彼女は原っぱに座りながら、夜空の星を指す。
 ひときわ輝く一等星。
 
「見たまえ。あの星が、一番激しく輝いている」
 
「うん、そうだね」
 
「つまり、あの星はアクション映画だ!」
 
「うん、そうだ……なんだって?」
 
 同調の直後に、異議を唱えることになるとは思わなかった。
 ニンマリと笑う彼女を凝視すると、彼女はぼくの方を向いてコテンと首を傾げた。
 
「君には、別のジャンルに見えるのかい?」
 
「いや、星と映画が繋がらない」
 
「ああ、そうか。失礼した。最近、人と話すことが少なくなって、ずいぶん話が下手になってしまったよ」
 
「まあ、それはぼくもだけど」
 
 彼女は立ち上がり、夜空を抱きしめる様に、両手を大きく広げた。
 ぼくも彼女につられて立ち上がり、彼女の視線を追う。
 
「見たまえ! この真っ黒な夜空は、まるで照明を落とした映画館の中みたいじゃあないか! そして、輝く星はスクリーン。あの一つ一つの光の中では、今も映画が流れているんだ!」
 
「……なるほど?」
 
 彼女は、想像力が強い。
 道端の石を見て、あれに似てる、それに似てると、言い続けることができる。
 曰く、目で見た刺激が脳の中にある箱を開けて、箱の中からたくさんのイメージが湧き出て来るらしい。
 
「それで、だ! 激しく輝くあの星は、キャラクターたちが激しく動くアクション映画なんだよ! 剣と剣がぶつかって弾ける火花か、カーチェイスが生み出す熱かはわからないがね」
 
「言われてみれば、そう見えないこともないな」
 
「だろう? 一体、今どんなシーンが流れているのか、想像するだけで手に汗握るじゃあないか!」
 
「なら、となりのぼんやりとした星は、ホラー映画ってところか?」
 
 ぼくは彼女が差す一等星を指した後、指を右の星へとスライドさせる。
 
「ほほう! いい着眼点だ! 今にも霧散し、消え去ってしまいそうな朧げさは、半透明な体で彷徨うゴーストによく似ている!」
 
 彼女は、ぼくの背中をバンバンと叩く。
 彼女の気分が高揚すると、いつもこうだ。
 
「あのピンク色を帯びた優しい光の星は恋愛映画かな? 隣の星も、恋愛映画だ! あれは……星……なのか? 星にしては、ずいぶん小さいような……。ははーん! 私を悩ませるあの星は、きっとミステリー映画だ!」
 
 彼女の口は、よく回る。
 嬉しいも、楽しいも、すぐ口にする。
 彼女の周囲に星が集まって来たかのように、楽しそうな彼女はキラキラと輝いている。
 
 でも、ぼくは知っている。
 嬉しいも楽しいも吐き出し切った彼女は、空っぽになってしまう。
 彼女の表情が、突然曇る。
 
「……何を言っているんだろうね、私は。星が映画だなんて、どうかしていた」
 
 空っぽになった彼女は、現実を思い出してしまう。
 彼女は、残念ながら頭がいいのだ。
 現実と想像を、区別できる程度には。
 
「ううん。案外、間違ってないかもしれないよ」
 
「え?」
 
 空っぽになった彼女に、再び嬉しいと楽しいを注ぎ込むのは、ぼくの役目だ。
 ぼくは彼女を真似て、両手を大きく広げた。
 
「この地球だって、他の惑星から見たら小さな星でしかない。そして、そんな小さな地球という星の上で、ぼくたちは生きて、今もストーリーを紡いでいる。まるで、映画のようじゃないか!」
 
 昔見た映画を思い出して、少々大げさに言ってみせた。
 全ての言葉を口から出し終えた後は、急に恥ずかしくなって、周囲の空気が一層冷たく感じられた。
 さて、笑われるのか、呆れられるのか。
 不安が、自然とぼくの両腕を下ろさせる。
 そして、ぼくはおそるおそる、首を彼女の方へと動かした。
 
「……ぷっ。あっはっは! 確かにそうだね! いやまさか、君がそんなことを言ってくれるなんて思いもしなかったよ!」
 
 ぼくの回答は、正解だったようだ。
 両手を叩き、両膝を叩き、彼女は笑う。
 今の彼女もまた、映画の中のキャラクターのようだ。
 
「あー、笑った笑った」
 
 目から流れる涙を人差し指で掬い取って、彼女はぼくの方を見る。
 
「じゃあ、何の映画だと思う?」
 
「え?」
 
 彼女からの唐突な質問。
 
「え、じゃないよ。君の言うとおり、この地球も一つの映画だとするならば、いったい何の映画なんだろうね?」
 
 彼女は、ゆっくりとぼくの方に近づいてくる。
 棒立ちしていたぼくの手の指先に、彼女の指先が絡められ、ぐいっと上に引っ張られる。
 恋人繋ぎされたぼくと彼女の手が、ぼくと彼女の視線が交わる場所に置かれる。
 
