ヤバイ女の話を聞きたいとのことだが、まずは言わせてくれ。
 ヤバくない女なんて、いやあしないぜよ。
 女なんて多かれ少なかれ、ヤバイところを持っているもんだ。
 そんなことはない、ヤバくない女はいっぱいいる、むしろ、そっちの方が普通、多数派、数が多い、何て同じようなことをグダグダ言うお前は、何も見えちゃいないね。
 真実が見えていないんだ。
 んまあ、目が見えなくなった俺に目を見開いて真実を見ろなんて、言われたくないだろうがな。
 さて、夜は短い。話を始めようか。
 ある日、俺の後宮に新入りの女が来た。田舎の貴族の娘だと聞いていた。パッと見は普通、そうだな、選ばれて後宮に入るくらいだから、平均よりは上だとは思うが、国中から集められた美人が大勢いる中では、それぐらいの位置だ。
 正直、触手は動かなかったね。そうさ、朝昼晩寝る前と最低でも一日四回のお勤めをしなきゃならない俺にしてみれば、どうしても! というほどの女じゃないんだよ。
 それでも、やらにゃあならん場合があるんだ。地方の実力者から国政を司る大臣クラスの政治家へ、その子女が預けられる。親の期待を込めて都会へ上京してきた田舎娘は、故郷から送られてくる大金で衣装やら歌舞音曲やら文芸やらの教育を受け、後宮の入るための厳しい試験を通って、初めて俺にお目通りできる権利が与えられるわけだが、せっかく後宮に入っても皇帝の俺に抱かれないことには何にもならない。
 皇帝の子供を産み、生んだ我が子を次期皇帝に据えるのが、後宮の女たちの生涯の仕事だ。そのためには何だってやる、それが後宮の女たちだった。
 話が逸れたな。あのヤバイ女の話に戻ろう。
 ある日、俺は大臣の一人から、あの娘をどうか抱いていただけませんかと懇願された。
 嫌だ、と言えなかったのは、俺が好き者だからじゃない。皇帝である俺の立場が、極めて不安定だったためだ。あの頃には、俺の国は滅びかけていた。皇帝の地位も盤石なものではなかった。暗殺される危険は常にあったのだ。俺には味方が必要だった。宮中に根を張った色々な派閥の間でバランスを取ることで、俺は生き延びていたようなものだったな。あの大臣にいい顔をして、別の貴族には「お前だけが頼りだ」と嘘を吐く。綱渡りの毎日だったよ。いつか破綻する日が来る。そんな予感はあったけれども、不安を振り払い、後宮の女を抱く。それが一変する日が、遂に来た。あの娘を抱いた俺は、すっかり心を奪われてしまったのだ。この俺が、女を心の底から好きになったんだ。あの女以外、愛せなくなった。通常の政務はおろそかになり一日四回の性務は、そう、あの娘だけの時間となった。
 どうしてそうなったのかって? 悪いが、話せないな。
 重要なのは何よりそこだろって聞きたい気持ちは、分かる。そこだね、そこ。
 昔話に戻らせてもらおう。俺の国が滅びていく話だよ。あの女に俺が夢中になってしまったことで、終わりが始まったのさ。
 微妙で繊細な砂上の楼閣が崩れ始める。俺に相手にされなくなった後宮の女たちの不満、そして次期皇帝の義父になって権力を握ることを夢見ていた貴族たちの反感が、次第に溜まっていった。そんなこと、俺は考えていなかった。気付きもしなかった。おかしいだろう、あの娘と関わるまでは、そういったことに細心の注意を払っていたのに。
 あの女のせいなんだ、何もかもが!
 俺に溺愛されることで傲慢になったのか、元々そういう性格だったのが本性を現したのか、それは分からないがとにかく、滅茶苦茶だったな。
 バカップルとかいうのかねえ、昔の俺たちは。ま、聞いてくれ。
 酒池肉林とかいうのをやってみたい、とあの女が言いだしたから、やらせた。酒でいっぱいの池を造り、美味しい肉を天井から吊るしってやつだ。最初は家畜の肉だった。酒も普通の酒だった。そのうち、罪人の肉を吊るすようになった。人肉だ。酒には血が混ざるようになった。これは人の生き血だよ。その血も肉も、悪人のものだから良心の呵責は感じない。そんなことを、あいつは言っていた。しかし、その罪人というのは、あの女が気に食わない人間のことだった。嫌いな女、嫌な男、とにかく自分を不快にする人間は、無実の罪で片っ端から捕らえて殺していったんだ。あの女を惚れ抜いていた俺は、何もかもを許した。もしかしたら、あのときにはもう俺の目は、見えなくなっていたのかもしれん。
 そうだ、お金のやらかしもあった。あの女には好きなことを全部やらせた。酒池肉林以外にも、わがままをさせまくったのさ。とんでもなく大きなダイヤモンドを買い集め、それをジャンジャン燃やした。高価な絹を裂いて裂いて裂きまくる。離宮だ別荘だ、と豪勢な建物を国中に建てた。猛烈な贅沢放題で、国庫が空になったよ。しょうがないから増税した。金持ちは勿論のこと、貧乏人からも容赦なく毟り取ったさ。金がないのは頭が無いのと同じって言うじゃんか。それは困る、それなら税金を増やすよ、当然のことさ。
 そして、その反動が来た。貴族のクーデター、地方の大反乱、外国勢力の侵入とかが、一斉に来たね。俺は焦った、これはまずいと思ったよ。皇帝には向かう輩は皆殺しにしろ! と命じたけど、俺の命令を聞く人間はいなかった。そして俺を守る兵隊は、誰一人いなかった。俺は、俺が愛したたった一人の女と一緒に逃げようとした。あの娘だと思うだろう? 違うんだ。その頃には、あの娘も年を取って、太って見た目が悪くなっていたんだ。で、別の女と逃げようとしたら、その女はとっくに逃げていた。途方に暮れる俺を捕らえたのは諸悪の根源のあの女が差し向けた兵隊だった。あの女は、この俺を最低最悪のバカ皇帝と決めつけ、俺から皇位をはく奪し、自分が皇帝の位に就いた。せめてもの恩情として命は取らず、この目を潰すだけの刑にする、と偉そうに言っていたけど、俺は盲目にさせられた上に都を追放され、今じゃ田舎で物乞いをする身の上だ。
 そんな俺の話を聞いてくれて、ありがとう……なんて礼を言うと思うか?
 言うわけないだろ、この俺が。
 だが、まあ、何かくれるってんなら、貰っておくさ。
 病気と呪い以外なら、何だって構わないから、何かくれ。

お金のやらかしと、ざまぁな話も、少し入りました

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