自分がいつも楽しみにしていた蜜団子の菓子が、留守中に誰かに食べられている事に、寿王はすぐに気が付いた。
皇帝の子である自分に対して、随分大胆な真似をする。始めはそう怒り、盗み食いの犯人を突き止めようと思った。
しかし、毎日が退屈だった。権力の座に近い自分に言い寄って来る者は多いが、挑戦して来る者というのは初めてであった。ひょっとしたら刺客の類かもしれないが、これも縁だから付き合ってみるか。寿王はそう思い直し、菓子箱の中身を補充しておいた。
五日が経った。菓子は毎日食われ、だんだんその量も増えている。しかし他の物には手を付けていないし、自分の身に危険が及びそうな気配も無かった。
寿王はその日、また菓子を補充するついでに、紙片にこう書いて入れた。
「大胆不敵なり。今日は毒を入れた」
相手が調子に乗っているのが癪に触ったのだ。もちろん毒など入れてはいない。
翌日見てみると、それでも菓子は食われていた。そして紙片が入っている。寿王が開いて見ると、こう書かれてあった。
「ならば命懸けで」
寿王は思わず笑いだした。あっさり見抜かれたようだ。笑いながらふと扉の方を見ると、一人の女官が立っているのが映った。
「お前は確か、……ええと、李だったな?」
女官は木でも折るように、堅い動きで礼をした。
「はい、寿王様。李蒼天と申します」
「まさかとは思うが蒼天、菓子を食っていたのはお前か?」
「はい」
蒼天の表情に動じた様子はなく、謝る気配もなかった。寿王はちょっとだけ本気で怒った。
「人の物を盗んだくせに、涼しい顔をしているな。私を怒らせてまで、菓子が食いたいか」
「甘い物は、本当は嫌いです」
蒼天は、急に矛盾した事を口にした。菓子箱には甘い物しか入れていない。彼女は何故嫌いな物を食い続けたのだろう。
「寿王様が」蒼天が静かに言う。「周りの方々にお疲れのようでしたので、刺激になればと思ってやりました」
「何……?」
寿王は、彼女の意図をすぐには理解できなかった。
「寿王様の御母上は、皇帝陛下の寵愛を集めておられる。だからいずれ寿王様が皇太子に、という噂も大きい。今では皆が、寿王様を金品を見るような目で見ています」
蒼天は、ずばりと言った。寿王は、いきなり鋭い事を言われて動けなくなった。
「……だったら何だというんだ」
「女官が主の菓子を食ったのではなく、人が人の菓子を食っただけです。仕事としては女官ですが、人を人として見る目は失っていません。それを、お伝えしたかった」
蒼天の口調は、召使いらしくも女性らしくもない。爽やかな風でも吹いて来そうな言いっぷりだった。
「……確かに」寿王はゆっくりと立ち上がった。「周りには、僕を皇太子に就けて利権を得ようとする輩ばかりだ。だれも僕をただの人間としては見てくれない」
寿王は寂しく言った。知っていながら、現実を見ないようにしていた自分に腹が立つ。いつの間にか拳を握り、震えていた。
気が付くと、蒼天の姿は消えていた。