※登場人物名や固有名詞はすべて仮名です。実際の名前とは異なります。

短大生のころ、地元のテレビ番組にお便りをだすのにハマっていました。
私の住んでいたところでは深夜にローカル番組『ライブタイム』を放送していて、地方の話題を紹介する週に1度の1時間番組だったと記憶しています。
その中で、視聴者から送られてきた番組への感想やイラストなどを紹介するコーナーがありました。

当時はまだメールは一般的ではなく、テレビやラジオのお便りコーナーではもっぱらハガキやFAXが主流。
FAXだと番組が始まってから送信しても、番組の終わりごろに紹介してもらえます。
採用率も高く、月に1~2回程度は読んでもらえていたので、『ライブタイム』常連と言っても良い状態でした。
ハンドルネームはハナハナ。当時大人気だったモデルさんをもじった名前でした。

いまはメールやチャットがあるので、リアルタイムでコメント読みが当たり前です。
ですが、郵便が主流だったあの時代、お便りが紹介されるのは数週間から数カ月後が普通でした。
その中でFAXだと数十分程度で相手から反応が返ってくるので、それが嬉しくて投稿にハマっていたのです。
現在で言うと、好きな実況者さんやVtuberなどにコメント読みしてもらえる感覚ですね。

しかし、楽しい投稿生活は永遠には続きません。
私は短大卒業後に専門学校に通うために地元を離れることを決めたのです。
『ライブタイム』も見られなくなることになるので、3月の最終週の放送日にお別れのFAXを送りました。
レギュラー出演していたアナウンサーのうちの1人田中さんも3月で『ライブタイム』を卒業とのことで、お互い新しい道をがんばりましょうと私のFAXを紹介しながら言ってくださいました。
田中さんは3人いたレギュラーの中でも特によくお便り紹介をしてくれていたので、最後に励ましをもらえてとても嬉しかったです。


そして4月を迎え、番組も見られなくなって投稿もできなくなり、ここで終わり……ではなかったのです。
まだ新生活にも一人暮らしにも慣れていないある日、電話(今で言う家電)が鳴りました。
知らない番号だなと思いつつも出てみると……

「ハナハナさんですか? 『ライブタイム』に出演していた、元○○局の田中です」

返事をするまえに、大きな声で「えええっ」と言ってしまったのを覚えています。
どうして田中さんが? とか、なんで電話番号知っていたんだろう? とか頭の中がグルグルしていて、上手く受け答えができません。
「突然電話してごめんね。『ライブタイム』宛のFAXに電話番号書いてくれていたから」と、動揺する私に少し笑いながら田中さんは言いました。

『ライブタイム』はお便り採用者に謝礼品を送ってくれていました。なので、送付先などの連絡先を投稿する際には記入するルールだったのです。
最終週にFAXを投稿したときには、上京先の新住所と新FAX番号を記載していたので、それを見たようです。
企業と違い、個人宅は電話とFAXは同じ番号の場合がほとんどだったので、私のところもそうだろうと電話してみたとのこと。
「卒業記念に、常連だったハナハナさんのFAXをもらったんだよ」と言っていました。
いまでは個人情報保護の点からもこういったことはあり得ませんが、当時はその風潮は少なく、現に話を聞いた私も嫌だとは思いませんでした。

少しづつ私も落ち着いてきて、やっと田中さんの話が耳に入るようになってきました。
田中さんは『ライブタイム』を卒業すると同時に、フリーのアナウンサーに転向したこと。フリーだと仕事は東京中心になるので、都内に引っ越してきたことを教えてくれました。
「今日は番組を応援してくれたお礼と、同じ上京1年め同士頑張ろうねって伝えたかったんだ」と優しく言ってくれて、私は上京したてで寂しかったのもあって涙がでてしまいます。
田中さんは私の涙声に気付いたのか「もし困ったことがあったら頼っていいよ」と言い、携帯の番号を教えてくれました。
少しづつ私も落ち着いてきて、お礼を伝えたところでその日の電話は終わりました。


