母の目には涙が光っていた。
これが今生の別れになるかも知れない。
そう思うと、私の胸にもこみ上げるものがあった。
母の目には涙が光っていた。
これが今生の別れになるかも知れない。
そう思うと、私の胸にもこみ上げるものがあった。
悲しまないでください、母上。
今日のため、私も覚悟は決めております。
ええ……
この日が来ることは、わかっていましたから
安心してください。
剣技も魔法も、父上譲りですから。
必ずや魔王を倒します。
再びこの地に平和を取り戻す為に!
旅支度は整っている。
私は立ち上がり、荷物を詰めたカバンを背負った。
時が経てば復活した魔王も力を増すはずだ。
すぐにでも立たなければならない。
今もこの世界のどこかで、虐げられる者がいる。
それを考えれば、ゆっくりなんてしてはいられない。
母さん、いつか旅立ちの日が来ると思って、餞別を用意していたの。待ってて
そう言って、母は地下室に降りた。
私の為に、お守りでも作ってくれたのだろうか?
はい、これを持って行きなさい。
これは……
宝箱よ
こ、これを持っていくのですか?
もう、何を言ってるのよ。
おかしな子ね。
中身だけに決まってるでしょ
あ、ああ……
そうですよね。
でも、なぜわざわざ箱に?
そういうものでしょ?
そういうものでしょうか
そういうものよ
そういうものだと言われれば、何も言えない。
私はおとなしく宝箱を開けた。
中から出てきたのはーー
50G。
指輪。
それから、剣だ。
これは……父上の、剣?
使い込まれすり減った剣の柄。
古びた鞘には父の名が彫られている。
ええ。古いものだけど
これを、私が…
勇者グリフィンの息子はアナタだけよ。
当然、アナタに使う資格があるわ。
剣の重みを感じた。
これは父の剣だ。
勇者の剣だ。
それが今、私の手にある。
私が受け継ぐのだ。
かつて魔王を討った、勇者の剣を。
使命の重みが両の手に掛かる。
抜いてみて。しっかり手入れしてるから、今でも使えるはずよ
私は黙って頷いた。
柄を握り、鞘から剣を抜き放つーー
……
…………
……………………
光が、刀身から放たれた。
刀身から放たれたその光は。
我が家の天井に穴をあけて、空へと昇って行った。
うん。威力も昔と変わらないわね。
……
あの、これは
伝説の聖剣よ
離れた場所から一振りでほとんどのモンスターが真っ二つになるわ。
は?
+99まで鍛えてあるから攻撃力も世界一。斬れない物はないわ。
聖属性だからアンデットには三倍ダメージ
次はその指輪ね。
精霊のお守りよ。
魔法による被ダメが半減するわ。
魔王城に続く毒の森を抜けるのにも必要だから預けておいちゃダメよ
しかも体力自動回復のバフ効果
装備は手に入れただけじゃ意味ないのよ?
ちゃんと装備してね?
母上!
どうしたの?
待ってください。
これは……あの……
どういうことでしょうか?
どういうことって?
この武器のことです!
餞別だってば
そうではなく……ええと……
この剣は、つまり、この父の剣ですが。
良くわからない言葉が多くて困惑しているところですが……
推察するに、だいたいの敵を簡単に倒せるわけですね?
簡単にってレベルじゃないよー。
腰の曲がったおじいちゃんでも百万の軍勢を撫で斬りよ
母は、剣の出来を自慢するように言った。
……そういうものは普通、厳しい試練の末に手に入れるべきなのでは
それはそうよ。
父さんの時は大変だったんだから。
話してなかったっけ?
父さんの時はね……
一度魔王と戦ったのだけど、ふつうの武器じゃダメージが与えられないのにその時気付いてね。伝説の武器を求めて新たな旅が始まったのよ。妖精の国アレフガーント、巨人の国タイタニアー、死者の国モルドモール、この三つの世界を駆け巡ってそれぞれの精霊と戦って力を認められてようやく、伝説の剣の破片が手に入るの。そこから剣を抑えられる鞘を賢者から貰って、伝説の鍛冶職人の末裔を見つけて魔法金属オリハルコンと一緒に破片を渡して……
でも本当に大変だったのはその後。
そう、あれは今から十五年前……
あの、母上。急いでいるので手短に
ここから回想シーンに入ろうと思ったのに
魔王が復活したのですよ!
思い出話してる場合じゃないでしょう!
はいはい、わかったわよ
母は不機嫌に言った。
私が悪いのだろうか。
とにかく……その剣ですよ。
すごい剣でしょ?
さ、魔王を倒していらっしゃい。
そんなに苦戦しないと思うから
受け取れません!
え!?
お父さんの使った剣が嫌なの?
どうして!?
そういうわけではありませんが……
だってこれ、アナタが大変だと思ってお母さん必死で鍛えたのよ!
お父さんの生命保険で入ったお金ぜんぶ使ったんだから!
ああだから我が家は貧乏だったのか……
とにかく……
私は、自分の力で魔王を討ちたいのです!
これでは父上と母上の力ではないですか!
いい、ユリウス。良く聞きなさい。
親の力もアナタの力よ!
私たちが苦労して手に入れたものを、アナタが苦労せずに手に入れる。
それのどこがいけないの?
資産は親から子へ移って行くの。
それが社会なのよ
しかし……これは……あまりにも……
これなら私でなくても良い気がするのですが
甘えないの!
は、母上……
頬を叩かれた。
母に殴られたのなんて、子供の時以来だ。
隙ありッ!
ウグッ
アナタは勇者でしょう!
確かに他の人なら嫌がるかも知れないわ。
最初から最強装備じゃヌルゲーすぎるもの
なぜ二発殴られたのだろう……
しかもグーだし
それでもアナタは勇者なの。
たとえ他の誰もが避けたがる道でも……
どんなに辛い選択でも……
アナタがやらなければならないの。
甘えは捨てなさい!
……甘えでしょうか
こんなに強い武器があれば安心でしょ?
さあ、良い子だからワガママは言わないの
……
有無を言わさず、母は私に剣と指輪を押し付けた。
こうして私の、勇者ユリウスの冒険が始まった。
勇者の使命を果たす為。罪なき人を救う為。
そして、あの日見た父の背中を超える為。
道連れは少しの勇気。使命感。
それから大きな不安。
あと伝説の聖剣と精霊のお守りと50G。
……
…………
………………
これで良いのだろうか。