雨の日は、君が「頭が痛い」と言うから、昼飯の前に自販機へホットミルクティを買いに走らされる。何度も繰り返した挙句に、雨が降る日は、君の所属する研究室へ行く途中で、自販機へ寄る習慣が身に付いた。
梅雨に入り、大学の構内はどこもジットリと湿り、足元が滑りやすくなっていた。急ぐ気持ちを抑えて歩き、研究室の扉を開くと、自分の机に突っ伏している君を見付けた。
「はい、ミルクティ。今日も大変だね」
彼女の顔のすぐ横に、まだ熱い温度を発する好物を置くと、ゆっくりと首から上が動き、いかにも具合の悪い顰め面が見えた。
「痛い…ありがと」
君はどうにか体を起こすと、コメカミを押さえながらゆっくりとミルクティを口に運ぶ。溜息を苛立たしげに吐く彼女の側へ椅子を引いてきて、痛む頭を刺激しないように、少し低い声で問う。
「雨が降る度に頭痛になってるけど、偏頭痛か何か?」
「うーん、偏頭痛かも、しれないけど…。私、2年前に頭に怪我をして…」
「怪我?」
彼女は顰め面(しかめつら)を更に歪ませて、苦い物を噛み締めるように、嫌な記憶を語りだした。
「なんかね、夜道で急に襲われた事があって…。背後から頭を殴られてさ」
「ええっ?!何それ、事件じゃん!怪我って、酷かったの?」
「うん、出血が結構酷かったらしいんだけど、私自身が殴られた衝撃で失神しちゃって。犯人も分からなくってさ」
「じゃあ、もしかして今も…」
「犯人は捕まってない。というか、特に証拠も無いから、警察も捜査する気が無くてね。だから、あの日みたいに酷い雨の時は、事件の事を思い出して、気分が悪くなるっていうか…」
そうだ。君は初めて会った時も、今目の前にいる姿も、あの日、倒れた血塗れの姿でさえも、いつも可愛らしい。そうか。雨が降る度に、君は僕を思い出してくれるんだね。
それから僕は、雨の日が大好きになった。

雨の日はミルクティを

facebook twitter
pagetop