改めて自己紹介を終えた後、コノヱは口元に軽く握った手を当てて考える素振りを見せた後、口を開いた。

それじゃあ、響くんでいいかな。
貴方のこと、まだ詳しく知らないし。

別にかまわないよ、ほとんど初対面の相手に名前で呼ばれる方が違和感あるしね。

 真人は半ば投げやり気味に言った。まだ距離感さえつかめないのだ、それに自分の右腕を斬ってしまった相手だ。真人の反応も仕方ないだろう。

それに、助けてもらったとはいえ……
きちんとしたお詫びもしてもらわないとね。

君は意外としっかり者というか、したたかだねぇ。

 お詫びってなにか不埒なことでもするつもりかな? と八重が問うと、真人はとんでもないと言わんばかりに首をぶるぶると振って否定の意を表す。

後でたこ焼きおごってくれればいいですよ。
腕一本とたこ焼きじゃ、ぶっちゃけわりに合わないですが、違和感あっても元に治してもらえたから、その分差し引きです。

その程度でいいっていうのも逆に欲がないなぁ、君は。

あまり欲を出すと身を滅ぼすって分かってますから。
それに、一人暮らしなんですよ、俺。少しはしたたかにもなろうってもんですよ。

あっはっは、確かに違いないな。
とりあえず、ここの書類に君の名前と住所を記入して、その後で詳しいことはコノヱに聞いてくれ。

 その後、八重から真人が記入するのに必要な部分だけまとめた正式な書類にサインして、やっと彼は解放された。斬られた日から、一日しか経ってないというのだから、癒術の呪符はものすごいと、感心してしまう。

しかし、とんでもないなりゆきとはいえ、
俺が異世界にだなんて……

私も驚きましたよ。
まさか響くんがそんな能力をお持ちだとは。

いやいや、俺も知らなかったってば。
知ってたらもっと早く手を打ってたりしてたんじゃないかと思うよ、俺の親とかが。

で、しょうか。ところで、響くんはどのクラスの生徒なんですか。私は2-Aですけど。

俺は2-Cかな。
可もなく不可もなくな成績だから。

 学園は生徒の成績順にクラス分けを行うシステムを採用している。Aは基本的に文武どちらか、もしくは両方で成績の良いものが割り振られ、後は能力順に並んで、最後のGクラスは普通――いや、決して落ちこぼれなどではない――という事になっていた。

にしても、八重先生はヘンなところで気が利くというかなんというか……結構権力持ってるの?

ううん、ただ理由づけしてくれただけ。
放課後転んで腕を痛めて、すぐに帰宅させられる状態じゃなかったから、で押し通したみたい。

それを権力というのではなかろうか。

 真人はそんな風に思うのだが、コノヱの中ではそうでもないらしい。

それに本気で何かやるときはもっと手の込んだ形にしますから、お姉ちゃん。蛇年じゃないのに、蛇みたいに狙った獲物は逃がさないみたいな。

結構フランクな感じがしたけどなぁ……
いつもと変わらない、っていうか。

騙されてはダメです。
私は子供のころから姉さんたちに揉まれて育ったからわかってるんです。姉の中でも八重お姉ちゃんだけは逆らったらいけないと

そこまで言うか……まぁ、ないとは思うけど、俺も気をつけることにするよ。
それで、ちょっと疑問なんだけど。

なんでしょうか、響くん。

 真人の問いかけに、小さく小首を傾げるコノヱ。まるで凛とした花が時折見せる和らげな印象とでも言えばいいのか、真人には可愛らしく感じられる。
 しかし、聞かねばならないことなのだ。当然の疑問なのだから。

なんで俺と一緒に帰宅してるんですか?

 学園から金町駅北口側のアーケードを歩きながら真人はたずねた。めずらしく一人で歩いていないものだから、ちらちらとクラスメイトらが物珍しげな視線を向けながら通り過ぎていく。そのまま、いつもの巡回コースである南口にあるたこ焼き屋へと向かう二人。

それはですね、響くんの護衛です。
また何かありますと困りますし、他勢力が目をつけるとも限りませんから。

他勢力って……
俺の力ってそんなにすごいの?
正直、今まで生きてきてこれほどのトラブルには遭遇しなかったから、いまいちピンと来ないんだけど。

 いわゆるこれは裏社会的な何かだ。やっぱりヤクネタだなぁとぼんやりと真人は思う。多分、今までで一番、命にかかわりそうなレベルの奴だと。

七課っていうのはどういうことやってるんだ?

そうですね、基本的には異界側からの脅威になる妖物の排除でしょうか。穏便に済むことは例外としてありますが、大体は癖の悪い相手がほとんどです。

穏健派とか、そういうのはいないのか?

いないと言えば嘘になりますね。
そういう相手は私達に協力的か、もしくは隠遁しているようです。
厄介事にはあまり関わりたくないみたいで。

 その気持ちもうなずけるのだけれど、とコノヱはため息をつく。きっともっと協力者がいれば、などと考えてるのだろうかと真人は受け取る。

あとさ、君みたいな……なんていうの、実働部隊ってどれくらいいるの?

実働ですか、私を含めて4人でした。

……でした、ってなんで過去形なんだ?

貴方が七課に入ってくださいましたから。
能力的にほぼ確実に実働部隊に入りますよ。

 嬉しそうな笑みを浮かべてコノヱは言う。艶のある長い髪といい、ビスクドールのように整った日本人らしからぬ顔立ちといい、やはり綺麗だと改めて感じる真人。

役に立つかは実戦にならないと分からないかもしれないよ?

大丈夫です。正規の門以外から異界に入れる、というだけで大きなアドバンテージになりますから。ある意味で私達は切り札の一つを手に入れたと言えます

 そして、先日と同じようにたこ焼きを――今回は二人分買って、東側のトンネルになっている高架下へと近づいたその時。
 目の前の視界が、いや、世界がぐにゃりと姿を変えた。

まさか、昨日と同じ条件が整っちゃったのか、九重さんっ!

いいえ。これは違います。
前回は貴方によるこちらからの干渉でしたが、今度は――

 コノヱがそこまで言い続けようとするやいなや、どすんと重々しい音と共に、二人の眼前に見覚えのある姿の妖物が姿を見せた。ただ、それは見覚えのある『生物』よりも明らかに巨大だった。

蜘蛛っ……!
って、車くらいの大きさってどんだけだよ!

――土蜘蛛っ!
まさか中級妖物がこちらに来るなんて……!

 コノヱは右腕を一振りすると、袖口から見覚えのある日本刀が姿をみせる。すらりと鞘から抜きはらわれた刀は結露したような白い靄を纏わせながら、その切っ先を土蜘蛛へと向けられる。

下がっていてください、響くんっ!
ここは私が!

わ、わかったっ!
でも気をつけてくれよ、俺は武器も持ってないんだから……!

 当然ですっ! と、答えると同時にコノヱは弾丸のように勢いよく跳躍し、眼前の妖物――土蜘蛛へと立ち向かうのだった。

受難の第二次遭遇――異界のモノ

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