■前回までのあらすじ■
・親の七光り
■前回までのあらすじ■
・親の七光り
まずは王様に会いに行くこと。
それが昔からのルールなのだと母は言っていた。
山中にある家を離れ、私は城下町へ向かっていた……
……ん?
道の向こうに、誰かがいる。
はぁ……はぁ……あー、もう、イヤ
山を登っているようだ。
麓の村の住民ではない。
見覚えのない顔だ。
その女性は、私に気が付くとニコリと笑って見せた。
あ! こ、こんにちはー
山道を歩いてきたせいか、女性の息は上がっている。
額の汗の玉が光っていた。
声をかけて、必死で私に近づいてくる。
あの……はぁ、はぁ
あの、この辺にユージーンさんって方が、住んでるらしいのですが、知りませんか?
ユージーンですか?
はい。山の中に住んでるって、麓の村で聞いたんですけど。
登っても登っても家なんか見えなくて……
ユージーンなら、うちですよ。
あと一時間も登れば着きます
え? アナタが、ユージーンさん?
きょとんとした声を上げる。
彼女は懐から何かを取り出した。
一枚の写真だ。
写真と私の顔を見比べている。
あれ、えっと
困惑している。
妹さんとかいらっしゃいます?
妹ですか? いや、うちは母と私の二人だけですが……父も他界していますし
あれ、ホントですか。
おっかしいなあ。
じゃあこれ、誰なんだろ
その写真、見ても良いですか?
あ、はい。どうぞ
女性は頷くと、私にその写真を見せた。
写真にはまだ幼い頃の私と、若い母が映っている。
ああ。子供の時の写真ですね。
これ私ですよ。
小さい頃はよく女の子と間違われたので
あ、そーいうこと!
じゃあアナタが勇者グリフィン・ユージーンのお子さんですか?
ええ、そうです。
こんな写真、よく持ってましたね。
父の知り合いですか?
恨みはないが死んでもらおう!
女の杖から炎がほとばしる!
私はとっさに飛び退いた。
地面を舐めるように炎が走る。
炎が土を焼き、あたりには焦げ臭さと煙が漂う。
く、アナタは……敵か!
聖剣を引き抜いた。
柄をしっかりと握り、輝く刀身を女に向ける。
来い!
女の動きに意識を集中する。
魔法の構えを取れば、隙ができるはずだ。
その瞬間に一気に切り込んでやる!
……
女は動かない。
いや、振り上げていた杖を下ろした。
杖を下ろして、あからさまに嫌そうな顔で私を見た。
……どうした、来ないのか
……
こ、来ないのならこちらから仕掛けるぞ!
待って、ちょっと待って
え?
来いって、なに?
……いや、なにって……え?
なにとは、なんだ
なんだじゃないわよ。来い、じゃないでしょ
えっと……
掛かってこいって意味で言ったんですけど。
わかり辛かったですか?
そうじゃないの。
あのさ、まず質問なんだけど、私が誰かってわかってる?
……魔王の手先ではないのですか
そうだよ。
だからっていきなり斬るんだ?
魔王軍ってだけで攻撃するの?
所属で人間を差別するようなヤツなんだ。
勇者なのに。
……そういうわけではないですけど
じゃあどういうわけよ
だって……敵なんですよね?
敵だよ! 当たり前でしょ!
襲ってるんだから
……なら掛かってくれば良いじゃないですか
はぁー。ダメね。全然ダメ
あのさ、アンタどうして私が怒ってるかわかってる?
怒ってたんですか?
質問してるのはこっち
あ、はい。すいません……
アンタさ、常識ってものがないの?
勇者なんだよね?
はい……一応、父の跡を継いで勇者です
ならさ、そういう勇者としての自覚をちゃんと持ってくれないと。
コッチも困るのよ。仕事なんだから
……すいません
なぜ私は怒られているのだろうか。
はあ、もう。ホント特別だからね。
アンタまだ若いし、今日は私が教えてあげる
はい、ありがとうございます
まずね、こっちは奇襲を仕掛けたでしょ?
