机の上、そしてそれでも足らずに床のあちらこちらに狭しなく転がされた酒瓶達…
尚も直に瓶ビールを煽りながら体格の良い男がTVをぼんやりと眺める
TVで流れているのはビデオに録画されたプロレスの試合、試合を行っているのは今よりだいぶ締まった体型のこの男。そうTVを眺める男はプロレスラーだったのだ。
今でこそこんなに落ちぶれているが男にもいい時代はあった。
地方の団体だったが、善玉(ベビーフェイス)レスラーとして脚光を浴びてメジャー団体からもスカウトの話があった。
しかし、団体の移籍後急に人気が陰りに見え、その事にイライラしてくだらない不祥事をお越した事で周りから人がいなくなり、今はこうして半ば引退のしたのも同然で何年も部屋でふてくされている。
そんないつもの夜、部屋に久しぶりに電話があった。
電話の相手は地方時代の先輩レスラーだった。悪役専業に似つかわしくない面倒見が良いヤツだったが、レスラーとしてはうだつが上がないヤツで男はあまりこいつの事が好きではなかった。
先輩レスラーの話はこうだ「久しぶりに仕事の依頼があった。しかもデケえ話だ。なんと後楽園でお前とある男がワンマッチをする。」
「そんな馬鹿な話があるか。なんで俺みたいな無名のロートルにそんな美味い話が転がってくるんだよ」
男は憮然とした口調で返して電話を切ろうとするが、先輩レスラーはそれを遮るように尚も話を続ける
「ほら あるだろ。24時間とかなんとかの。あの番組のコーナーでプロレスラーに憧れている難病に侵された少年ってのがお前と闘るって筋書きなんだよ。練習してさ。勝たせてやってさ。ほらあれ チャリティっての?先方がどうしてもお前じゃなきゃって」
先輩レスラーは尚も話を続ける。相変わらずよく喋る男だ。その声を上の空で聞き流しつつ男は自分の心にふつふつと怒りの炎が燃え盛っていくのを感じた。
(何が難病の少年だ。そんなひょろっちい素人と試合をしたあげくに負けてやるなんざいくらショーだからとまるで道化じゃないか。それに何が後楽園だ。こちとらあの頃は命を賭けてたんだ。怪我をした。薬(筋肉増強剤)もいろいろやった。身体はガタガタだ。
それでも俺がとうとう届かなかったあの場所、あのリングに病気になっただけで立てるのか)
断ろうとした男だったが、ふとある事を思い付き話を受ける事にした。
(そうだ。せっかくの話だ。試合をやってやろうじゃないか。そしてそこで難病の少年とやらを思う存分ボコボコにしてやる。筋書(ブック)なんて知った事じゃない。ただの憂さ晴らしだ。もしかすると殺してしまうかもしれないな。だがかまいやしない。どうせプロレスラーとして忘れ去られたなら一生消えないようなトラウマを観客とお茶の間に味あわせて俺という存在を永遠に忘れられなくしてやる)と
「受ける。すこぶる乗り気だったと伝えてくれ」男はそう言って電話を切った。
翌日、久しぶりに顔を合わせた団体の社長とTV局の職員を交えて打ち合わせをする。
なんでもこういう事らしい。「少年はある日自身がある病気である事を医師から告げられる。身体能力が徐々に衰えていきいずれは体が動かなくなる難病だ。手術をすれば治療も可能だが、症例が少ないこともあり成功の可能性は極めて低い。そんな中、少年は病床で見たある番組に心を奪われる。プロレスだ。特にあるレスラーに心を奪われた青年はそのレスラーが出ているビデオを擦り切れるほどに何回も見て勇気をもらった。そして身体能力的に試合をこなせる最後の年かもしれない今年、夢であるプロレスの試合をしたい」との事だった。
そして試合の細かい打ち合わせに入る。
「まずはロック・アップして力比べ。男が痛がるも振り払い、たまらずラリアット。受け身をとって起き上がった少年がリングを所狭しと駆け回りエルボーで一度男からダウンを奪いそしてトドメのフィッシャーマンズバスター。最後に彼が一番憧れるレスラーの決め台詞を叫びそのレスラーお決まりのフィニシュホールドで締める」という物だった。
男は心にどす黒い物を抱えたままその筋書きに了承する。

