伺いました。

何か、私に御用でしょうか?

エリザベス・ルーヴェル

……本国議会から私を全権代表として大使に任ずるという知らせがありました。百翼長、貴方の差し金ですか?

アルトゥル・オストラバ

私の? いえ、初耳です

エリザベス・ルーヴェル

では、元帥の差し金でしょうね。まったく、貴方達ときたらとんだ詐欺師の師弟ですこと

悪い人には、悪い弟子がつくのですね、という言葉を胸中に収めつつエリザベスは疑問を口に出す。

エリザベス・ルーヴェル

本気で、『ルルム選帝侯領の連合王国加盟』などと考えているのですか?

アルトゥル・オストラバ

これはこれは。……お分かりなのでは?

当たり前のことを、当たり前に話すかのような口調。

エリザベス・ルーヴェル

この詐欺師どもときたら。

まったく、こんなときもはぐらかす。

エリザベス・ルーヴェル

ああ、なるほど。やはり、そういうことですか。

メリッサ・クラリス

そういうことって、どういうこと?

エリザベス・ルーヴェル

見せ金としての、領土と称号。大方、本国議会から予算を引き出すための方便ですね?

アルトゥル・オストラバ

いえ、勿論軍務の務めとして最善を尽くしますが?

そして、『最善を尽くしてダメでした』と口にする気だろうとは指摘しかねた。

……はぁ、と溜息が零れるとはこのことだろう。

エリザベス・ルーヴェル

過大な経費請求で、戦費をひねり出そうというのは感心しませんよ。

アルトゥル・オストラバ

……やむを得ますまい。私たちには、戦費が必要なのですから。

ああ、とアルトゥルは言葉を続ける。

アルトゥル・オストラバ

金の切れ目が、命の切れ目。やれやれ、戦争とは全く不毛なことです。

なればこそ、何処からか金策する。金翼騎士団の歴史そのものですな。では、出兵の支度がありますので私はこれで。

ご愛読、感謝です(`・ω・´)ゞ

次話更新ですが、
ちょっと今週~来週辺りがごたごたしている為
6月18日は厳しいかもしれません。

ご容赦ください。

第四話 金欠騎士団 金策大作戦Ⅳ

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