で、アナタは避けた。
この距離よ。
この距離が空いてるってことは、お互いに次の攻撃に移るまでに一動作が必要よね。
私が魔法で攻撃するにも杖を振り上げなきゃいけない。アンタが剣で攻撃するにも抜かなくちゃいけない。
ここまではわかる?
はい
これはね、わざとなのよ。
一撃目を避けて、お互いに余裕のある距離に移るのは。
この距離に移ったら、次は挨拶をかわすのが基本なのよ。
あ、挨拶?
そうよ。
業界のルールってものがあるんだから。
好き勝手にやれば良いと思わないでよね
挨拶……
挨拶をすればよいのだろうか。
変わった風習というか……ルール?
戦いに置ける不文律のようなものだろうか。
私は大人しく頭を下げた。
はじめまして。
ユリウス・ユージーンと言います
バカかアンタ!
誰が自己紹介しろって言ったのよ!
だ、だって。挨拶って言ったじゃないですか
そうじゃないっての!
あーもうホント、これだから若い子は……
挨拶ってのは、いい?
たとえば、こうよ。見てなさい
女は拳を握りしめた。
握りしめた拳を、胸の前に振り上げる。
何者だ!
振り上げた拳を大きく後方に振る。
拳を開いた。
なぜ私の命を狙う!
……
こうでしょ!
……そうなんですか?
当たり前でしょ?
相手の名前も目的もわからないんだから。
こうやって自然と会話を促すの。まずはお互いに円滑なコミュニケーションをはかる。仕事の話に入るのはそれからよ。
さ、やってみて
……やらないとダメでしょうか
ダメよ。
最低限ルールとマナーは守らなきゃ。
仕事だからやることやってれば良いなんて考えちゃダメよ。利害関係にある相手でも、お互いに尊重しあうから業界が成り立つの。
そういうの大事にしない人って、いくら仕事ができても周囲からは尊敬されないわよ。
はい、やって
……
私は――いろいろと諦めた気分で拳を握り締めた。
何者だ!
大きく後方に降って、拳を開いた。
なぜ私の命を狙う!
そう、それよ! やればできるじゃない!
……
それじゃ続けるわよ。コホン
冥土の土産に教えてやろう!
我こそは新生魔王軍の尖兵!
マニエラ・マギーシャ!
復活した魔王様の為、勇者――
勇者――
勇者、ええと、なんて言ったっけキミ
ユリウスです。ユリウス・ユージーン
勇者ユリウス! 貴様の命を貰い受ける!
……
仮初の安寧が破られる時が来た! 貴様の血で魔王軍新生の祝杯をあげてやろう!
……
……
……アンタも何か言いなさいよ
えーと、結局戦うってことでいいんでしょうか
そうよ
あの、今度にしませんか?
ダメよ。ダメに決まってるでしょ?
なんかこのテンションで戦えって言われても……
やる気が出ないなんて言ってたら一生かかっても戦えないでしょ。
気持ちを切り替えなさい。仕事なんだから自覚を持てって言ったばかりよ。わかった?
マニエラと名乗った女が杖を振り上げる。
……わかりました
私は聖剣を軽く振った。
……
聖剣の光に吹き飛ばされて。
マニエラさんの掲げた杖が半分消滅している。
光線は背後の山々をえぐって空へと伸びていった。
……
……なにそれ
聖剣です。伝説の。
……なんでそんなの持ってるのよ!
父の形見です
卑怯者! 恥を知りなさい!
そんなこと言われましても……
初期装備でそんなの持ってたら勝負にならないじゃない!
自分が勝てればそれで良いと思ってるの!?
いやでも……
見損なったわ! 素直に話を聞く良い子かと思ったけど……
せっかくいろいろ教えてあげたのに!
もう知らない。覚えてなさいよ!
……
こうして。
旅立った私を狙い送り出された最初の刺客。
魔法使いマニエラ・マギーシャを辛くも退けた。
すでに魔王軍は動き出しているのだ。
今も地上のどこかで苦しめられている人がいる。
ゆっくりしている暇など、私にはない。
まずは王国へ向かい、魔王城へ向かう手筈を整える。
必ずや魔王を倒し、地上に平和を取り戻して見せる!
決意を新たに、私の冒険は続く。
……
…………
………………
私が悪いのかなあ