夫が殺された。自分が世界の中心だと信じて疑わなかった男で、悪政をしき、民を苦しめていたのだ。当然の報いであり、特別驚くことではなかった。
 夫を殺して喜ぶ民の雄叫びが、王宮から離れたこの宮殿にも響いていた。その声は段々と大きくなってゆく。次は、私の番ということだろうか。
 皇帝の悪政を止められなかったのだ。皇妃である私の責任も大きい。例え離宮に追いやられていたとしても、彼を止めるべきだったのだ。
 私は椅子に座り、彼らを待つ。近付く声に耳を傾け、目を閉じた。
 しばらくして、ドアをノックする音が響いた。

「お入りなさい」

 私の声に呼応して、ドアが開かれた。立っていたのは、私の息子であるピナールと、その婚約者アリーであった。ピナールは真剣な眼差しで私を見つめた。

「レチュ・レギュム皇妃」

 断罪の時が来た。

「待たせてしまい、申し訳ありません。行きましょう、母上」

 手を差し伸べるピナール。まだあなたは、私を母上と呼んでくれるのね。幼い頃から優しかった私の息子。大きくなった彼の手を取り、断頭台へ向かった。





 のだと、思っていたのだけれど。私が案内されたのは、かつて夫が座っていた王座であった。

「……これは一体、どういうことかしら。断頭台に行くのではなかったの?」
「断頭台だなんて!とんでもないですわ!」

 ありえない、といった調子でアリーが声を上げた。

「大切なお義母さまにそんなことするわけないじゃないですか!」
「アリーの言う通りだ。母上、僕との約束を忘れたのですか?」
「約束……?」

 ピナールは眉を下げて、落ち込んでしまった。彼が言うには、幼い頃に私と約束をしたようだ。『私を幸せにする』と。
 確かに私はピナールを産むまで幸せを感じたことはなかった。両親は私を政治の道具として扱い、夫とは愛のない政略結婚であったからだ。
 当時婚約者として王立学校へ通っていた時、皇太子であった夫は『真実の愛』を見つけた。可憐な容姿の男爵令嬢と恋に落ちた夫は、卒業パーティーの日に私に婚約破棄を言い渡した。鼻息を荒くしながら、得意げに宣言した彼の憎らしい顔は今でも憶えている。けれど、彼の一存で婚約破棄はできなかった。前皇帝と私の父親によって婚約破棄はなかったことにされ、彼は皇帝に、私は皇妃に、そして例の乙女は側妃となった。
 皇帝となった夫は、初夜に嫌々私と身体を重ね、それ以降寝室に訪れることはなかった。幸運にもその時にピナールを授かることができたのだ。子を授かった私を側妃が妬み、彼女の機嫌を取るために、私の待遇は徐々に悪くなっていった。王宮から離れた、手入れの行き届かない離宮で、私はピナールを育てた。ピナールが物心つく頃には側妃も子を授かり、後継者として扱われていた。ピナールへの扱いに抗議したこともあったが、『側妃への嫉妬』だと捉われてしまった。嫉妬深い女へのあてつけとして、ピナールには、没落寸前であった家門の令嬢、アリーを婚約者としてあてがわれた。私が声を上げることで、こどもに害を与えてしまう。私は口を閉ざすことにした。
 ありったけの愛情を注いで育てたからか、ピナールは優しいこどもに育った。こどもなりに何かを察したのか彼が言った。『ぼく、ははうえをしあわせにします』と。その横で、『わたくしも!おかあさまを幸せにします!』とアリーは言った。彼女は私のせいで巻き込んでしまったのだ。彼女もこども同様に接してきた。

「母上、もう貴女を害する者は誰一人としていません」
「三人で幸せになりましょう」

 微笑むピナールとアリー。血に染まった王宮に似つかわしくない幸福が私を包んだ。

Fin.

元悪役令嬢の末路

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