今日からいよいよ夜勤だ。うちの工場は三ヶ月サイクルで番が回ってくる。時給は悪くないし、気楽だし、夜勤をやる自体には何の文句もないのだが――

 ――カラリと窓が開いて真冬の空気が流れ込んでくる。うっ、寒っ!? 続いて、夏の制服を着たおばさんがさもしんどそうな動きで枠を乗り越え、そのまま床に叩きつけられた。顔だけゆっくり上げてこちらを見てくる。目のまわりだけが泣きはらしたみたいに真っ赤に腫れている。彼女に何があったんだろう。

「馬鹿。見るな。気にするな。だが気を付けろ。あれは夜勤名物〈誰も知らない従業員〉だろうが」

 暗がりにある、とっくの昔に稼働をやめた機械の前でせっせと手を動かしながら、先輩面される覚えのない先輩が忠告してきてくれる。奥の壁には夜限定の大パネルが飾ってあって、先輩の顔写真の下に、やたら丸まっこいフォントで「◯村◯雄〜平成三年胃癌で没!」と書かれている。

 派手なピンクスーツすがたのOLが工場長の机を何度も何度も神経質に蹴りつけている音が耳につく。ああ――何だかめまいがひどくなってきた。頭も万力で締め付けられているかのように痛む。

 まさか寝不足か? 八時間しっかり眠ってきたはずなのに、こりゃいけないな。夜勤明けに大切な仲間たちが十名、せまい僕のアパートをわざわざ訪ねてきてくれるというのに。それまでに体調をキチンと整えておかなくては。みんな山で知り合った気の好い奴らだ。僕は今までに一度も山登りをしたことはないけれど。

 そのときブツッと音がして、

「缶コーヒーの注入をお願いします」

 女の人の澄んだ声がそう告げてくる。これは僕へ向けての場内放送に違いない。そうだ、そうだった。こういう時こそ缶コーヒーを飲んでしっかり自我を保っておかないと。それが夜勤の対処法なのだから。

 休憩室へ向かうと、ひとつしかない自販機前には長蛇の列ができていた。全員が遠慮して照明を点けないもんだから、頼りになるのは古ぼけた自販機の弱々しい光だけ。これじゃあどいつもこいつも真っ黒な影法師で、誰が別フロアーの人間で、誰がどこにも存在しちゃいけない奴らなのかの見分けがつかない。僕はため息をついて列の最後に加わった。

 仕事とプライベート、知人と他人、生と死が入り混じり、混濁しまくるこの場所この時間。これから三ヶ月間、もれなくこんな夜が続くのだ。とんでもない話だろう? せめて時給をもう少しアップしてくれないかなぁ。

pagetop