仕事を終えて家に帰ると、私を待ち構えていたのはチカチカと光り輝くオレンジ色の明かり。それは、家電の留守電ランプの明かりだった。
またインターネット加入の営業の類か、とうんざりとしつつも、確認しないわけにもいかない。私は、冷蔵庫から缶ビールを一本取り出すと、一口ビールを口に含ませながら留守電ボタンを押した。
「息子よ、元気かい!!! おとうは元気はつらつ、オリナミンCだぞい!!!」
突然、録音された留守電の音声から、しわがれた男性の声が響き渡った。
私は思わずビールを噴き出し、留守電に録音された音声に耳を傾けた。
「お父さん! そんな大声でみっともない。息子が驚くでしょうが!」
「でも、嬉しくって」
録音された音声から、さらに賑やかな声が響いてきた。
「そちらは大丈夫ですか? お母さんたちはご覧の通り元気だから安心してね。ご飯はちゃんと食べているかい? なにかあったら、気にせずなんでも相談するんだよ」
しわがれた女性の、慈愛に満ちた声が響いて来る。
「お兄ちゃん! お仕事はどう? 元気しているなら安心だよ。私はね、志望していた高校に受かりました! これもお兄ちゃんが勉強を教えてくれたおかげ! 今度お家に帰ってきたら、ちゃんと御礼するからね。へへ、楽しみにしているがよいぞ!!!」
「今度はお姉ちゃんの番ね。弟君、お姉ちゃんね、今度結婚することになりました。君とは色々あったけれども、是非とも結婚式には出てもらいたいな、って思うのはお姉ちゃんの我がままかな? でもね、本当に感謝しています。君がいなかったら、お姉ちゃん、ダメになっていたと思うの。恩返しの為にも……式には絶対に出てね。約束よ……!!」
若い女性のすすり泣く声が響いて来る。それを慰める家族の声も。
私は思わず涙ぐんでしまった。なんて、暖かい言葉の数々なのだろうか。
等々。
私はそれから、録音時間が切れるまで賑やかな声を聞き続けた。わずか数分の時間であったが、この胸が優しさに満ち溢れるには十分であった。仕事と孤独に蝕まれた心が全快するくらいには、家族の愛に触れられたと思った。
何年振りであろうか。このように癒された気持ちになったのは。
録音された音声が時間切れになり途切れると、『録音されたメッセージを消去しますか?」という機械的な音声が再生される。
誰がこんな素晴らしい音声を消去するものかよ!!!
私は迷わず、家電の本体に内蔵された小さなカセットテープを抜き出した。
「これは一生ものの宝だな」
そう呟き、私は小っちゃなカセットテープを握りしめた。
「でも……」
私は逡巡する。
「間違い電話だって、お伝えした方がいいのかな?」
了