町から少し離れた山村集落のとある邸宅で、地方創生プロジェクトのスタッフである石井十蔵(いしいじゅうぞう)はそこに住んでいる老婆から昔起こった戦争体験にまつわるとあるエピソードを聞いていた。

安村鞠子女史(89歳)
彼女が出版社より企画出版している戦争体験を綴ったその書籍は話題で、教育系(N○K)のテレビ局や新聞などが頻繁に彼女の自宅へと出入りしていた。今日の仕事は郷土資料館の企画で戦争体験の文字起こしを含めた聞き取り取材であった。そんななか十蔵は、眼が見えない彼女(鞠子氏)のするとある昔話に異様に食い付いてしまった。

「あ、あんた赤飯たべるぅ?チンすれば出来るやつがあるから、そこの引き出しに、うん。(鞠子)」

チン!(レンジの音)・・・

「うわーおいしそう!なんかすみません!(石井十蔵)」

「そう?こんなんそこのマタックス(スーパー)のやつよ。食べていいのいいの。だれも若い人は来ないんだから。もう~昔のことよォ。沢山はおぼえてないんだけれどごめんねー。その・・・・・」

「(一時間ほど経過)石上さんとこも金持ちやったんよ・・けど旧家のご両親が亡なくなって、息子さんが・・・。」

「名前はなんやったか、マーくんや、そうやあのマーくんが軍に招集礼状で行ったのが最後やったかな・・・。マーくん昔はよくうちにご飯を食べに来ていたんだよ。一緒に銭湯にも行ってたし。よく食べたねえ。」

(※マーくん=石上(カラス男)の幼少時のあだ名)

「いいひとだって、いたのにねえ。はあ。」

鞠子氏はため息をつく。

「だけどもーあんときゃ中学あがってから財産ごと持ってかれたりして。井上家の養子になったでしょお。井上さんとこのぼっちゃまがまーひどく扱ってねぇ、もうわたしも泣いて泣いて。あんときゃ時代がね。人間が人間じゃなかったからねえ。」

「ひぇー!その子そんなとこにいたんですか?!(石井十蔵)」

「うん多分記憶がただしけりゃね。井上さんとこの家の犬小屋に夜おって・・・。息子さんが精神に問題があって。何でかねえ、人じゃない鬼畜よあん人らは。可哀想でね。」

「虐待じゃないっすか・・・。(十蔵)」

「そんで闇市で妙ちきりんな商売したり、見世物小屋で客引きしてたとかもきくし。あーあと・・・。」

「えっ?!そんなのも・・(十蔵)」

「それくらいかな。(鞠子)」

うっ・・・
不快をもよおす十蔵の表情。

「ほ、ほんとに?!」

「いや本当に本当なんやから!ちょっとおかしな趣味のやつも通りにはいたのよォ~!たぶん貧乏でお金に眼が眩んでたんやろね。たぶん。マーくんも・・。あのときはそんげな男もおったから。(目をぬぐう鞠子)」

「人懐っこい子やったんよ。荒んで、
変わっちゃってね・・。なんかあったら私も坊っちゃんたちとかかわんのが怖くてねえ。」

「で坊っちゃんがさー、変死体で見つかってから大騒ぎになってね。鎌鼬(かまいたち)にやられたみたいに。」

「葬式でマーくん笑ってて。ご主人にぼこぼこにやられて。」

「何とかしてやれなかったかなーって。」

「ヤバかったんですねえ。当時は。(十蔵)」

「そう、ヤバかったのよお。いやジョーダンじゃなくって、本当に。(鞠子)」

お婆さんの昔話はあれよと脱線しいつしか彼女の祖先の絵師の話になっていた。

安村英彩というその絵師は児湯地方の秋月藩に支え、藩お抱えの絵師として神社の絵馬などを多数奉納した。

なかでも有名なのが付近の日奉神社(ひまつりじんじゃ)で、別宮の拝殿の天井画の黒髪の女性が夜になると抜け出すという言い伝えを、老婆は青年に語った。

「ちょっとお婆さん、その神社・・・大善さんって、・・・!」

「なに、あんた知ってるの?!そうそうそうよー!あ、なーんだあんた海さんとこの知り合いなの?!なーんだ私の知り合いじゃんせまいねえ田舎は!」

そう、日奉神社とは他でもないテルヒコ(海照彦)の祖父、大善の祖先、「海家」の祖神をまつった古社のことであった。

日神(天照御魂神/アマテルミタマノカミ)を祭る神社で、12キロ先に別宮を持つ。

神宝は「鏡」。大善が生涯通って古文書を研究した神社である。創建は戦国時代の中期とされているが、実際はかなり古く、戦国時代の大友宗蘭の耳川の戦いの神社襲撃の被害を受け旧社殿といった「歴史」は焼失してしまっていた。古社たる微かな傍証として、別宮の山中に自然信仰を伝える「岩船」という神々の乗ったとされる岩石、滝のある祭祀場があり、本当の歴史は神話時代まで遡るともいわれる。

「こりゃ連絡せなならんぞ!まてよ・・・!あ、もしもしテルヒコか!お前いますぐこい!(十蔵)」

「(十蔵からの連絡を受け)え?!じいちゃんのことを知ってる人に会ったんですか?!すぐ向かいます!(テルヒコ)」

「あんたら興味あるようだけど・・・」

「行く?神社。」

ニヤリとしたり顔で笑う鞠子おばあさん。なにかを感じたような、なにがしかの勘を働かせたかのような表情であった。

「ええとたしか・・・(箪笥から手探りで)あ、これや。」

鞠子が手探りで探した鍵は、神社の古文書などを納めたケースの鍵であった。

「本当は※橘さんとこの管理なんやけど。20年くらい前からうちが預かっとるんよ。」
※橘家=海家の分家

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