それからは慣れない生活も、田中さんの電話番号をお守りにすると少し気がラクになって毎日を過ごしていました。
夜寂しい時などは電話をしようかなと考えたこともありましたが、田中さんも新天地で頑張っているのに寂しいなんていう理由で電話しても迷惑だと我慢。
田中さんはケーブルテレビや衛星放送などを中心に仕事をしていると言っていましたが、どちらも自宅では契約しておらず見られません。
テレビを通じて顔を見ることもできず、毎日を過ごすうちに話したい気持ちは募っていきましたが、必死で気を紛らわせていました。


私は短大を卒業してからの専門学校入学だったので、学校の大半の生徒よりも年上でした。
だいたいみんな同い年で固まっているのと、数少ない同い年の子たちは性格が合わず私は孤立気味。
生活費のためにアルバイトを毎日やっていたので、学生同士で遊びに行く誘いを受けることもなく、資格を取る勉強をするためだけに学校へ行っているような状態です。

バイトも週6くらいいれていたので忙しく、自分でも追い込まれていることに気が付かなかったのでしょう。
ある日用事があって実家に電話し、両親と話して電話を切ったあと、涙が止まらなくなってしまったのです。
親の声をきいて、我慢ができなくなってしまったのだと思います。

どうしようもなくなって、とうとう電話に手がでてしまいました。
5コールくらいで田中さんは電話に出てくれたのですが、私は「寂しかった」「ごめんなさい」としか言えません。
どうしても辛くなって突然電話をしてしまったことを謝りたかったのですが、田中さんが電話に出た声を聞いた途端また涙が溢れてきてまともに喋れなかったんです。

「1時間後くらいに××通りに出られるかな? 通り沿いの分かりやすい待ち合わせ場所教えて」

まともに喋れない私に田中さんは何も言わず、かわりにそう聞いてきました。
田中さんは私の住所もFAXを見て知っていたので、自宅から近い大通りの名前を出してきたようです。

「オレも仕事終わった後だから、夕飯につきあってよ。ハナハナちゃんもうご飯たべたのなら、ケーキでもごちそうするよ」

そう言う田中さんに肯定の返事をして、待ち合わせの目印に銀行があることを伝えて電話を切ると、頭は大混乱です。
会うという突然の展開に涙は止まって、とにかく1時間でメイクしなおして出かけなきゃと必死に準備しました。


通りで待っていると田中さんがタクシーでやってきました。
『ライブタイム』で見ていただけで、実際に会うのは初めてにもかかわらず、なぜかホッとしました。
向こうは私の顔を知りませんでしたが、すでに閉店していた銀行の前で居たのは私だけだったのですぐ分かったみたいです。

「ハナハナちゃんだよね」
「はい」
「思ったより大人っぽいね」
「ごめんなさい!」

ここで泣いて電話するから子どもだと思われていたんだと思い、謝ってしまいました。
私が謝った意味に気付いたようで、「そういう意味じゃないよ」と言って田中さんは吹き出すように笑いました。
こういう笑い方はテレビでも見なかったな、なんて思っていると、田中さんは待たせていたタクシーへ案内してくれて、タクシーは走り出しました。
田中さんが告げた行き先は有名ホテル。
「え?」と思いましたが、ホテルにもレストランはあるし、気にし過ぎかなと思い直しました。
アナウンサーは業界人だし、食事といったらホテルの豪華レストランなのかもしれない、なんて考えていたのです。
でも、それは考え過ぎではなかったのです。

