ホームルームが終わり、1時間目の授業が始まるまで10分間の休憩がある。

教室の窓際、一番後ろの席に座る僕の、前の席に座る海人は、さっそく目を輝かせながら話しかけてきた。

六本松 海人

真広!本当に可愛い子が入ってきたぞ!

甲斐 真広

う、うん。すげー美人だ

僕の席の隣のかっちんも再び会話に加わる。

宮本 勝

明知さん、なんというか、すごい目立つ子だね

六本松 海人

俺は運命の出会いをしたのかもしれねえ

海人の運命の出会いは今年に入って、もう3回はあったはずだ。

甲斐 真広

海人。行きの電車でいつも出会う、可愛い女子高生の上田さんの話はどうなったんだ

六本松 海人

それは……まあ、いいじゃねえか

宮本 勝

たしか勇気をだして声掛けたらシカトされたんだよね

六本松 海人

あ……ば、ばらしてんじゃねーよ!!

シカト……むごい。

女子高生というものは、時として冷たいものである。

六本松 海人は大の女の子好きだ。

かといって経験豊富というわけでもなく、彼女ができたという話も聞いたことがない。

ただ、行動力は誰よりも高い。すぐ気になった女の子に声をかけるそのスタイルは、草食系男子すべてが見習うべきだ。

そのせいで、女子からチャラ男認定されていて評判は悪いのだが。

六本松 海人

まあ、過去は忘れてくれ。俺は今、明知さんの事で頭がいっぱいなんだ。

宮本 勝

単純だなあ。まだよく知りもしないくせに

六本松 海人

だって見てみろよ!彼女を!

僕たちは明知さんが座る、廊下側一番前の席を一斉に見た。

そこにはすでに、クラスの女子たちに囲まれておしゃべりを楽しんでいる明知 梢の姿があった。

!!!!

明知 梢

……!!

!!!!????

六本松 海人

まだ転校してきて数十分しかたってないのに、あんなにクラスに馴染んでやがる!

六本松 海人

なんてフレンドリーなんだ。絶対良い子に違いないぜ

たしかに。

コミュニケーション能力が相当高いらしい。

甲斐 真広

あの子、もてるだろうなー

今現在、クラスの男子ほとんどが魅惑の転校生に興味を持っているようだ。理由は、みんなちらちら彼女の方を見ているからだ。

窓際一番後ろの席とは、クラスの様子がよくわかる席なのだ。

宮本 勝

真広もあの子のこと気になってるでしょ

甲斐 真広

まあな

うん。気になる。

あんな可愛い子、テレビや雑誌の中でしか見たことなかったし。

六本松 海人

よし、昼休み声かけてみよう

午前中の授業が終わった。

はああああ。疲れた。

やっと昼休みだ。

六本松 海人

よし、いくぜ

甲斐 真広

……

宮本 勝

……

僕とかっちんは無言で見守る。
海人は、明知さんの机へ一直線に向かった。

六本松 海人

って、あれ?

よく見ると、明知さんはすでに席を外していた。

海人もすぐに動いたというのに。早い退席だな。

六本松 海人

どこ行ったんだーー!!転校生ーーー!!

海人は当てもなく、明知さんを探しに行ってしまった。

宮本 勝

どこ行ったんだろう、明知さん

甲斐 真広

トイレかな

宮本 勝

学食かもよ。まあいいや。ほっといてご飯食べよう

甲斐 真広

そうするか

僕たちはいつも教室で昼ごはんを食べる。
みんな、家から弁当を持ってきたり、事前に購買や食堂で、パンや弁当を買ったりするので、学食には基本行かない。

今日の僕の昼ごはんは、学食で購入したから揚げ弁当だ。

宮本 勝

いただきまーす

かっちんの昼ごはんは、家から持ってきた愛情たっぷりお弁当だ。

宮本 勝

それにしても、もぐもぐ、海人の、もぐもぐ、女の子好きは、もぐもぐ、どうにかならないかね

甲斐 真広

ちゃんと飲み込んでからしゃべりなさい。でもあの子はたしかに可愛い

宮本 勝

もぐもぐ、もぐもぐ、ごっくん!まあ確かに、明知さんってすごい美人だ。僕もそれは同意だよ

宮本 勝

でもやっぱり大事なのは、中身なんじゃない?話したこともない人にあんな必死になれるなんて考えられないよ

甲斐 真広

一目惚れってやつだよ

宮本 勝

僕には理解できないなー

「何の話してんだい?」

昼休みトークを楽しんでいると

僕たちの会話に、入り込む声があった。

荒巻夕奈

もしかして、あんたたちも転校生の話かいい?

甲斐 真広

あ、荒巻

うるさい声の主はクラスの元気少女、荒巻夕奈だった。

荒巻は、女子テニス部のエースで、次期キャプテンと言われるほどの実力の持ち主だ。

同じクラスになったことによって、僕たちと仲良くなった。

荒巻夕奈

って馬鹿一人いないじゃないか。あ、もしかして……

宮本 勝

海人なら、いなくなった明知さんを探しに行ったよ

荒巻夕奈

あ~そっちね!

荒巻夕奈

……って、さっそくナンパかよ、あいつは!

宮本 勝

さすが海人

甲斐 真広

逆に何だと思ったんだ?

荒巻夕奈

あー、いや。てっきり、ウルトラ焼きそばパンにチャレンジでもしてるのかと思ってさ

ウルトラ焼きそばパン。

それは、この学校の購買で、昼休みと同時に発売される特別な焼きそばパンだ。

フォアグラやキャビアなどの高級素材が贅沢に使われており、普通のパンとは一線を画している。

そのウルトラな焼きそばパンは、週に1回、3つ限定で発売される。

そのため、ウルトラ焼きそばパンが発売される日には、それを手に入れようとする猛者たちが、授業終了と同時に購買へ全力ダッシュで押し寄せてくる。
争奪戦になるのだ。

なぜ、そんな争いの元となるパンを発売するのかは、謎である。

甲斐 真広

ああ、あれか。あれはこの教室からは無理だからなー

僕たちの教室は南校舎の3階にある。

対して、ウルトラ焼きそばパンを発売する購買は北校舎1階にある。

この距離では、どうしても間に合わない。

つまり、北校舎で授業を受ける人たちが、圧倒的に有利なのだ。

だから、南校舎の人間がウルトラ焼きそばパンに挑戦する事は、ほとんどない。

宮本 勝

最初のころは結構がんばってたんだけどね~
もう僕たちは挑戦してないよ

荒巻夕奈

まあ、そりゃそうか。南校舎であのパンを手に入れられる人は、ほとんどいないよね

いつかは、食べてみたい。ウルトラ焼きそばパン。

ふと、廊下がざわついているのに気がついた。

甲斐 真広

ん?どうしたんだろう?

野次馬たちの声が聴こえていた。そしてその声は、次第に近くなり、この教室の前で止まった。

そして、その扉が開いた先にいたのは……

荒巻夕奈

ん?

宮本 勝

え?

明知 梢

ご機嫌な表情を浮かべる、明知さんだった。

ん?

……!!

まさか!!!!

彼女が右手に持っているのは、

甲斐 真広

ウルトラ焼きそばパンじゃないか!!!!

なんと彼女は転校初日、この南校舎から、


ウルトラ焼きそばパンを手に入れたのだ。

To be continued

1話『明知 梢という女』②

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