■前回までのあらすじ■
 
 ・親の七光り






 まずは王様に会いに行くこと。
 それが昔からのルールなのだと母は言っていた。

 山中にある家を離れ、私は城下町へ向かっていた……

ユリウス

……ん?

 道の向こうに、誰かがいる。

マニエラ

はぁ……はぁ……あー、もう、イヤ

 山を登っているようだ。
 麓の村の住民ではない。
 見覚えのない顔だ。

 その女性は、私に気が付くとニコリと笑って見せた。

マニエラ

あ! こ、こんにちはー


 山道を歩いてきたせいか、女性の息は上がっている。
 額の汗の玉が光っていた。

 声をかけて、必死で私に近づいてくる。

マニエラ

あの……はぁ、はぁ

マニエラ

あの、この辺にユージーンさんって方が、住んでるらしいのですが、知りませんか?

ユリウス

ユージーンですか?

マニエラ

はい。山の中に住んでるって、麓の村で聞いたんですけど。

マニエラ

登っても登っても家なんか見えなくて……

ユリウス

ユージーンなら、うちですよ。
あと一時間も登れば着きます

マニエラ

え? アナタが、ユージーンさん?

 きょとんとした声を上げる。

 彼女は懐から何かを取り出した。
 一枚の写真だ。
 写真と私の顔を見比べている。

マニエラ

あれ、えっと

 困惑している。

マニエラ

妹さんとかいらっしゃいます?

ユリウス

妹ですか? いや、うちは母と私の二人だけですが……父も他界していますし

マニエラ

あれ、ホントですか。
おっかしいなあ。
じゃあこれ、誰なんだろ

ユリウス

その写真、見ても良いですか?

マニエラ

あ、はい。どうぞ


 女性は頷くと、私にその写真を見せた。
 写真にはまだ幼い頃の私と、若い母が映っている。

ユリウス

ああ。子供の時の写真ですね。
これ私ですよ。

小さい頃はよく女の子と間違われたので

マニエラ

あ、そーいうこと! 

マニエラ

じゃあアナタが勇者グリフィン・ユージーンのお子さんですか?

ユリウス

ええ、そうです。
こんな写真、よく持ってましたね。

父の知り合いですか?

マニエラ

恨みはないが死んでもらおう!


 女の杖から炎がほとばしる! 

 私はとっさに飛び退いた。
 地面を舐めるように炎が走る。
 炎が土を焼き、あたりには焦げ臭さと煙が漂う。

ユリウス

く、アナタは……敵か!


 聖剣を引き抜いた。
 柄をしっかりと握り、輝く刀身を女に向ける。

ユリウス

来い!

 
 女の動きに意識を集中する。

 魔法の構えを取れば、隙ができるはずだ。
 その瞬間に一気に切り込んでやる!

マニエラ

……


 女は動かない。

 いや、振り上げていた杖を下ろした。
 杖を下ろして、あからさまに嫌そうな顔で私を見た。

ユリウス

……どうした、来ないのか

マニエラ

……

ユリウス

こ、来ないのならこちらから仕掛けるぞ!

マニエラ

待って、ちょっと待って

ユリウス

え?

マニエラ

来いって、なに?

ユリウス

……いや、なにって……え?
なにとは、なんだ

マニエラ

なんだじゃないわよ。来い、じゃないでしょ

ユリウス

えっと……
掛かってこいって意味で言ったんですけど。
わかり辛かったですか?

マニエラ

そうじゃないの。

マニエラ

あのさ、まず質問なんだけど、私が誰かってわかってる?

ユリウス

……魔王の手先ではないのですか

マニエラ

そうだよ。
だからっていきなり斬るんだ? 

マニエラ

魔王軍ってだけで攻撃するの?

所属で人間を差別するようなヤツなんだ。
勇者なのに。

ユリウス

……そういうわけではないですけど

マニエラ

じゃあどういうわけよ

ユリウス

だって……敵なんですよね?

マニエラ

敵だよ! 当たり前でしょ! 
襲ってるんだから

ユリウス

……なら掛かってくれば良いじゃないですか

マニエラ

はぁー。ダメね。全然ダメ

マニエラ

あのさ、アンタどうして私が怒ってるかわかってる?

ユリウス

怒ってたんですか?

マニエラ

質問してるのはこっち

ユリウス

あ、はい。すいません……

マニエラ

アンタさ、常識ってものがないの?
勇者なんだよね?

ユリウス

はい……一応、父の跡を継いで勇者です

マニエラ

ならさ、そういう勇者としての自覚をちゃんと持ってくれないと。

コッチも困るのよ。仕事なんだから

ユリウス

……すいません

 なぜ私は怒られているのだろうか。

マニエラ

はあ、もう。ホント特別だからね。

アンタまだ若いし、今日は私が教えてあげる

ユリウス

はい、ありがとうございます

マニエラ

まずね、こっちは奇襲を仕掛けたでしょ? 
で、アナタは避けた。

マニエラ

この距離よ。

この距離が空いてるってことは、お互いに次の攻撃に移るまでに一動作が必要よね。

マニエラ

私が魔法で攻撃するにも杖を振り上げなきゃいけない。アンタが剣で攻撃するにも抜かなくちゃいけない。

ここまではわかる?

