ここのラーメンは魚介系のスープがうまいと言う。
オレは豚骨と鶏ガラと魚介の合わさったスープの場合は、じゃあ牛骨も入れてやれよと思って口にしない。
その点この店は魚介だけでかなりうまいらしい。
お店はランチタイムの終わり頃になるが満席で、まだ数人並んでいる状態がそのうまさを物語っているのだろう。
ここのラーメンは魚介系のスープがうまいと言う。
オレは豚骨と鶏ガラと魚介の合わさったスープの場合は、じゃあ牛骨も入れてやれよと思って口にしない。
その点この店は魚介だけでかなりうまいらしい。
お店はランチタイムの終わり頃になるが満席で、まだ数人並んでいる状態がそのうまさを物語っているのだろう。
お待ちどう!
注文してから七分が経過し、湯気の立った見るからにうまそうなラーメンが目の前に置かれる。
いただきまーす
早速、一口。
うん、やはりスープが絶妙だ。
麺がもう少し太くてもいいんだがなぁ、うわチャーシューうまい、なんて心の中ではうるさく評価させてもらっているが、顔には全く出さずにひたすらラーメンをすすり続ける。
ズズズーズズズーズズ……あれ?
突如目の前のラーメンが消えた。
いや、それだけじゃない。景色が一変している。カウンター席に座っていたはずなのに、カウンターテーブルも椅子もない。
ラーメン屋にいたはずが、ここは屋外だ。下は土の地面に座り込んだ状態で、上には青い空が開けている。
行け、ゼフストミリィカスト!
女の声がした。
声の方を振り向くと変わった衣装を着た若い女性がオレを見ていた。
コスプレ?
これ、夢か? いつの間にか寝たのか、オレ?
なにしてるの! さっさと攻撃して!
あの、なんですかね、ここ?
オレのラーメンは?
肌にあたる風と土埃の匂い。
キャラは知らないがファンタジー風のコスプレをした女性の叫ぶ声。
すべての感覚が妙にリアルで、ラーメン食べていたのが夢だったのだろうか。
いや、五感の内の残りひとつ、味覚が未だあのスープの味を感じている。
危ない!
っ!?
大きい何かがオレに向かって突進してきた。反射でギリギリ交わし、その何かを確かめる。
な、なんだ? 牛?
ツノが大きい牛が二本足で立って、フーフーと荒い息をしてこちらを睨んでいる。
あれもコスプレ?
は? なに言ってるのかよくわからないけど、兎に角あいつを倒せばいいのよ!
倒す?
戦えと?
あいつ相手に?
そこで箸を握っていることに気付いた。先程までラーメンを食べていたのは間違いないらしい。
いや、オレ、箸しか持ってないし
召喚獣のくせになに弱音吐いてんの
弱音ー!?
あったりまえだろ、あんな猟銃とか必要な類のモンスター級の生物を突然前にして、よっしゃオレに任せろなんて言う奴がいたらお目に掛かりたいよ。
召喚獣ってこんな頼りないものなのか?
んーはじめて召喚されたから
戸惑ってるんじゃないかしら
女性の隣にいた、これまたコスプレしている男が怪訝そうに言う。彼は剣を構えている。
その剣で戦えばいいだろ!
え? オレの剣のこと言ってんの?
当たり前だろ! 武器持ってんなら戦えよ。
ほら、オレ箸しかないの?
わかる?
箸で戦えるかぁ、こら!
なんかキレてるけど。
ハシってなに?
知らないわ。
なにか間違えたのかしら私?
間違えたよ! 明らかになにか間違えたんだよ!
さっきから召喚獣ってなんの話!?
マズい! 向かってくる!
叫ぶ男の声に牛の方を向くと、間近まで迫ってきていた。
うわうわわわわ!!!
反射で防ごうと手を前に出した。
ぐっと重い衝撃があって身体が弾き飛ぶ。
うわぁーーー!!
ブオォォォォオ!!
