「久しぶりー! 明日暇?」
 
 疎遠になっていた友人から電話が来た。
 まあ疎遠といっても、友人が結婚したから、ぼくから誘うことを止めただけだが。
 独身のぼくには、既婚者の忙しさが分からない。
 
「暇だよ」
 
「じゃあ、久々に遊ぼうぜー」
 
 分からないからこそ、友人から誘ってきたなら大丈夫かと思ったのだ。
 
 いつもの居酒屋で、ビールグラスで乾杯する。
 友人は、少し太った気がする。
 幸せ太りと言うやつだろうか。
 とりとめのない話をするなかで、訊ねた理由はほんの好奇心だ。
 
「こんな遅くまで飲んで、奥さん何も言わないの?」
 
「ああ。嫁は今、妊娠中で実家に帰省してるから大丈夫」
 
「えー、子供出来るんだ! 聞いてない! おめでとう!」
 
「あざーっす。いや、いちいち言うことでもないかと思ってな」
 
 子供の頃に想像していた大人に近づいていく友人を、少しだけ羨ましく思う。
 同時に、大人になった友人が、子供の自分に未だ付き合ってくれることを嬉しくも思う。
 
「で、嫁がいないから久々の一人暮らしに戻ってさ、一人が寂しすぎてこうして誘ったってわけ」
 
「なるほどなー」
 
 何年も一人暮らしを続けているぼくには一人でいることなど普通だが、一度結婚して家庭を持ってしまえば価値観が逆転するらしい。
 
「寂しすぎて、最近は毎日テレビをつけっぱなしにして誰かの声が聞こえるようにしてるんだ」
 
「あはは」
 
 自分もいつかそんな日が来るのだろうか、なんて感傷に浸りつつ、勉強でもするように友人の孤独対策を聴講する。
 
「後、マッチングアプリ始めた」
 
「あはは……はい?」
 
 が、対策方法は、ぼくの想像の斜め上に飛んだ。
 
「マッチングアプリはいいぜー。独身の証明いらないし、そこそこの年収書いとけば話し相手に困らない」
 
「……それ、奥さん知ってるの?」
 
「ん? あー、まあ言ってないけど、浮気じゃないし大丈夫だろ」
 
「そっか」
 
「それに、マッチングアプリなんて真剣に相手を探してるやつばっかじゃねーよ。女子だって、遊びでやってるって」
 
 一度結婚して家庭を持ってしまえば価値観が逆転するらしい。
 友人の言葉は、もしかしたら正しいのかもしれないが、ぼくにはない価値観だった。
 
 
 
「じゃあ、またなー」
 
「うん」
 
 とはいえ他人の家庭で、ぼくは友人の奥さんを知らない。
 ぼくたちは健全に解散し、友人は夜の街へと消えていった。

読み切り

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