テルヒコの拳は固く握りしめられていた。
「つまりこれは・・・。一族もろとも、弾圧ってコトかな・・・。俺たちがクロウになにをしたってんだろう。」
どうしてここまでやれるんだろう。男はそのとき改めて悟った。それが原動力だったのだと。
自分を突き動かす怒り、ただならぬ執念でクロウを、九尾を。石上を追い続けたこれまでの戦いの日々に想いを馳せる。
自分の命を棄てようと、「組織クロウを打倒する」という意思。目覚めたときからオージ(テルヒコ)は迷いのない戦士だった。迷いなどなくその剣(テラセイバー)を振るえた。
邪悪への怒り、それは理屈ではない。
前世からの戦いの記憶。敵をこの魂が理解していた。
アマテライザー(ユタカ)の意志が呼んでいたからということでもあった。
「・・・あんた。(鞠子)」
「鞠子おばあさん、うちのじいちゃん考古学者だったじゃないですか・・・。」
「だから聞いていいですか。千年以上も前、戦争なんてやっぱり昔からたくさんあったと思うんだけれど・・・。(テルヒコ)」
「うん・・・。(鞠子)」
銀色のキッチンで、テルヒコの片手には赤いリンゴ、そして反対の手には冷たく光る包丁があった。
いつも武器を握るテルヒコの手に握られた包丁は、自らの古代女王国から戦火を逃れたあの日の禍々しくも、おどろおどろしい記憶となりフラッシュバックし、イメージの中に溶けてゆく。
絶望の火。
あのときも自ら所持していたのは護身用の剣くらいだった。あとは何の用途か知れぬ鏡だけ。
生身で炎の中をくぐり抜け。
彼はあのとき、見た。
人間の真実(カルマ/業)をー。
戦いに破れたものが、どんなラストを迎えてしまうかを。
そして、自ら最も愛した世界さえー。
男は回想する。今でこそ平常を保てるが、あれから150年くらいは自分もなりふり構っていられなかった・・・。
ジャー。水道の水が、ボタボタと流れおちる。
「刃物で指切ったときって痛いですよね。たまたま手違いで皮がビッて剥げたりしたら最悪だ。(テルヒコ)」
「あーぞっとするわよ。痛いよねえ。(鞠子)」
「昔の人っていうか、戦って捕虜になった人たち。・・・どんなに大変だったんだろう。(テルヒコ)」
静かに指を滑らせ、彼はリンゴの皮を、強く剥(は)ぎ取るようにして包丁を動かした。
まるで獣の硬い皮を強く剥ぎ取るように。
それは彼の・・・当時捕虜となり捕らえられた(その記憶)をリアルに誘発させた。
「(ハハハハ!こいつこんなになってもまだ生きてやがる!)※敵の声」
「心もからだも・・・。助けてくれとか言う間もないくらい。」
「苦しくて辛い、痛かったんじゃないかな、そう思うんですよ・・・!(テルヒコ)」
傷付く指から流れた血。
「大丈夫かい?怪我したの?(鞠子)」
「なんでもないです・・・。(テルヒコ)」
戦うべき存在がいること。
全身の血、細胞が知っていた。
忘れるものかと告げていた。
これまでのすべて、その本能が告げていたのだ。
「アンタ、泣いてんの?(鞠子)」
「いえ、ぜんぜん。本当痛くって刃が・・・。(テルヒコ)」
「すみませんちょっと水を・・・」
その鮮血の炎のなか嘲笑する魔物、敵兵たちの笑顔がのし掛かるようにフラッシュバックする。
そしてなにより。
自分のことならまだいい、まだ忘れられるー。
大切な存在がそうなったら、果たして人間は正気でいられるのだろうか。
そしてまた。
そんな筆舌に苦しむほどの、罪なき人が絶望の渦中に堕ちる状況を「楽しめる」「観賞できる」人間が存在する恐ろしさも男は知っていた。
「ぜったいに許せない」
そのとき、人間は人間でなくなるー!
無言のテルヒコをよそに鞠子は続けた。
「ねえねえ、あんた。ちょっといいかしら。みんないないから言うけど。(鞠子)」
「こないだ神社に知らない女の子がね、来たのよ。不思議でね。(鞠子)」
「笑わないで、聞いてくれる?びっくりしてさ。(鞠子)」
「はい。(テルヒコ)」
「わたしその子に。80年前子供んときも出会ってんのよ~。覚えてますか?って。本当にびっくりして。(鞠子)」
「あの、奥宮さんにね、親戚とみんなで行ったとき、身内のね康子も初枝も・・・みんな私がボケたボケた言うから怒ったのよ。(鞠子)」
「鞠子さんはボケてない。・・・・・そのこと、教えてくれませんか(テルヒコ)」
「キオクしてんのよ。私が子供の時にはよく見てたんだけどね。いつぞや見えなくなっちゃって。」
「最近目が見えんごとなってからまた。もうほんとに、とってもきれいな。弁天様みたいな美人さんやった。浮世離れしとったわね。(鞠子)」
「・・・知ってます。その人。(テルヒコ)」
「特徴言える?(鞠子)」
「優しい顔をしてたでしょ。(鞠子)」
「よく子供らも遊んでもらったりして。みんな貧しかったし、嬉しくって。不思議に思ってたけど、なんか居心地良くって夢見てるみたいでね。私も子供だったから・・・。大人がくるとそそくさと、ひょいっと消えちゃって。(鞠子)」
「悪霊退散するわ!とか冗談いって。(笑)(鞠子)」
「本当に、弁天様なんやったとかな。なあんてね。(鞠子)」
「ユタカがそんな、知らなかった・・・。(テルヒコ)」
「いまそんなことあってもなかなかそんな信じられんけどね。私も汚れてきたから。アハハ。(鞠子)」
人生の酸いも甘いも知り尽くしたある意味(老兵)とも言える鞠子。
シワの刻まれた優しいその顔、テルヒコは彼女の(自分の姿が映らない)眼を見つめていた。
「でもときどき・・なんか寂しそうな顔してね。(鞠子)」
「でも。大人んなってみんな町を出ていってからそれっきり。(鞠子)」
「・・・・・なんだかそのしゅんとなった、顔を思い出したら居たたまれなくなって、すごく気になって。またいつか会えるかなって。だから今は安村の家でも私が、神社の当番をしてるんだ。(鞠子)」
「眼がひらいとったらどんなによかったか。(鞠子)」
どんなに傷だらけになっても、心は。
いつも傍で笑って
辛いときもそう
ユタカは昔から。
男勝りで強く、優しかったけれど、
本当はガラス細工のように脆かった。
人を動かすほど、その透き通った心は美しかった。
「ああ見えて、繊細だから・・・。(テルヒコ)」
「あんた、何だかよく知ってるのね。・・・
なんかあんたと話してると大善くんと話してるみたいよ。(鞠子)」
「俺のじいちゃんは彼女を知ってたんですか?・・・(テルヒコ)」
「いや、多分知らなかった・・・と思うよ。(鞠子)」
「そっか・・・(テルヒコ)」
「なによ、急にだんまりしちゃって~(鞠子)」
「いえ、俺もいろいろ思い出して。(テルヒコ)」
鞠子のペースに圧倒されながらもテルヒコはこれまでの戦いの日々を想い出していた。激動の戦争期を生きた彼女の横で人間の闇から産まれるその影と戦いつづけた青年の思い出。
「自分にとって忘れられない記憶だから・・・。」
長い時間、その闇を共に戦い抜いたユタカとの記憶を。