「彼女に振られたんだ」
 
 会社の同期が朝から落ち込んでいたので、何事かと思って聞いてみれば失恋したらしい。
 
「あー、まあ、元気だしなよ」
 
「無理」
 
「女なんて、他にもたくさんいるんだから。きっといつかいい人が」
 
「彼女よりいい人なんているわけがない……」
 
 結局、一日中落ち込み続け、仕事もいつもの半分以下しかこなせていなかった。
 これは重症だ。
 
「……飲みに、付き合ってもらえない?」
 
「あー、うん、いいよ。十五分待って。これだけ片付けるから」
 
 乗り掛かった舟だ。
 しかも、声をかけたのは私だ。
 私はその日の夜、居酒屋で同期の惚気と愚痴と絶望を延々と聞いていた。
 時に励まし、時に褒め。
 
「ありがとう、少しだけ、元気出た」
 
「なら、よかったよ」
 
 気づいたときには終電間近。
 私たちは健全に解散した。
 
 
 
 翌日。
 
「ごめん、今日も」
 
 翌週。
 
「ごめん、もう一回だけいい?」
 
 実に三回目の愚痴会。
 正直疲れてはいたが、声をかけたのは私だ。
 最後まで付き合おう。
 
 私が作り笑いしていると、同期はひとしきり話し終えた後、瞳をウルウルさせていた。
 
「何度もごめんね」
 
「いいよー、全然暇だし」
 
 今日の分のドラマは、週末に見るし。
 
「何度も話を聞いてくれて、本当にありがとう。前から思ってたけど、本当に優しいんだね」
 
「そんなことないよー」
 
 優しさと言うかボランティアかな。
 
「あのさ」
 
「うん?」
 
「実は前から、そういう優しい君のことが好きだったん」
 
「私の時間返せ! 帰る! はいこれ、私が飲んだ分!」
 
 私は財布から五千円札を取り出して机に叩きつける。
 
「え、あれ?」
 
「じゃあね!」
 
 乱暴に扉を閉め、私は真っすぐに居酒屋を出た。
 
 何が、彼女よりいい人なんているわけがない、だ。
 しっかり元気に、次を探してんじゃねえか。
 私は真剣に愚痴を聞いていたのに、あいつは心の中では別のことを考えて立ってことか。
 はー、時間とお金を無駄にした。
 
 私は明日会社を休み、ドラマを見る決意を固めた。

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