「むかしむかしあるところに」ではじまるおとぎ話は「めでたしめでたし」で終わる。では、「遠い遠い未来では」で始まるおとぎ話は。



─── 遠い遠い未来では、不慮の事故と病死がなくなりました。人口調節のために政府は親になることを免許制にしました。親になる免許がなければ子を授かりません。───

「あれ…もしかして、沼宮内か?」
「ん…えっ、失礼ですがどちら様ですか?」
「ほら、高校2年の時に同じクラスだった、久留米って覚えてない?」

親免許の免許センターで、高校時代の同級生久留米と再開した。
高3でクラスが別れて以来一度も会ったことが無かったし、同級生だった時も特別仲が良いわけでは無い。
ただ、久留米はとても目立つ奴で、学級委員で、バスケ部のエースで、成績もよく、女子にもモテていた。

「おお…久しぶりだな。何年ぶりだろう。」
「えーと、そうだなあ…最後に会ったのが17の時だから‥22年か。もうそんなになるんだな。」

久留米はへへっと笑った。22年の年月はお互いの顔にシワを増やし、髪も多少なりとも薄くしていたが、久留米の顔は高校の時から変わらない人懐っこい顔だった。
場所が場所なのだから、気づいても気づかないふりをしてほしかったという気持ちはあったが、一方で久留米ほどのやつが自分と同じく今まで免許を持ってなかったということは少しだけ私の心を軽くした。周りを見ても圧倒的に10代〜20代が多い。

40代手前の男はかなり少ないように感じる。
なにしろ、親免許なんて取得できる18歳になったらさっさと取ってしまうことが多いのだ。
ひとまず身分証明書がわりに取っておく。

その次に多いのは結婚を機に取ることだろう。
私は18歳のときに大学受験に失敗したことが原因で最初の機会を逃した。
その後はきっかけもなくズルズルと39歳まで来てしまった。
特別、免許制度に反対してこうなったわけでもなく、自然の成り行きで今になってしまったのだった。

それでは今になってどうして免許を取りに来たかというと、この歳になって、はじめて女性と結婚を前提にお付き合いをすることになったからだ。
職場の同僚の、3つ年下の女性だ。
自分の親に紹介するにあたり、親免許を取ってほしいと彼女に言われ、やっと重い腰をあげたのだった。

きっと久留米のやつも同じような事情なのだろう。
高校時代にあんなにモテていたのに意外と身持ちが固いんだな。

そんなことを考えていた。

「沼宮内も結婚を機に、ってやつか?式はあげるのか?」
隠す必要もないだろうと、彼女のこと、彼女の実家近くで親族だけの小さな式を挙げることなどを話した。
「そういう久留米はどうなんだ。」
「いやぁ、もう年齢が年齢だし、式は挙げない予定だよ。」
高校時代にあれだけ人気があった久留米のことだ、どれだけ年齢が上がっていても周囲は祝福してくれそうなものだが…。
しかし他人の考えに口を出してもしようがないので私は「そうか」とだけ返した。

「ところで、沼宮内はどこで試験なんだ?」
「俺は、103号室だな。」
「103…」

久留米はギョッとした顔で私の顔と受験票を見た。
何の変哲も無い『普通』免許だ。
つられて私も久留米の手の中を見るとそこには『大型特殊』の受験票が握られていた。

大型は子供7人以上の大家族の免許、特殊は血縁関係の無い子どもを子とするための免許だ。
大型特殊ということは…久留米は頭を掻きながら言った。
「いやぁ、今度2回目の結婚をするんだが、パートナーの連れ子が3人いてな…。前のパートナーとの間にはすでに子どもが4人いるもんでな…」
「4人だって…!」
思わず大きな声を出してしまった。
コンクリート造りの建物に妙に響き渡る。
「すまん…」
「いや、実はお前も特殊免許を取りに来たのかと思ってしまって…つい話しかけてしまったんだ。…すまなかったな」
「いや、こちらこそ…」最初はあっけにとられ、少し経っても何を言ったら良いのかわからなかった
。考えた末、腕時計に目を落とした。
「そろそろ時間だな」
「あ、ああ、がんばれよ」これ以上話すのはお互い気まずい。

そそくさとそれぞれの試験会場へ向かっていった。



私は無事に合格し、付き合っていた彼女とそのまま結婚をした。
久留米とはその後二度と会うことはなかった。

だが、結婚後初めて帰省したとき母から思わぬ話を聞いた。
「高校の時のバスケ部の、久留米くんっていたじゃない。あのちょっとカッコいい子。」
「ああ、久留米ね。」親免許センターで久留米にあった事を母は知らない。

「最近お休みのときによく公園でお子さんと遊んでるんだけど、お子さんとあんまり顔が似てないのよ。それに、久留米くんと一緒にいるのがあなたと同じくらいの男の人なのよね。」
言われてみればあの時久留米は結婚相手のことを「パートナー」としか呼んでいなかった。
私は自分がそうだからてっきりパートナーは女性だと思い込んでいたが、なるほどそういうこともあるのか。

そう考えてみると思い当たることはまた出てくる。高校の時久留米はとても女子にモテたが、結局誰とも付き合うことはなかった。
「部活に専念したい」「受験勉強に専念したい」とのらりくらりとかわしていたが、女子に興味がなかったというなら合点が行く。

「ねえ、あんたはどう思う?」母に聞かれて、私は「別に…本人が幸せなんだったら何でもいいんじゃないのか」と答えた。
「確かにね…もうずいぶん昔に同性同士の結婚は認められたけど、今では親免許があれば同性同士でも偏見を持たれずに子供だってもてるし、良い時代になったわねえ」母はそう言って、ウンウンと頷いた。



─── 遠い遠い未来では、不慮の事故と病死がなくなりました。人口調節のために政府は親になることを免許制にしました。親になる免許がなければ子を授かりません。

しかしそれは一方で、親になる免許…親の資格を手に入れれば、誰でも、誰とでも子を授かれるということでした。親の資格がない者からは親権を奪うこともできました。

果たして未来の結末は。───

親になる免許

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