その日の初戦。まずものの見事にボッコボコにされる。
次は頑張ろうね
ありがとうございますっ!
その日の初戦。まずものの見事にボッコボコにされる。
だけどそれが気持ちいい
魔裟斗のドMっぷりは今日も健在である。対局し、完勝したはずの少女、シホは喜ぶはずがドン引きしているのでそれ以上のコメントやアドバイスができなかった。
きみ、弱いねえ
ありがとうございますっ!
二回戦目。初戦よりもジェノサイドされなかったが、大きな差を埋められず大敗を喫する。
だけどそれが気持ちいい
二人目の青年、シンゴは若干おねえ気質がある。顔がとある芸人によく似ているのでその名がついたと言われていた。からかわれ続けたせいか、口が悪くよく喧嘩をする。だが魔裟斗にとっては褒め言葉である。
この負け犬め!
ああありがとうございまああすッ!
三回戦目。先程と同じような結果となったが、いやらしいハメ手を使われて大きな見損じをしてしまった。そして極め付けに罵倒され、魔裟斗はつい嬉しくなって大きな声で叫んでしまった。
これだよ。この責められている実感。これがたまらなく俺を燃え上がらせてくれる……
三回戦目で魔裟斗を罵倒したのは通称シクジリ。それなりの実力者だが、色々な場面でしくじる残念な男だ。だからシクジリと呼ばれている。そんなシクジリは魔裟斗がドMであると知らないのに罵倒してしまっている時点で、すでにシクジっていると言える。
やっべー。囲碁面白ぇ。最初の一週間はどうも掴みが悪かったけど、コツを掴めばすっげー簡単じゃん!
この囲碁サロンに通うようになって一週間。魔裟斗は毎日ここに通うようになっていた。
サロンのマスターに囲碁を教わり、初心者と総当たりするもこれを一日で退ける。あとは有段者しかいなかったので、無謀にも実力者に挑んで、それはもう毎回ボコボコにされているのだ。
ただ黒と白を交互に置いていく単純なゲームなのに、なんでみんなやらないんだろう。碁石と碁盤なんて段ボール加工すればすぐに作れそうだし。ルール覚えれば絶対みんなドはまりするよなあ
魔裟斗はこの一週間、持前のドM精神を活かして囲碁に熱中していた。というのも負けても悔しいと思わず、ただ単に楽しさのみを追求するようになっていたのだ。強者に打ちのめされれば打ちのめされるほど強くなる。それが囲碁の神髄である。魔裟斗は極め方は異常であるが、見事にそれを体感できていた。
……だけど
しかし、待ちに待ったご褒美をもらえた魔裟斗だったが、どこか納得のいかない面持ちで碁石を片付けていた。
けどなんだろう。なにか足りない。例えるなら味のない料理。色のない絵画。音のないオーケストラ。……なにか重要なものがこの人の罵倒から欠落している
すべてを片付け終えて、暇をしていそうな客に声をかける。相手構わずボコボコにしてもらうために。
と、その時だった。魔裟斗に天使からの贈り物のごとく、脳裏に一筋の光が差し込んだ。それこそ魔裟斗が求めていたものの答え。ドMの神髄!
そうか! 女王様のご褒美じゃないから満足できないんだ!
なんという身勝手。なんという愚考。そして迸るドM精神! これを見た優巳はどう思うだろうと考えるだけで体の奥の根幹を成す場所がウズウズする!
おお、ハレルヤ! ジーザス・クライスト!
あの人すごいね。打てば打つほど強くなってる
囲碁サロンの席亭、通称マスターがいるカウンターに集合した、シホ、シンゴ、シクジリ――三人揃って大根ズ――は、魔裟斗を横眼に声を潜めて話をしていた。
何度叩きのめしてもめげないし。あの姿勢はいいよねえ
定石の呑み込みも早いし。ていうかビール飲んでいい?
うっせーよ!
うっせーよ!
シクジリのどこが残念なのか。それは単純明快。彼はビールが好きで、時間や所構わず常に飲みたがる。かれこれこんなやり取りが1000回は続いているので、一々対処するのも飽きたシホとシンゴは次のボヤキが来る前に早々にシクジリを黙らせた。
…………
大根ズの様子を見て、微笑を浮かべるマスター。
そんなマスターは次に魔裟斗を見た。四人目にも盛大なジェノサイドをされて、喜びのあまり悶絶している。あくまでもジェノサイドされた喜びである。やはり第三者から見れば明らかに異常だ。
でもなにか足りないんだよね。彼にはさ
シホの言葉に残りの二人も頷く。
…………
魔裟斗を見るマスターの下の優しい目が、鋭利なものになった。