そして試合までの数ヶ月、男は酒を経って久しぶりに練習に励む。確実に最後の試合になるのだ。リングの上で無様な姿は見せられない。

そして当日、試合が始まる。少年は緊張しながらそれでも嬉しさを抑えきれない様子で近付いてくる。力比べを挑もうとする。
それに応えずラリアットだ。受け身をさせる気がない。ショー向けでないラリアットだ。
青年はもんどりうって倒れる。
先輩レスラーは「何しやがんだ!筋書きと違うじゃねぇか!!」と叫ぶ。
男はそれに構わず少年の頭を掴んで起き上がらせるとそのままリングに叩きつける。
異常を感じた観客から歓声が止まる。
コレで終わりかと思っていると少年は立ち上がった。今度は水平チョップだ。
ロープに走らせ反発を利用してラリアットだ。容赦はない。少年は何度も倒れる。
そしてその度に起き上がる。
なぜ起き上がる。寝てたら殴らないでいいのに。怒りさえ感じる男だったが、そんな少年の姿を目を見ていると自分がプロレスに真剣に打ち込んでいた事を思い出さずにはいられなかった。
フラフラとしながらも近付いてきた少年は力比べをしようと手を出す。男も今度は応じる。
驚いた。この華奢な身体のどこにこんな力があるのだろう。およそ人など殴った事なんてないであろう手も豆や怪我の後でゴツゴツになっている。
今日の試合のためにどれ程練習したのだろうか。
それが手を通じて伝わってくる。
痛かった。演技ではなく痛かった。
男はそんな少年に応えてあげたくなった。
少年をロープに向けて送り出す。ロープの反発で戻ってきた少年のラリアットを受け... ない。まだだ。少年を飛び越える。
ロープの反動でもう一度戻ってきた少年のラリアットを今度こそ受けてド派手に倒れる。
素人の下手くそな技だ。それを栄えさせてやるには技術がいる。
思い出してみればあの頃の自分もそうだったのかも知れない。技の下手さを先輩レスラーがカバーしてくれていた。人気があったのは自分の実力ではなくて先輩レスラーのお陰だった。
それを理解せずに天狗になったせいで周りから人は離れていった。まるで道化だ。
レスラーは気付けば自身の
首の当たりを叩きそして叫んでいた
「やるんならよぉ!派手に決めろやあぁ!!!」
先輩レスラーのお決まりのポーズとセリフだった。

少年は不安そうに、それでも覚悟を決めて走ってくる。
(最後に決めるんならあんな地味な技じゃなくてド派手な技じゃないとな)
飛び上がった少年の足が首にかかる。昔の自分の十八番フランケンシュタイナー。
素人には無理な大技だ...だからこそ腕の見せ所だ。
男は自ら身体を捻らせてまるで少年が投げたかのようにマットに身体を叩きつけられる。
成功した。少年は大丈夫だろうか?受け身に失敗していないだろうか?少年はリングポストの上に立っていた。
そしてこちらに合図を送るかのように一人うなずくと、手を目の上にかざしたまま観客席を覗き込むようにして顔を左から右へと動かしこう叫んだ
「生きてるって実感できてるかーーーー!?」
この仕草、このセリフ、それは男のフィニッシュ前のお決まりだった。
そうくると次はあれがくる。
少年はリングポストの上から飛び上がると前宙気味にボディプレスをしかけたきた。
これは男のお決まりのフィニッシュムーブだった。
そうだ。少年が一番憧れているレスラーとは自分の事だったのだ。
それに気付いた男は少年の身体の下でゴングを聞きながら涙を流していた。
男に先輩レスラーが声をかける
「ハラハラさせやがって。だがいい試合だったな」と。

そしてしばらく月日が流れ...
男は手術室の前で祈っていた。
自分は変われるだろうか
もし変われたなら
いや 変わるから
あの頃のかっこよかったら頃の自分に
戻ってみせるから
その時こそまたこの少年とあのリングの上で
向き合わせてくださいと

『#原作コン23春』

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