軽く宙を飛びながら叫ぶ自分の声の他に怒号が響き渡った。
地面に打ち付けられるのは避けたかったので激しくゴロゴロと転がって受け身を取る。
瞬間的に自分の負傷状況を確認する。全身泥だらけだが、軽い打ち身と擦り傷で済みそうだ。闘牛士に向いてるんじゃないか、オレ。
ブルルルルォォ!
牛の方は未だに興奮した様子で吼えている。
なんだろう、様子がおかしい。
攻撃してきたのは牛の方なのに、なにやら苦しんでいるみたいだ。
やったわ!
コスプレ女が歓喜の声を上げた。
ふと、握っている箸に目を向ける。
先の方にドロっとした血のような肉のような蛋白のようなものがくっ付いている。
うっ!
思わずバッと手から捨てる。
もう一度苦しんでいる牛を見ると、頭を振って痛がっているみたいだ。
どうやら牛が突っ込んできた時に、自分が握っていた箸が運良く急所の目玉に突き刺さったらしい。
ライゼンさん、今です!
コスプレ女のその声に、コスプレ男が剣を構えて牛に向かっていく。
そこで自分の置かれた状況を冷静に考えてみると、唯一の武器を手放すべきではないと思い直し、なるべく見ないようにして箸を拾う。
コスプレ男が剣を持って牛に飛び掛かり、次の瞬間、鈍い音とともに牛の頭が落ちた。
うげっ
そんなところ見たくないので思いっきり目を逸らす。
なんだよ、全然強いじゃん。オレ必要ないだろ、何してんだよ。
大丈夫?
コスプレ女が近づいてくる。
正直全然大丈夫ではないんで、この状況を説明して下さい。
よくやってくれたわ。
お戻りなさい
へ?
瞬きしたその一瞬で、景色がガラリと変わる。時間に表したらコンマ数秒といった程度だ。
その一瞬で、見知った世界のごくごくありふれたラーメン屋に戻ってきていた。
周りはなにもまるで無かったかのように、店員はラーメンを作り続け、他の客はラーメンを食い続けている。
本当に、何も無かったかのようだ。
自分の目の前にあるラーメンはまだ湯気のたった状態で、麺ものびていない。
オレは目開けたままトリップしてたのか?
まぁ、そういうこともあるのかもしれない。もしかしたらこのラーメンにそういった幻覚をみせる作用のある成分が含まれていたかもしれない。
ああ、そうだよ。コスプレ女とか牛のモンスターとか広大な大地とかみせるアルコールやニコチンのようなやや毒気のあるものがこのラーメンには入ってるんだよ。中毒になる客が行列をなすようになってるんだよ。きっとそうさ、うん。
そう自分に言い聞かせながら、それにしても透明感のある美女だったなぁ、と食べ途中のラーメンを食べようとした。
ラーメンを自然にすくおうとして、異変に気がつく。
握ったままの箸の先に、ドロっとした白いものがこびり付いているではないか。
うわぁっ!
あまりにも驚いて身体を思いっきり後ろにひいたため、椅子から落ちてひっくり返ってしまった。
お客さん、どうしました!?
店員や周りの客が驚いて一気に視線がオレに集中する。
Gでも入っていたのかと青褪める女性やおかしな奴だと異様な目で見るおじさんたちの視線に耐え兼ねて、逃げるように店を出る。
い、いえ、なんでもないです……
ごちそうさま!
見間違いだ。
そう、そうに違いない。
あれはどう考えても夢だ。
たぶん煮卵の白身の部分が半熟でそれがくっ付いていただけだ。
そうだよ、煮卵なのに半熟ってクレームもんだろ。
半分以上残すことになってしまったじゃないか。
家に帰って風呂に入り、ツイッターで今日起こった出来事をさらっとつぶやく。
残念ながら殆ど食べ残してしまったラーメンの感想は書けない。
ふっと意識が遠のいた。
眠くなったのだろうと一度目を開くと、見上げていたのは真っ白な天井だったはずが、薄暗い場所に変わっていた。
……あれ?
ゼフストミリィカスト!
夢じゃなかった……オレの儚い期待を返してくれ。