ユリウス

はい

マニエラ

これはね、わざとなのよ。
一撃目を避けて、お互いに余裕のある距離に移るのは。

マニエラ

この距離に移ったら、次は挨拶をかわすのが基本なのよ。

ユリウス

あ、挨拶?

マニエラ

そうよ。
業界のルールってものがあるんだから。
好き勝手にやれば良いと思わないでよね

ユリウス

挨拶……


 挨拶をすればよいのだろうか。

 変わった風習というか……ルール?
 戦いに置ける不文律のようなものだろうか。 

 私は大人しく頭を下げた。

ユリウス

はじめまして。
ユリウス・ユージーンと言います

マニエラ

バカかアンタ! 
誰が自己紹介しろって言ったのよ!

ユリウス

だ、だって。挨拶って言ったじゃないですか

マニエラ

そうじゃないっての! 
あーもうホント、これだから若い子は……

マニエラ

挨拶ってのは、いい? 
たとえば、こうよ。見てなさい

 女は拳を握りしめた。

 握りしめた拳を、胸の前に振り上げる。

マニエラ

何者だ!

 振り上げた拳を大きく後方に振る。

 拳を開いた。

マニエラ

なぜ私の命を狙う!

ユリウス

……

マニエラ

こうでしょ!

ユリウス

……そうなんですか?

マニエラ

当たり前でしょ?
相手の名前も目的もわからないんだから。

マニエラ

こうやって自然と会話を促すの。まずはお互いに円滑なコミュニケーションをはかる。仕事の話に入るのはそれからよ。

マニエラ

さ、やってみて

ユリウス

……やらないとダメでしょうか

マニエラ

ダメよ。
最低限ルールとマナーは守らなきゃ。

マニエラ

仕事だからやることやってれば良いなんて考えちゃダメよ。利害関係にある相手でも、お互いに尊重しあうから業界が成り立つの。

マニエラ

そういうの大事にしない人って、いくら仕事ができても周囲からは尊敬されないわよ。

マニエラ

はい、やって

ユリウス

……

 私は――いろいろと諦めた気分で拳を握り締めた。

ユリウス

何者だ!

 大きく後方に降って、拳を開いた。

ユリウス

なぜ私の命を狙う!

マニエラ

そう、それよ! やればできるじゃない!

ユリウス

……

マニエラ

それじゃ続けるわよ。コホン

マニエラ

冥土の土産に教えてやろう! 
我こそは新生魔王軍の尖兵!
マニエラ・マギーシャ! 

復活した魔王様の為、勇者――

マニエラ

勇者――
勇者、ええと、なんて言ったっけキミ

ユリウス

ユリウスです。ユリウス・ユージーン

マニエラ

勇者ユリウス! 貴様の命を貰い受ける!

ユリウス

……

マニエラ

仮初の安寧が破られる時が来た! 貴様の血で魔王軍新生の祝杯をあげてやろう!

ユリウス

……

マニエラ

……

マニエラ

……アンタも何か言いなさいよ

ユリウス

えーと、結局戦うってことでいいんでしょうか

マニエラ

そうよ

ユリウス

あの、今度にしませんか?

マニエラ

ダメよ。ダメに決まってるでしょ?

ユリウス

なんかこのテンションで戦えって言われても……

マニエラ

やる気が出ないなんて言ってたら一生かかっても戦えないでしょ。

マニエラ

気持ちを切り替えなさい。仕事なんだから自覚を持てって言ったばかりよ。わかった?


 マニエラと名乗った女が杖を振り上げる。

ユリウス

……わかりました


 私は聖剣を軽く振った。

 

マニエラ

……


聖剣の光に吹き飛ばされて。
マニエラさんの掲げた杖が半分消滅している。

光線は背後の山々をえぐって空へと伸びていった。

マニエラ

……

マニエラ

……なにそれ

ユリウス

聖剣です。伝説の。

マニエラ

……なんでそんなの持ってるのよ!

ユリウス

父の形見です

マニエラ

卑怯者! 恥を知りなさい!

ユリウス

そんなこと言われましても……

マニエラ

初期装備でそんなの持ってたら勝負にならないじゃない! 

マニエラ

自分が勝てればそれで良いと思ってるの!?

ユリウス

いやでも……

マニエラ

見損なったわ! 素直に話を聞く良い子かと思ったけど……

マニエラ

せっかくいろいろ教えてあげたのに! 
もう知らない。覚えてなさいよ!

ユリウス

……






 こうして。

 旅立った私を狙い送り出された最初の刺客。
 魔法使いマニエラ・マギーシャを辛くも退けた。



 すでに魔王軍は動き出しているのだ。
 今も地上のどこかで苦しめられている人がいる。
 ゆっくりしている暇など、私にはない。



 まずは王国へ向かい、魔王城へ向かう手筈を整える。
 必ずや魔王を倒し、地上に平和を取り戻して見せる!



 決意を新たに、私の冒険は続く。


ユリウス

……

ユリウス

…………

ユリウス

………………

ユリウス

私が悪いのかなあ

勇者ユリウスの冒険 第二話

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