ホテルについて、タクシーを降りると、田中さんは私の肩を抱いてきました。
びっくりしたのですが、さっき大人っぽいと言われたので、こんなことで動揺しちゃいけないとなるべく態度に出さないようにしました。
そのままロビーまで行き、ソファに座らされます。
田中さんはフロントで受付して、キーを取って私の元へ。
行き先はレストランではなく、ホテルの部屋だったのです。
さすがに戸惑って「ご飯は?」と聞いてしまいました。
「ルームサービスで食べよう」と言われて、つい「そうなんですね」と返事してしまいます。
こんなことで動揺したら田中さんに迷惑がかかる、とか考えていたように記憶しています。
結局、そのままホテルの部屋まで付いて行ってしまいました。


部屋に入って、私はベッドに座らされました。
田中さんはルームサービスを頼む気配はありません。
アウターをソファに投げたあと、私の隣に座りじっと見つめてきました。

「平気なフリしてる?」

緊張していないふりは見透かされていました。

「ご飯たのむって言ってたから」

なんて、緊張しているのまるわかりの頓珍漢な返事をしてしまいました。

「お腹すいてるなら頼むよ」
「すいてないです」

夕飯を食べたのはすでに数時間前になっていたので、お腹がすいていてもおかしくなかったのですが、そんなことを感じている余裕はありません。

「だったら俺も平気」

そういって手を握ってきます。指で撫でられて、背中がゾクゾクしました。

「だめだよ、あんな電話かけてきたら」
「ごめんなさい」

やっぱり迷惑だったんだと必死であやまります。

「そういう意味じゃないって。あんな電話を受けたら、男はどうにかしてあげたくなっちゃうんだよ」
「え?」

今なら言われている意味はわかります。泣きながら寂しいなんて電話をしたら誘っていると思われても仕方ありません。
でも当時は幼すぎて意味がわからずに聞き返すと、キスをされました。
唇をくっつけるだけでなく、大人のキスです。
びっくりしましたが、抵抗する気は起きずにされるがまま受け入れました。

「寂しいの、忘れさせてあげるね」

と言われます。
高校から短大時代に彼氏はいたので、処女でもないし、さすがになにが起こるかはわかりました。
でも、元彼と付き合っていた時は大人の付き合いとまでは言えなかったし、経験も2、3回だったので、そこからどうしていいか分かりませんでした。

「急ぎすぎたね、ごめん」と田中さんはそこで手を止めてくれて、話をすることになりました。
私は学校でのことや、田中さんに会いたいのに放送契約もしていないから見られないこと、今日どうして寂しくなったかなどを話しました。
田中さんはウンウンと聞いてくれて「まだそんなに放送に出られているわけじゃないから、契約しなくてもいいよ」だとか「そんなに我慢しなくても電話くらいしてくれていいよ」とか、いろいろと話してくれました。

話を聞いてくれているうちに、誰も味方のいない東京でただ1人頼れる人だと考えていた田中さんへの思いが、だんだん恋の気持ちに変わっていくのがわかりました。
田中さんも雰囲気を察したのか、再びキスをしてくれました。
今度は私も緊張が溶けて、自然に体が熱くなります。
久しぶりの体温が嬉しくて、最初戸惑っていたのが嘘のように最後は積極的に抱きついて腰を揺らしてしまい「すごいね」なんて言われてしまいました。


田中さんとは、1年ほど付き合いました。
最初の一夜を過ごした後は、この人とずっと付き合いたいなんて思いましたが、お互い忙しくて会える機会も減り、最後は結構あっさり別れました。
田中さんはいまもアナウンサーとして、衛星放送やライブ配信で活躍しています。
地上波放送がメインだった昔よりも仕事が増えて、当時より有名になっているかもしれません。
いまさら連絡してみようとか思いませんが、見かけるたびに応援する気持ちと、少しの切なさを感じています。


有名人との秘密の恋なんて、大半は報道されるような華やかなものではなく、私のようなほんのひとときの思い出なのかもね、と芸能人のスキャンダルを見るたび思います。
もしかしたらあなたの近くにも、有名人とこういう経験をした人がいるかもしれませんよ。

FAXがきっかけで、とあるアナウンサーと付き合った話。 #原作コン23春

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