「もしかしたら、私と君の恋愛映画かな?」
 
 じっと見つめてくる彼女の瞳に、吸い込まれそうだ。
 彼女との恋愛。
 それは、どんなに甘美な未来だろうか。
 
「それとも、青春映画かな? 舞台は学園で、巻き起こるトラブルを解決しながら、文化祭や体育祭を楽しむんだ」
 
 彼女との青春。
 それは、どんなに爽快な未来だろうか。
 
 彼女の瞳はキラキラと輝いたまま、ぼくを見つめる。
 ぼくから目を逸らさない。
 ぼくから目を逸らせない。
 目を逸らしたら、甘美な未来も爽快な未来も、訪れないと思い出してしまうから。
 
 その役目は、ぼくが引き受けよう。
 ぼくは彼女から視線を外し、彼女の代わりに周囲を見る。
 
「うーん、恋愛や青春もいいけど、舞台を生かしてファンタジー映画なんていいと思う」
 
 木々のない、荒れ果てた大地。
 ひび割れた道路に崩れ落ちた建物。
 高い丘から見下ろす、かつて街だった場所には、月のクレーターのようにボコボコと穴が開き、生物の気配は一切ない。
 人間はいない。
 犬も猫もいない。
 烏も雀も当然いない。
 空っぽの街が広がっていた。
 
「……学校くらいはあるんじゃないか?」
 
「先生がいないからね」
 
「むむむ。電車も飛行機も動いてないから、修学旅行にもいけないか」
 
 
 
 恋人未満友達以上のぼくたちは、彼女に誘われ、その日は二人で映画を見ていた。
 恋愛映画か青春映画でも見られないかと密かに期待していたが、彼女が選んだのはファンタジー映画。
 曰く、恋愛や青春は現実でも経験できるから映画で見る必要がない、と。
 今まさに君の横に、君との恋愛や青春を期待して、未だに経験できてない人がいるんだけど気づいてるだろうか。
 気づいていないだろうなあ。
 
 複雑な感情のまま、ぼくは彼女とファンタジー映画を楽しんだ。
 今年一番の注目作品だけあって、内容は最高。
 ちらりと横目で見た彼女の表情も、ワクワクとドキドキの混じった興奮顔。
 映画は、彼女のそんな表情を独占できることも楽しみの一つだ。
 
 画面が黒くなり、エンドロールが流れ始める。
 そろそろ幸せな時間も終わりかと気を抜いた瞬間、それは起きた。
 
 巨大な衝突音と共に、スクリーンに巨大な岩が衝突し、スクリーンに大穴を開けた。
 映画館の照明もついていないのに天井から光が降ってきて、何事かと見上げたら、天井にも巨大な穴が開いていた。
 巨大な穴から見える空には、無数の隕石が飛んでいた。
 まるで流星群のように。
 
「逃げよう!!」
 
 ぼくは咄嗟に彼女の手を取って、映画館の外へと走った。
 ぼくたちが生き残ったのは、奇跡というほかにない。
 
 
 
 彼女はぼくの手を離し、グッと背伸びした後、辺りを見渡す。
 もう、映画なんか見れそうにない世界。
 
「まあ、仕方ないね。恋愛は経験できなかったが、青春は十分楽しんだ。次は、ファンタジーを楽しむとしよう」
 
 彼女は、嬉しいことに頭がいいのだ。
 現実を直視し、現実を楽しむ術を探すことができる程度には。
 
「そうだね。宇宙から降ってきた物の中に、地球には存在しないようなすごい物があるかもしれない」
 
「ああ、それは面白そうだ! 柄からビームが出る剣で、宇宙怪獣を倒しながら進んでいくんだ!」
 
「宇宙怪獣は……出て欲しくないかな」
 
「それで、他の街にいるかもしれない生き残りたちで集まって、新しい街を作るんだ!」
 
「おお、ファンタジーっぽい!」
 
「ふふふ。そこで出会った相手と恋に落ちたりなんかすれば、なんと素晴らしい! 恋愛映画もできるじゃないか!」
 
「恋愛映画は……今からでもできると思うけど」
 
 彼女は浮かれた表情でスキップして、ぼくから少し離れた。
 きっと、さっきのぼくの言葉も届いていないのだろうな。
 いや、届いていても、聞こえていないだろう。
 彼女の頭は今、嬉しいと楽しいで一杯なのだから。
 
 彼女は、街が見える場所で軽いダンスを踊る。
 月明かりに照らされて輝く彼女は、まるで天使のようだ。
 しばらく踊り続けて満足したのか、ぼくの近くへと戻ってくる。
 
「じゃ、行こうか!」
 
 そして、ぼくに手を差し出す。
 
「どこへ?」
 
「決まっているじゃないか! 今日の眠る場所を探しにだよ! 夜空の天井というのも味があるけど、寝ている間に雨が降ってきても困るしね。できれば布団も欲しい!」
 
「それは同感」
 
「で、明日は旅の準備だ! 食料に地図にライトに、必要なものはたくさんあるぞ!」
 
 ぼくは、彼女の手を取って、再び街へと戻っていく。
 ぼくたちがこれから演じる映画の、ワンシーンへと。
 
 外から見た地球は、いったい何色に見えるのだろうか。
 青色だろうか。
 白色だろうか。
 外から見た地球は、いったいどんな映画に見えるのだろうか。
 ファンタジー映画だろうか。
 恋愛映画だろうか。
 
 まあ、ジャンルは何でもいい。
 願わくば、今年一番の注目作品と言われるくらい、観客をワクワクドキドキさせることのできる映画でありますように。

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